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10年間で5本の映画化 没後30年の作家・佐藤泰志の魅力とは

道南web

2020年11月24日(火)午前11時08分 更新

函館出身のある作家が今注目を集めています。作品の映画化はこの10年間ですでに5本。実は、亡くなってからすでに30年が経つ作家なのです。

その作家の名は佐藤泰志。佐藤泰志は1949年に函館に生まれました。函館西高校在学時から数々の文学作品を発表し、少年文学賞を受賞するなど、その文才が早くから評価されていました。1981年に「きみの鳥はうたえる」で芥川賞候補に選ばれたのを皮切りに、5回にわたって候補となりましたが、いずれも受賞を逃しました。佐藤はその後、1990年に東京で自ら命を絶ち、41歳の若さでその生涯を閉じました。佐藤の死後、単行本は絶版になり、作品は一時、世の中から姿を消しました。しかし今になって彼の作品が再び注目を集めているのです。

佐藤が亡くなって20年が経った2010年。佐藤の小説が初めて映画化されました。手がけたのは、函館市でミニシアターを営む菅原和博さん。菅原さんは佐藤の作品に一目ぼれし、映画化に取り組むことを決めたといいます。このとき映画化されたのは佐藤の晩年の作品、『海炭市叙景』。菅原さんはその後も、『オーバー・フェンス』や『そこのみにて光輝く』など、これまでに4つの佐藤作品の映画化を手がけてきました。このうち俳優の綾野剛さんらを起用した『そこのみにて光輝く』は、カナダのモントリオールで開かれた世界映画祭で最優秀監督賞を受賞するなど、映画化された作品は高い評価を受けました。映画の成功をきっかけに、原作となった佐藤の小説も再評価され、文庫本として復活しました。

ことしは佐藤が亡くなってから30年。菅原さんは、佐藤作品が原作の5作目の映画の制作に取りかかりました。タイトルは『草の響き』。心の病の治療のためにランニングに励む主人公と周囲の人々が織りなす人間模様を描いた物語です。11月5日には、函館市で撮影がスタートしました。菅原さんは、「コロナ禍が続くなか、映画を作ることについてとても悩みましたが、函館から佐藤泰志の映画を発信できるということが、今私たちにできることだと考えました。力まずにいい映画を作り、来年皆さんに見ていただきたいです」と話していました。映画は、2021年秋の公開を予定しているということです。

【佐藤の小説の魅力は】
死後30年が経った今、佐藤泰志の作品がこれほど注目されているのはなぜなのか。そのヒントを探るため、愛読者に話を聞きました。函館市でスナックを営む青井元子さんは、佐藤の小説『海炭市叙景』(かいたんしじょけい)に出会い、衝撃を受けたといいます。

『海炭市叙景』は、函館をモデルにした街「海炭市」が舞台。衰退しゆく地方都市の人が懸命に生きる姿を描いた作品です。作品の中で、青井さんが最も胸を打たれた描写。季節労働者として生計を立てる主人公が函館山から街を見下ろし、こうつぶやく場面です。
「わたしはこの街が本当はただの瓦礫(がれき)のように感じたのだ。それは一瞬の痛みの感覚のようだった」
将来に希望を持てない主人公から見た函館の街は悲しげに映りました。そのことを「瓦礫」や「痛み」といった表現を使って描き出しています。

函館を舞台にした作品を多く書いてきた佐藤泰志。その中には、観光都市としての函館はほとんど登場しません。代わりに描かれているのは、衰退する街で日々暮らす市井の人たちの姿です。函館の街が内包する苦しみや悲しみを美しい表現で描き出す佐藤の文章に、青井さんは惹かれていったといいます。青井さんは、「自分では思いつかないような表現で、函館の影の部分まで美しく描き出すところが、佐藤さんの大きな魅力です」と話します。青井さんは今でも佐藤の小説を手に取り、ときには声に出して読みながら、作品の世界にひたっているといいます。

【佐藤泰志の原点は】
函館の街の暗い部分や、市井の人たちにスポットライトを当てた佐藤泰志。その原点を知るべく、佐藤の高校時代の同級生に話を聞きました。

上平明さんは、高校2年のときに佐藤と出会いました。放課後に一緒に遊んだり、夏休みには一緒にキャンプに出かけたりするほどの仲だったといいます。上平さんは、高校時代の佐藤についてこう振り返ります。
「高校生のころから、いわゆるえん世観というのか、少し暗い面はありました。また、風変わりな男でもありました。ある日突然丸坊主になったことや、裸足で歩いていることもありました。当時から文学の才能を認められていて、知る人ぞ知る存在だったと記憶しています。彼自身も、将来物書きになるんだという強い意志を持っていたと思います」。

佐藤の作風には、彼の生い立ちが強く影響しているのではないかと、上平さんは指摘します。
「泰志は函館の中心部の繁華街で生まれ育ちました。今と違ってキャバレーや映画館が何軒もあった時代です。多くの人が昼夜問わず駅前通りを歩いていました。周囲には豊かではない人も多く、佐藤自身の家庭も決して豊かではなかった。そんな中で、両親や周囲の人の生活ぶりを見て育ったのだと思います」

こうした幼少期の経験に加え、北洋漁業の縮小などでさびれていく函館の街も、佐藤の目にはっきりと映っていました。

「函館の街がさびれていくのをまざまざと体験し、自分の目で見たのだと思います。函館の街が変わっていく、それも明るいほうに変わっていくわけではないということを、自分自身の経験として強く感じていたのだと思います」

【専門家「今の時代に合った作風」】
佐藤の作品を長年研究し、佐藤の友人でもあった映画監督の福間健二さんは、発表当時、佐藤の作品は広く受け入れられなかったと指摘します。

「佐藤泰志が生きていた当時、彼の作品に対する世間の関心はそれほど広がりませんでした。夢や希望を持てない人々の苦しみに寄り添った作風は、世の中全体が上向いている時代にはあまり評価されなかった部分があると思います」(福間さん)
その後、バブル経済が崩壊し低成長時代を迎えた今になって、佐藤の作風が共感を呼ぶようになったのではないかと、福間さんは分析します。
「この2、30年の間、若い世代は夢や希望を持てなくなっています。それでも、『自分なりに納得できるよう生きたい』という気持ちに対して、佐藤の作品が答えている部分がとても強いのではないかと思います。1歩ずつ確かめながら生きていく登場人物の姿が、読者の気持ちを捉えていると思います」(福間さん)
時代の移り変わりを経て輝きを増す佐藤の作風は、これからも人々の心を打ち続けることでしょう。

(11月16日放送)

<取材した記者>
渡邉健(函館放送局記者)
平成31年入局。警察・司法を担当。

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