NHK札幌放送局

0.2%の世界に挑む #道南WEB取材班

道南web

2020年10月22日(木)午後5時18分 更新

彼女はあえて男性用のネクタイを着けていました。 周りは男性ばかり。 憧れの部署で、「負けたくない」という、彼女なりの意思表示でした。 しかしのちに、彼女は変わりました。 本来の姿で、戦うために。 

ほぼゼロ%の役職

落ち着いていて物静かな人。それが彼女に会った私(記者)の第一印象でした。正直、殺人や強盗、放火などの凶悪事件の捜査をとりしきっているようには見えなかったのを覚えています。
しかし、彼女の言葉の端々からは、自分の職責に対する強烈な自負が感じられました。

「身が引き締まる思いで、緊張感があります」

山口智子さん。ことし4月、函館中央警察署の刑事一課長に就任。北海道警察では初めてとなる女性の刑事一課長です。

近年、女性警察官の登用に力を入れている北海道警察。警察官全体に占める女性の割合は、現在11%あまりと5年前に比べて3ポイント上昇しています。ところが、管理職となる警部以上の女性の割合は0.2%。1万人あまりいる職員のうち、わずか22人と極めて少ないのが実情です。

そうした中、女性警察官のキャリアモデルとして白羽の矢がたったのが山口さんでした。しかし、その道のりは決して平たんではありませんでした。

“超”男性社会

刑事になった当初、山口さんはひとつの壁にぶつかりました。
「取り調べを担当するのは、やはり男性の刑事の方が多かった」(山口智子さん)

当時、職場にいる刑事は男性ばかり。扱いの差を感じることも、たびたびありました。そうした中、山口さんは、ある決断をします。

「男性に負けたくない」、その一心で、男性用のネクタイを着けたのです。

「職場では男性はネクタイをしていたので、女性がネクタイを着けていても違和感はないと思っていました。男性よりも劣ると思われたら絶対に刑事室には入れてはもらえないと思ったので、仕事の原動力になりました」(山口智子さん)

そんな男性社会の刑事一課は、さらに激務でも知られています。テレビのドラマでも取り上げられることの多い花形の部署ですが、日々の事件の捜査に追われ、休みはほとんどありません。しかし、そうした厳しい世界に、山口さんはみずから飛び込んだのです。

父の背中を追いかけて

はじまりは父親でした。山口さんの父親も警察官で、自宅には父の功績をたたえる盾やトロフィーが数多く飾られていました。

その姿に憧れ、「小学校を卒業するぐらいには、将来は警察官になりたいと思っていた」といいます。短大を卒業すると、父親と同じ警察官の道を歩むことにしたのです。


そして初任地だった小樽警察署で、警察人生を決定づける事件と遭遇しました。配属直後の平成6年、小樽市内で高齢者が殺害される事件が起こったのです。

まだ駆け出しで交番勤務だった山口さんも現場付近で犯行に使われた凶器を探すなど、捜査に参加しました。捜査の結果、容疑者はまもなく逮捕されました。

「刑事の人たちがたくさんの証拠を見つけて犯人を逮捕するという流れを間近で見て、刑事はかっこいいと思いました」(山口智子さん)

見た目じゃない

憧れの刑事課に配属されたのは、それから1年半後。ネクタイを締めて気を張り、仕事に打ち込んできました。

しかし、仕事を任されるのはほとんど男性刑事でした。上司も男性を厳しく指導する反面、山口さんには優しく接していて、それがもどかしくもありました。「悔しい」、そんな思いを抱える毎日だったといいます。

ただ、刑事の経験を重ねるにつれて、徐々に上司が自分を男性と対等に扱ってくれていると感じるようになりました。男性と同じように上司が自分を厳しく叱りつける場面も多くなりました。そして、山口さんの心境にも変化が出てきました。

「自分がただ単に未熟だから、ただできないから、いろんなことを任せてもらえないんだということに気がつきました。見た目だけ男性と同じにすることに意味がないなと」

山口さんは6年あまり着けていたネクタイを外しました。

刑事一課長となった現在、20人の部下を抱え、日々の事件捜査を指揮している山口さんは、後輩の女性警察官にとって、今や憧れの存在です。

「山口課長はすごくかっこいいです。現場から逃げることもなく、最前線に立って仕事をしたりするところを同性として尊敬しています」(後輩の木幡江梨奈さん)

ままへ。世界で一番大好きだよ

休日もほぼ出勤する多忙な毎日。そんな山口さんにとって心の支えになっているのが、長女の存在です。

シングルマザーの山口さんは、両親の手を借りながら長女を育ててきました。字が書ける年頃になると、長女と交わす手紙が共に過ごせない時間を埋め合わせてくれました。

「ままへ。世界で一番大好きだよ」
「自分も頑張るから、ママも頑張ってね」

「彼女が字を書けるようになってから、本当にちょくちょく手紙をもらっているというか、ふだん私が家にいないので、手紙でコミュニケーションを図っているみたいなところはありますね」(山口智子さん)

手紙の言葉ひとつひとつが宝物でした。これまで長女が書いてくれた手紙は、すべて大切に保管しています。


ただ、慣れない子育てと仕事の両立は、簡単ではありませんでした。
ある日、長女が意識を失い、救急搬送される出来事がありました。出産から1年2か月後、山口さんが刑事に復帰してまもないころでした。幸い命に別状はなかったものの、急に熱を出すなど、長女の体調は半年間ほど安定しなかったそうです。

「熱を出した子どもを家に置いていくのは苦しかった。親として子どもの近くにいてあげられないという思いと、自分の親に迷惑をかけているのではないかという思いを感じていました」(山口智子さん)

手紙をお守りに

刑事になって忘れられない出来事があります。10年前の母の日、山口さんは小学生だった長女と約束を入れていました。しかし急きょ、当初から捜査に関わっていた重要事件の容疑者の取り調べの連絡が入りました。

後ろ髪を引かれる思いで、急いで警察署に向かおうとする山口さん。そこに長女が1通の手紙を渡してくれたのです。

「きょうは母の日です。ママのことがとても大好きです」

母の日のプレゼントと手紙を渡すことを楽しみにしていた長女の思いのこもった手紙に、「自分のことをちゃんと見てくれているんだ」と感じた山口さん。手紙をお守りとしてポケットに入れて、取り調べに臨んだといいます。

「仕事には行かなくちゃいけないけど、家にいなくて申し訳ないという思いでした。そんな長女からもらった手紙をそのときはお守りにして、読んでから取り調べに臨みました。そして、犯人を自供させることができたんです。逮捕し終わって一段落したときに、また手紙を見て、『ああよかったな』と思いました」(山口智子さん)

感謝を胸に

函館の警察署に赴任になり、これまで20年近く一緒に暮らした長女を実家に預け、今は離ればなれで暮らしています。寂しさを感じつつも、長女の理解や自分の両親が協力してくれたこと、そして上司、同僚、部下も含めて、自分を支えてくれた人たちに「本当に感謝しかない」と繰り返し強調していました。

「警察の仕事で、これまで女性では昇任することが難しいんじゃないかというところもあったかもしれませんが、私がうまくいけば、もっと女性の活躍の場が広がっていくのかなという思いもありますので、気を引き締めて頑張りたいなと思っています」

<取材した記者>
小柳玲華(函館放送局・放送部)
2020年入局。新人記者。函館局が初任地。
警察・司法を担当し、事件・事故を中心に取材。北海道生活は初めて。初めて見た函館山の夜景に感動しました。

(2020年10月15日放送)

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