NHK札幌放送局

知床の森ではカラスに注目!?

野村 優夫

2021年5月25日(火)午後1時55分 更新

知床の森の木にとまったカラス。

知床のネイチャーガイド・鈴木謙一さんから届いた写真です。
カラスは、もちろん都会でもよく目にしますよね。私は、あまり関わり合いたくないので、さっさと通り過ぎるようにしています。
ところが、鈴木さんは、カラスを森の中で見たら、その動きを注視するようにしているというのです。
そこには深い訳があるようで・・・

「3枚の写真」に共通するある出来事

鈴木さんから、知床の森の中で気になった事柄について、定期的に画像や映像を送っていただき、それをもとに「往復書簡」を始めることにしました。(こちらの記事もご参照ください) 

往復書簡の1回目として送られてきた写真は、合計3枚ありました。
鈴木さんからのメールには、以下のような文章が添えられていました。

それぞれ別々の日に撮影したものですが、この写真を撮った後、私は共通の出来事を経験します。それは何でしょう?
カラス以外の写真は、次の2枚です。

2枚目の写真は、前回教えていただいた「何かの動物の痕跡=フィールドサイン」だと思いますが・・・
どんな動物の何をした跡なのか、よく分かりません。

3枚目の写真は、エゾシカですね。
何か遠くをじっと見つめています。気になるものがその先にあるのでしょうか・・・

鈴木さんからの答えです。

正解は、『ヒグマに遭遇する』でした。
これは全てヒグマに遭遇する前触れです。これを見たらヒグマに注意のサインです。

クマについていけば…

鈴木さんによると、カラスはヒグマについて行って、ヒグマが取った食物のおこぼれをもらおうとしているのだそうです。

ヒグマは、シカなどの大きな獲物を手に入れると、食べきれなかったものを土や木の枝などをかぶせて隠します。ヒグマはしばらくその場に居座るので、カラスはなかなか手出しできませんが、隠さずに残されたものを狙うといいます。例えば、毛についたわずかな肉や雪についた血をついばむカラスを、鈴木さんは見たことがあるそうです。

「カラスが少し妙な動きをしているな」と感じるときがあるんです。長い時間、枝から枝へ、ぴょんぴょんと移動して、なかなか遠くへ羽ばたかない、というのがその典型です。そんな動きを見たら、「もしかしたらこの先にヒグマがいるかもしれない」と警戒のスイッチを入れるように、私はしています

この時、カラスは、車の通る道路と森との境にある木にとまっていました。ヒグマは、道路をはさんで反対側、海に近い所にいて、しばらく道路を歩いた後、森の中に消えていったそうです。

ヒグマについていけば「おいしい思い」をすることができる、ということを、カラスはどうして知っているのでしょうか。

東京大学総合研究博物館・特任准教授の松原始さんに、お電話で話を伺いました。松原さんは、カラスの生態の研究がご専門です。

松原さんによると、カラスは、どんなものの後についていけば食物を得ることができるのか、学習する能力があるといいます。

例えば、トラクターで土を耕す後を、カラスがずっと追いかける姿が、しばしば観察されるそうです。これは、土が起こされた後、地中の虫が表面に出ることを知っていて、その虫を狙っているのです。

また、北米では、ワタリガラスという種類のカラスが、オオカミについていくことが報告されているそうです。これも、オオカミの食べ残しを狙った行為だと見られています。

カラスは経験で、こうした行動を覚えていくと考えられます。また、他の仲間がやっているのを真似して学習する場合もあります。さらに、動物の後を追いかけるケースでは、死骸の肉の塊を自分で解体して食べるだけの力がカラスにはないので、大型の動物が解体して小さくしてくれるのを待っている、という面もあると思います

小さなサインを見逃さない

2枚目の写真は、冬眠明けのヒグマが、昨年落ちたドングリを落ち葉の下から探し出そうとした跡だと考えらえると、知床のガイド・鈴木さんは言います。

キツネやリスが掘り起こした跡にしては、大きいですね。幅2m以上の範囲で掘り起こされていたので、ヒグマがやったのだと思います。前の日にはなかった痕跡で、掘り起こされて間もない感じでした。実際、その先の草原で、クマの姿を発見しました

