NHK札幌放送局

被災者がつながる場所を作りたい

ほっとニュースweb

2022年9月14日(水)午後1時47分 更新

胆振東部地震で大きな被害を受けた厚真町。
社会福祉協議会の職員として被災者に寄り添ってきた女性は、町の復興のために新たな道を歩み始めました。「支援する立場」から「住民の1人」となって、作ろうとしたのは、「被災者がつながる場所」です。(苫小牧支局 臼杵良) 

被災者が集う「あつま元気クラブ」

厚真町の体育館に響く大きな声。
集まっているのは、会員制の団体「あつま元気クラブ」のメンバーです。
メンバーは、4年前の胆振東部地震の被災者たち。週2回の体操教室で、心身の健康を整えています。

メンバー
「自分だけで家でやるよりは、常にリアルなアドバイスを受けているから、そうやるんだったとか気づくこともある。時々、笑い声が聞こえたりして、やっぱり楽しいですよね。」

このクラブを立ち上げたのが、村上朋子さん(51)です。
体操教室を中心に、さまざまなイベントを企画することで、被災者たちが楽しみながら人とのつながりを実感できる場所を提供したいと考えていました。

村上さん
「きっかけは、地震の後の災害の復興期におけるコミュニティーについて、どんなふうに地域作りをしていこうかというところでした。こういったストレッチ系って、ご高齢の方も若い人も、みんなが取り組めることなので、やりやすいかと思いました。」

スローライフから災害対応へ

村上さんが生まれたのは北海道の江別市。
サーフィンが大好きで、沖縄県やオーストラリアなどで暮らしたあと、14年前にやってきたのが、人口およそ4400人の厚真町でした。
道内有数のサーフィンの名所として知られる厚真町で、海と豊かな田園風景に囲まれ、思い描いていたスローライフの生活を始めました。

ただ、徐々により町に深く関わっていきたいと感じるようになり、地域の包括支援センターで働いた後、平成28年からは、もともと持っていた看護師の資格をいかして、町の社会福祉協議会に就職しました。そうした中、起きたのが胆振東部地震。震度7を観測した厚真町では1668棟の住宅が損壊、災害関連死を含めて道内で最も多い37人が犠牲となりました。

地震当時、村上さんは、社会福祉協議会で、高齢者の見回りの責任者にあたる生活支援係長を務めていました。地震の直後から、町内の全世帯の被災者を訪問するなどして、町民に寄り添ってきました。

ただ、地震から時間がたつにつれて、被災者への対応にも変化が必要なのではないかと自問するようになりました。自分が何をすべきか、考えたといいます。

村上さん
「(地震から)3年目、4年目って、大切なのはやっぱり暮らしの部分だよなと思いました。今、この町に足りないのは、やっぱり住民の側でコミュニティーを紡いでいく、そのいろんな人たちを繋ぐ役割の人がこの町には絶対必要だって思ったんです」。

住民のリーダーとして

去年3月、村上さんは、大きな決断をしました。社会福祉協議会を退職したのです。
「支援する」という立場を経験した先に見いだしたのは、「1人の住民」として町をみずから盛り上げていくということでした。
町の将来を見据え、住民みずからが復興を担っていく必要があるからこそ、自分がその一員として、そしてリーダーとして、役割を果たしていきたいと考えたのです。

また、こうした決断の背景には、自身が抱える病もありました。

村上さん
「ちょうど地震が起きる3か月前に、良性ですけど、脳腫瘍が見つかって、はた目には見えないんですけど、ふらつきとか、いろんな後遺症とかが出たんです。
やっぱり脳の中を手術しているので、恐らく、年を重ねると、私は支援が必要な体になっていくだろうなっていうのは、看護師なので、なんとなく予想はついているんですよね。
だから、いつまでも健康でいられるわけでないのであれば、今、頭も体も動く時期にやりたいなって思いました。」

現在、村上さんは、町民の憩いの場としてのカフェを営みながら、「あつま元気クラブ」を運営しています。

村上さんに救われた被災者

「村上さんは私にとって救世主」。

村上さんについてこう語る女性がいます。
厚真町の豊沢地区の大河原みほ子さん(71)です。

4年前、地震が起きた日は札幌に出かけていたため、けがはありませんでしたが、自宅は全壊。認知症の母も抱え、心身ともに苦しい思いをしていました。
そのため、当時は、自宅に引きこもりがちだったという大河原さん。
しかし、村上さんと出会い、「あつま元気クラブ」に加入したことで、外出する機会が増えるようになりました。そして、メンバーとの交流を通じて、徐々に元気を取り戻していったと言います。

大河原さん
「地震のことを忘れちゃいけないけど、日常生活にもう完全に戻ってきてるんだよね。元気クラブがなかったら、もっと悲惨だったかもしれない」。

「元気クラブ」とともに歩む復興

この夏、村上さんは、新たな交流の場を作りました。
開いたのはマルシェ。その名も「あつマル市」です。被災した地域の農家たちが作った野菜などが売られ、ひっきりなしに人が訪れるほどの大盛況となりました。来場者からは、「楽しいイベントができてよかった」といった感想が聞かれました。

会場には、「あつま元気クラブ」のメンバーが作ったかごやアクセサリーも並びました。大河原さんも笑顔でお手製のかごについて説明するなど、交流を楽しみました。

メンバーや訪れた人たちがふれあう姿を見て、村上さんは、「あつマル市」は「200点だ」と満足そうに話していました。被災者がともに過ごす空間を作り、人と人をつないでいく。こうした取り組みを重ねていくことが、町の活力、そして、復興にもつながると、村上さんは信じています。

村上さん
「みんな本当に一人一人が大変な状況の中で『元気クラブ』に来られて、その瞬間、瞬間を必死に生きておられていて、やっぱりそこが大切だなって私自身思うんですよね。
コミュニティーは作ろうと思っても作れないので、やっぱり出会いと化学反応。
だから、地道な、こういう小さな活動から本当にずっと活動し続けることによって、繋がっていくし、それが広がっていくと思うんです」

4年目を迎えた新たな心境

笑顔を絶やさず、被災者を励まし続ける村上さん。しかし、実は、村上さんも地震では心に傷を負いました。社会福祉協議会の同僚を土砂崩れで亡くしたのです。

それから4年。ある光景を見たときに、心境に変化が芽生えたといいます。

村上さん
「土砂崩れのあった斜面に、フキの傘がばーっと一面に生えている光景を見たときに、再生していると思ったんです。やっぱりつらいこともたくさんあったけど、住民も、もう前を向いている人は向いているし、いろんな段階の違いはあるんですけど、でも大地も再生しているんだなっていうのを感じたときに、4年がたったんだって感じました。」

徐々に復興へと向かう厚真町。村上さんは、これからもこの町で生きていくことを心に決めています。地域と一緒になって、前に進むことで、新たな人生を切り開いています。

2022年9月14日

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