千島海溝沿いの巨大地震に対してどう備えるのか。防災に詳しい北海道大学大学院の高橋浩晃教授に聞きました。
これは令和元年に白糠町が作成したCG・コンピューターグラフィックです。
CG作成:白糠町
私たちは、この巨大地震にどのように備えていけばよいのでしょうか。防災に詳しい北海道大学大学院の高橋浩晃教授に聞きました。

写真:北海道大学大学院 高橋浩晃教授
○過去の記憶にとらわれない
この千島海溝沿いの巨大地震に対してどう備えるのか。高橋教授は道東特有の懸念があると言います。それは過去の経験です。道東では十勝沖地震、チリ地震津波など、たびたび津波の被害を受けてきました。ただ、この時の被害は沿岸部の一部の地域に限られていました。懸念される千島海溝沿いの超巨大地震では、この時よりも大きな津波が想定されています。「あの時は大丈夫だったから」という過去の経験が足かせになる可能性があると言うのです。高橋教授は「東日本大震災と同じことが起こる、街全体を飲み込む超巨大な津波が来る、という意識付けが重要だ」と話しています。
○各地域でどう対応するか考えておく
こうした大きな災害など都合が悪いことに対して、私たちはどうしても“自分は大丈夫だ”と考えがちです。このことを心理学では「正常性バイアス」と呼び、ごく自然なことだと高橋教授は言います。そのうえで、まずは、個人単位や家庭単位、各地域単位でどう対応するのか、避難計画のようなものをあらかじめ考えてみてほしいと指摘しています。
こうした取り組みは全国の自治体で始まっています。このうち、静岡県掛川市では、平成27年にハザードマップとともに「家庭の避難計画」の作り方のマニュアルを配っています。

画像:静岡県掛川市の家庭の避難計画
「家庭の避難計画」の作り方
ステップ1:ハザードマップを見て、どこにどのような災害の危険性があるかを知る。

ステップ2:地震や津波、洪水など災害ごとに、どこに避難するのかを決める。

ステップ3:自宅や勤務先などからどのように逃げるのか避難経路を決める。

ステップ4:家庭の避難計画を作り、紙にまとめる。

ステップ5:実際に避難してみて、かかる時間などを調べる。
というものです。 こうした各家庭での避難計画を作っておき、家族で話し合っておけば、いざというときに安心です。さらには実際に逃げてみると課題も見つかるかも知れません。
まずは各自治体が発表しているハザードマップを確認したうえで、どの避難場所まで行くのか、どの経路で行くのかを考えておく。そして、実際に訓練をしてみて課題がないかを探る。こうした取り組みを各家庭で行った上で、地域単位でまとめていく必要があると言います。道東の沿岸部では、近くに避難できるような高台や高い建物がない地域があります。高橋教授は各地域で避難計画を作りながら、“避難が難しい”という地域が出てきた場合、どのように解決していくのか。各自治体は避難先を建設したり、渋滞しないような車の避難ルールを考えておいたりするなどして対策を進めていかなければならないと指摘します。
そのうえで「津波到達まで20分程度しかない。昼間や夜間、夏と冬など、各家庭・学校・事業所ごとにさまざまなパターンで訓練を繰り返し行ってほしい。地域ごとに最適な避難方法は異なるので、事前に十分な検討が必要だ。避難困難地域では新たな施設の整備も視野に入れる必要があるだろう」と話しています。
○災害に強い街づくりを
いざ巨大地震が起きたらどう避難するのか、各地域で対策を進めていくことにあわせて、高橋教授は街全体を徐々に災害に強い街につくりかえていく長期的なビジョンも立てていく必要があると言います。東日本大震災の被災地では、高台移転を含めて復興の街づくりが進められてきましたが、住民の意向をまとめるのに時間がかかったり、復興が遅れて人口が大幅に減少したりするなどの課題がありました。こうした教訓から、国は各自治体に対し、被災した後にどのように街を復興していくのか、あらかじめ考えておく「復興事前準備計画」を作るよう促しています。高橋教授は、「各自治体でこの計画を作成した上で、被災する前から徐々に街を危険性の低い場所に移転させていくなど災害に強い街づくりを進めていく必要がある」と指摘しています。
道東の市町村ではこれまで公共施設の移転などを進めています。厚岸町では、平成29年、釧路東部消防組合が標高およそ20メートルの高台に移りました。浸水域にある消防団の施設も移転が進められていて令和2年度末に完了する予定で、厚岸保育所も令和3年7月に高台に移される計画です。また、浜中町では、役場庁舎が標高およそ40メートルの場所に令和3年に移転する予定です。 白糠町では平成30年に庶路小学校と庶路中学校を統合した庶路学園が標高30メートル余りの高台で開校したほか、沿岸にある消防の支署も令和2年10月に標高8メートルほどの内陸に移りました。

写真:高台移転した釧路東部消防組合

写真:高台移転した浜中町役場
高橋教授はこうした取り組みを進めていく必要があると言います。
「災害対策は長期的なまちづくりであり、被災後に住宅と主要産業をいかに早く復興させることができるかが、街の生き残りに直結する。命を守る対策と同時に、地域経済を速やかに再生させるビジョンづくりも同時に進めて行く必要がある」。
2021年1月8日