3枚目の写真は、耳をそばだてて、遠方にいるヒグマの気配を感じ取るエゾシカの姿です。視線の先には、ヒグマの親子がいました。その距離は300m以上ありましたが、シカは、10分以上もこの姿勢を崩さなかったそうです。

鈴木さんは、この様子を、知床五湖の高架木道の安全な場所から見ていました。鈴木さんの場所からは、近くにいるはずの親グマは確認できませんでしたが、子グマが木に登っているのが分かりました。その姿を鈴木さんが撮影していました。

鈴木さんによると、シカは、通常 私たち人間が近づくと、こちらに視線を向けることが多いといいます。これまでの経験で、森を散策する人間が自分たちに害を与えることはないということを知っているためか、逃げることはほとんどないそうです。ただ、耳はつねにあちらこちらに向けて動いていて、周囲への注意を払っています。

ところが、この時は、私の方に視線を向けずに、ずっと前方を見つめて、耳も立ったまま一点に向いていました。こうしたシカを見たら、その視線の先にヒグマがいる可能性を考えて、私たちは慎重に行動します

このように、鈴木さんは、知床の森を歩く時には、小さなサインを見逃さずに、ヒグマとの危険な遭遇をできる限り避ける努力をしているのです。

札幌のカラスを観察してみた

鈴木さんは「都会の身近な自然に目を向ければ、様々な発見がある。それに気づければ、普段の風景が違った色に見えるはず」とおっしゃいます。
往復書簡を始めた理由の一つが、その「発見」のきっかけを鈴木さんにいただくためでした。

今回送っていただいた画像に関して言えば、札幌でも気軽に見られるのが、カラスです。

都会のカラスといえば、ゴミに集まります。
早朝のすすきのに向かってみました。
人はほとんどいません。カラスの鳴き声が、あちらこちらで響いています。

5時になると、ゴミ収集車がやって来ました。ビルから次々とゴミが運び出され、車に放り込まれていきます。
これを見て、カラスが次々と舞い降りてきました。収集車にゴミが飲み込まれるまでの一瞬のスキを狙って、カラスは食べ物を取っていました。

こんな姿を見ていると、「いかにも都会のカラスの行動だなぁ」という気持ちが湧いてきます。
ところが、東京大学総合研究博物館の松原さんに伺うと、「札幌のカラスと知床のカラスの基本的な行動原理は、ほぼ同じだ」とおっしゃるのです。

カラスは、自然界で「スカベンジャー=掃除屋」としての役割があります。死んだ動物の死骸をワシやカラスなどが食べるので、自然界にこうした死骸がいつまでも残っていることはありません。そのスカベンチャーとしての行動を、カラスは都会でもやっているに過ぎないのです

松原さんによると、都会のカラスの掃除屋としての役割が分かりやすく出るのが、「吐しゃ物」の掃除だといいます。飲み屋街で、酔った人が路上に吐しゃしたものが、翌日にはほぼなくなっていて、水をかければ落ちるような状態になっている時があります。カラスが吐しゃ物をついばんだ結果なのだといいます。

では、ゴミ漁りはどうなのでしょうか。

松原さんのお話では、カラスは、ポリ袋の中においしいものが入っていることをよく知っているのだそうです。袋を足で押さえて、くちばしで袋をつつき、中身を吟味していきます。

カラスからすると、「死骸」と「ゴミ袋に入ったゴミ」は、よく似ているのだと思います。いわば、ゴミ袋が皮膚、中の食べ物が肉や内臓となるのでしょう。ゴミ集積所というのは、カラスにしてみれば、死骸がたくさんある場所と同じとも言えます

動物の死骸の場合は、多くの部位が食べられるので、きれいになくなりますが、ゴミの場合は、食べられないものがたくさん混ざっているので、それを選別するときに散らかしてしまう、ということのようです。

都会に住むカラスは、「町に適応して」でもなく、「山を追われて仕方なく」でもなく、「食べ物があるから、ごく普通にゴミを漁る」。森林での生活をそのまま都会に持ち込んだにすぎないと、松原さんは考えています。

