NHK札幌放送局

直木賞『熱源』が広く共感を呼ぶ理由とは・・・【野村優夫】

野村 優夫

2020年2月6日(木)午後5時39分 更新

1月15日に発表された第162回直木賞。受賞作は『熱源』でした。
主な舞台は、明治時代の樺太(今のサハリン)と北海道。激動の時代を生き抜いた、実在した樺太アイヌの物語です。 

去年、アイヌ民族を先住民族として初めて位置づけて、アイヌ文化を生かした地域振興策を行うための交付金の創設などを盛り込んだ新たな法律が成立しました。少しずつアイヌの人たちに対する関心は高まりつつありますが、それでも、どんな生活を営み、どんな文化を育んできたのか、十分には知らないという方もいらっしゃると思います。しかも、樺太アイヌは、北海道のアイヌとも違った独特の文化・伝統を持っています。それについて、具体的にご存知の方は、とても少ないと思います。

そんな、ほとんどの日本人にとってあまり知識のない樺太アイヌを主人公とした物語が、今多くの人の共感を呼んでいます。
「登場人物の“熱”が文章からひしひしと出てくる」
「誇りを持つことがすごく大切だとアイヌの人から教わった」
『熱源』を読んだという人に、街の本屋さんで私たちが聞いた感想です。

小説の舞台の一つにもなった北海道江別市にある郷土資料館には、『熱源』をきっかけに訪れる人が後を絶ちません。もっとアイヌのことを知りたいと、この土地で暮らしたアイヌの展示を見に来る人が増えているのです。

なぜ、樺太アイヌという少数民族の話が、ここまで多くの人の心を動かすのか。
私たちは、作者の川越宗一さん(冒頭の写真・右)に、ロングインタビューを行いました。

川越さんが強調なさっていたのは、いわゆる「アイヌ問題」を世間に知らしめるためにこの小説を書いたのではない、ということでした。

確かに、あの時代、日本の同化政策によって、アイヌの文化はどんどん消されていきました。差別も横行し、それが今につながる問題ともなっています。
ただ、川越さんが描きたかったのは、「自分で自分のことを決められないことの理不尽さ」だったと言います。それは、多くの人の普遍的なテーマであると。
そして、「そんな理不尽なことに直面しても、それでも生きていく、そのたくましさ」を、「面白く」読んで欲しいのだとも、おっしゃっていました。

この『熱源』に深く共感した一人、クリエイターのいとうせいこうさんは、川越さんの言葉を次のように読み解きます。
「歴史は多くの場合、勝者の側の視点で編さんされていくもの。ところが、この『熱源』は、敗者の側、弱者の側の視点から描かれている。ここに共感を寄せる人もいるのではないでしょうか」
「今を生きる人にとっても、必ずしも勝者の側に立てることばかりではない。うまくいかない、挫折する、理不尽なことに立ち止まってしまう。そんな経験を皆がする。でも、そこからも人生はつづいていく。そこからどう生きていくか。その方が大事。この小説を読んだ人は、主人公を通じて、そのことを改めて感じ取っていくのではないでしょうか」

また、実際にあったことを、小説というフィクションとして描くことの意義について、同じく小説家でもあるいとうさんは、このように話します。
「歴史学は、ある意味、俯瞰して時代を見ていくことが求められるのだと思う。一方で、ある人物が『ここで、どんなことを思ったのか。どんな感情が沸き起こってきたのか』ということは、文献には書かれていない。そこに踏み込むのが小説家」
「『熱源』では、実在の人物が、みずみずしいタッチで、一人の人間として描かれている。読んでいる人は、登場人物に感情移入しやすい。だから、彼ら彼女たちの行動に、励まされる。その延長線上として、結果として、アイヌに興味を持つ人も出てきているのではないでしょうか」

私たちは、さらに、アイヌにルーツを持つ人たちにも、この小説をどうお読みになったか、話を伺いました。
取材をしてみて改めて分かったのは、アイヌをルーツに持つものの、親から文化を引き継いでいないという人も多いということでした。そして、それを今懸命に取り戻そうとしている人も少なくありませんでした。
そうした人からは、「この小説がアイヌについて興味を持つきっかけになれば嬉しい」という、一定の評価をする声も聞かれました。

一方で、「あまりにアイヌのことが知られていない今の日本で、フィクションである小説に書いてあることが、事実として独り歩きする」ことを心配する声もありました。
たとえば、樺太アイヌでは、亡くなった方の名前は非常に大切なものなので、口に出さない風習があるそうです。この小説では、実在の人物を実名で書いています。そのことに、違和感を持つというご意見もありました。

私たちは、こうした取材の成果を、2月7日金曜 夜7時30分から放送の 北海道クローズアップ 直木賞「熱源」 作者が語る“物語の力”でご紹介します。
作者の川越宗一さんのロングインタビューをもとに、『熱源』が人々の心を揺さぶる源に迫ります。また、アイヌの人たちのご意見をどのように受け止め実のあるものにしていけばいいのか、いとうせいこうさんとともに考えることにしています。是非、ご覧ください!


(2020年2月6日)


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