秋の気配を感じつつ札幌から枝幸に車を走らせたのは10月初めのこと。一か月の滞在もあっという間に終わろうとしています。

ローカルフレンズの鷲見道子(わしみ・みちこ)さんが営む高台のカフェにカメラを据えた1週目。鷲見さんとカフェに集う人々が織りなす人生を垣間見ることができました。
2週目。「秋味」ともいわれる鮭。冬の訪れを告げる鮭漁に密着すると、支え合ってきた漁師夫婦の物語がありました。

カフェから見える枝幸の町も次第に色づき始めた3週目は、川の恵みにカメラを向けました。かつて道内でも身近な食材だった「ヤツメウナギ」。減少する資源と食文化を守ろうと奮闘する中学生を取材しました。

10月も終わりに近づき、初雪迫る枝幸町。
この一か月、足繁く通った鷲見さんが営む高台のカフェは、冬季休業のため今季の営業は残り3日。鷲見さんとカフェに集う町の人々のほっとするやり取りも春までお預けです。
さて枝幸編最終週の今週は、再びカフェが舞台です。
鷲見さんがつなぐ、「夢」をもった一人の若者と、彼を応援する枝幸町民の心温まる物語です。

1週目にも登場した、浅野邦明さん。地域おこし協力隊として枝幸での生活も2年目を迎えています。

1週目では本気で枝幸への移住を検討し、物件探しをしている様子をお伝えしました。少し不安げながらもカフェの常連客に励まされていた浅野さんですが、数か月前、はじめてカフェに来た時はなんだか元気がなかったそう。

「最初疲れていたもんね。これはパワー不足だなって(笑)」
気になって声をかけた鷲見さん。話を聞くと「去年、埼玉の大学院を休学し、遥々一人で枝幸にやってきた」というのです。「見ず知らずの土地にいったいなぜ?」。この時から鷲見さんと浅野さんの交流が始まりました。
浅野さんが枝幸町に来たのは、町が運営する公営塾で働くため。
数学の専門知識を活かせる場所を探した末、たどり着いたんだそう。

しかし、時はコロナ禍の真っただ中。
浅野さんは感染リスクを避けるため、外出自粛を続けていました。そのため職場以外での知り合いをなかなか増やすことができずにいたのです。
そんな浅野さんを見かねた鷲見さんは、“おせっかい”を焼きはじめます。
ある時はカフェで何時間も話を聞き、またある時は常連さんとの会話に浅野さんをぐいグイグイ引き込んでいったそうです。
その数、ざっと50人以上。
実は鷲見さん、浅野さん様子にかつての自分の姿を重ねて見ていました。枝幸に移住したばかりのころ、鷲見さんも「そうやって人に紹介してもらっていた」のだと言います。
すると、ある日—。

「物件を探して、みんなが集まれるコミュニティを作りたい。」
そんなことを浅野さんが言い出しました。

そう言われたときに、おーってなる。この町にこれから先も住んでもいいってことなんだなと。
鷲見さんは、浅野さんに「いろんな人に会いなさい」とアドバイス。さらにカフェの常連さんや町の知り合いに、浅野さんをどんどんつないでいきました。
「常連さんや周囲の町民に伝えたら、一肌脱いでくれる、快く。浅野君に差し伸べる手が増えてきて、浅野君の不器用さとかそういうものを面白がって。温かく見守ってくれる。」
鷲見さんが思った通り、そんな光景が繰り広げられるようになりました。
鷲見さんは、「やっぱりこの町はいい町だな」と改めて思ったそう。

1週目で浅野さんと地図を広げていた、小笠原実千子さんも鷲見さんがつないだ一人。
知っている限りの空き家情報を浅野さんに教えました。
この日。浅野さんは物件探しに町へ繰り出します。

実は枝幸町には不動産屋さんがありません。頼りになるのは住民たちの情報のみ!
今回、浅野さんに力を貸してくれたのは、鷲見さんのカフェの常連客であり、枝幸では名の通ったバーのマスター。
鷲見さんとはお互いのお店を行き来して、一緒に飲む間柄なんだそう。

マスターが案内してくれたのは、知り合いが所有する物件。手放すことも考えているとの情報を聞きつけ、浅野さんを連れてきてくれたのです。

その知り合いの自宅を訪ね、話を聞くことに。すると…
「娘がリニューアルしたいと言っているんです。」
残念…!
今回は見送りとなりました。
でも、マスターはまた一緒に物件を探そうと約束してくれました。

「こういう若い人にがんばってもらいたいという気持ちありますね」
枝幸町ならではの、町の人を頼っての物件探し。都会ではちょっと味わえない、“知らない人との出会い”があるアプローチに、浅野さんは楽しそうな様子でした。

こうした体験を通じて、浅野さん自身も少しずつ変わり始めました。
自ら町の人たちと出会う機会をつくろうと、読書会を開くことにしたのです。
最近お気に入りの一冊があるという浅野さん。町のみんなにも、それぞれのお気に入りを持ち寄ってもらえたら、話も弾むと考えたのです。
確かに!そんなきっかけがあれば、見ず知らずの同士でも会話が弾み、仲良くなれそうですね。浅野さん、グッドアイディアです。
鷲見さんのカフェで開いた読書会には、予想を超える大人数が集まってくれました。

高校時代にハマった少女漫画を持ってくる人。おすすめの詩集を紹介する人。
みんなとっても楽しそう。「大人の部活だよね」と盛り上がります。

「枝幸の人が知らない世界を浅野君は知っていて、そのエッセンスを枝幸に投げかけ始めてきている」と鷲見さん。一歩を踏み出した浅野さんの姿に、喜びを隠せません。

「普段なかなか会わない人とこういう会で話せるのは大きい」と、浅野さんは読書会を振り返ります。
鷲見さんは「こんなことを枝幸でやってみたいという思いを大切にしないと」と話していました。そしてこれからも、町のみんなと浅野さんの背中を優しく押していきます。

若者の夢に、できることから協力していく枝幸の人々。
その優しさが、オホーツク海からの冷たい風で冷えた心に沁みます。

鷲見さんが背中を押した若者をもう一人がいます。
同じく1週目に登場の中国からの留学生、韓金宵さん。
1週目は、福祉関係の学校の入学試験を終え、コーヒーを飲みにカフェに訪れていました。果たしてその結果は…
見事合格!
学校は和歌山にあるので、進学と共に枝幸を離れることに…。
鷲見さんのカフェは、これから冬季休業に入ります。その前にと、わざわざ挨拶に来てくれたのです。

旅立ちを見送る鷲見さん。
たくさんの若者たちが、このカフェから希望を胸に巣立っていきました。
鷲見さんが営むカフェの営業は10月30日(日)まで。来季は5月からの営業を予定しているそうです。