もしカラスがいなくなったら・・・

昼下がりの大通り公園。
よく見てみると、地面に降り立つカラスの姿があります。10分以上地面をつついては、何やら、もぐもぐしているようです。

松原さんに、映像を見ていただきました。
ハシボソガラスというカラスが、虫をついばんでいるのではないか、ということでした。

札幌でよく見られるカラスは、ハシブトガラスとハシボソガラスです。
ハシブトガラスは、クチバシが太く、額のあたりが丸いのが特徴です。

一方、ハシボソガラスは、クチバシが細く、額へのラインがなだらかに見えます。

ハシブトガラスもハシボソガラスも、人間の出したゴミのほかに、木の実や虫なども食べます。

ただ、松原さんのこれまでの調査では、この映像のように地面で長時間虫をついばむ姿は、ハシボソガラスに多く見られるということです。くちばしが細いので、土の中の虫を掘り返して、ついばむのに適しているのだそうです。

また、ハシボソガラスは、ハシブトガラスに比べて、10%ほど体長が小さく、体重も30%ほど軽いといいます。都会で暮らすハシボソガラスは、ゴミの収集争いになると、体の大きいハシブトガラスに負けることもあるそうです。

人間に例えると、ハシボソガラスが170cm・体重70kgだとすると、ハシブトガラスは187cm・体重91kgとなる計算です。ボクシングをしたら、かなりの体格差ですね。

ハシボソガラスは、ゴミだけに頼れない確率が高いので、ハシブトガラス以上に色々な所から食べ物を調達しなくてはいけません。
クルミなどもよく食べます。一時期、車の通る場所にクルミを置いて殻を割って食べるカラス、というのが話題になりましたが、そうした行為をするのも、主にハシボソガラスです

都会のカラスも、虫や木の実などを食べている。ここも、森のカラスとの共通点ですね。

さらに調べてみると、環境省の「自治体担当者のためのカラス対策マニュアル」に興味深い記述を見つけました。「よくある質問の対応」という項の中に「カラスがいなくなったら都会の自然はどうなりますか」という質問があります。

その答えです。

都会の自然の中でハシブトガラスは、いろいろな生きものの捕食者の役割をしています。例えば、甲虫類やネズミ、鳥の卵や雛など捕らえることで、結果として、これらの動物の数をコントロールする役割を果たしています
ネズミを食べているハシブトガラスも観察されています。もし、都会でハシブトガラスがいなくなると、ネズミなど人間にとっても有害なこれらの動物が増える可能性があります

また、北海道には、カラスと虫にかかわる、次のような歴史があることも分かりました。

1980年6月下旬、鹿追町で、バッタが大量発生し農作物への被害が心配される事態が起きました。この時には、自衛隊や農協、役場などが協力して駆除にあたり、被害を最小限に抑えることができました。

その時に駆除したバッタの霊を慰めるために、バッタ塚の碑も建てられました。

この際、バッタが多発した地域に、200羽以上のカラスが集まって、飛んでいるバッタを食べている様子が目撃されたそうです。(北日本病虫研報32号「北海道十勝地方におけるフキバッタ類の多発生について」井上寿・伊東正男)

こうしたお話は、前回のキツツキを彷彿とさせるものでもありますね。

確かに「普段の景色」が少し変わりました

知床のネイチャーガイド・鈴木さんからの画像をきっかけに、色々調べてみて、私のカラスに対する印象がずいぶん変わりました。そして、カラスのいる札幌の風景が、以前とは少しだけ違ったものに見えるような気持ちにもなりました。

そのことを鈴木さんへ報告しました。

私も知らないことが多くて、驚きました。カラスは、都会から来たお客さんにも馴染みのある鳥なので、ガイド中に度々話題になります。でも「知床の森のカラスは、都会のカラスとやはり違うね~」という話になりがちでした。本当は、知床のカラスも札幌のカラスも、基本的な行動としてはつながっているんですね。私も、そのことを肝に銘じて、これからガイドしていきたいと思います

この取材の成果の一部は、夏ごろに、「おはよう北海道」で放送する予定です。

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