大学に行って、普通に卒業して、就職するという道しかなくて、そこから外れたらもう社会復帰はできないと思っていました。
人間関係も得意ではないので、もう普通に生きていけないくらいの心境になっていました。
堂々とできる立場じゃない

高校3年生のころ、いじめのようなこともあり、人間関係をうまく築くことができませんでした。
ずっと陰口を言われていると感じて、クラスになじめなかったんです。
通っていたのは進学校でしたので、周りのみんなと同じように大学を受験しました。
しかし結果は不合格。浪人して受験した2回目も失敗しました。
勉強は得意だと思っていたから、心が折れた瞬間でした。

そう心の内を明かしてくれたのは、函館市に住む田中さんです。
田中さんは19歳から21歳までの3年間、ひきこもりの経験をしました。
心がモヤモヤするような、締めつけられるような感覚が続き、病院を受診すると、心の病であると診断されました。
薬の副作用のせいか、昼間でも眠くなる状態が続き、趣味の読書もままならなくなったと言います。

21歳のころ、意を決してドラッグストアでのアルバイトを始めますが、周囲の同僚とうまく関係を築けず、半年経たずに退職。
その後別の仕事を何度か転々としましたが、どれも長くは続きませんでした。
「このままではいけない」「もうダメだ」と考えていても、誰かを頼って相談しようとは考えなかったと言います。

田中さん
「自分は社会から取り残されているという感覚みたいなのもあるし、『自分はひきこもりです』と堂々とできる立場じゃないというのは思っていたと思います。誰かに相談する元気もなかったです」
ひきこもり4200人超 支援行き届かない課題が浮き彫りに
ひきこもりの人たちが「相談できない」と感じるのは決して特別なことではありません。
函館市はおととし、ひきこもりに関する生活状況の調査を行いました。

無作為に抽出した市民5000人を対象にアンケート調査を行ったところ、「ほとんど家から出ない」とか「コンビニなど近所に用事がある時以外は外出しない」と答えた「広義のひきこもり」と定義される市民は、推計で4200人あまりに上ることが分かりました。
さらに課題として浮き彫りになったのが、自身がかかえる悩みを「誰にも相談したことがない」と答えた人が、全ての年代で半数以上を占めたことです。
相談したくない理由について「ほかの人に知られたくない」「行っても解決できない」など、田中さんも当時感じていた「堂々とできる立場ではない」という感情が背景にありました。
市にはさまざまな支援制度があります。
しかし、その支援が行き届いていないという課題が浮かび上がったのです。
まず悩みを打ち明ける場を

田中さんは25歳のころに、市内でひきこもりの人たちを支援する「道南ひきこもり家族交流会 あさがお」という当事者どうしの集まりに参加するようになりました。
毎月1回、ひきこもりの当事者やその家族が集まって、これまでの体験談や日常生活で感じたことなどを話し合います。
「自分は特別な存在ではない」という安心感が田中さんを後押しし続けたといいます。

この家族交流会を開いている野村俊幸さんのもとには田中さんのように
「誰にも相談できない」という人たちがやってきます。
野村さんが当事者たちと話す中で多く聞かれたのが「どこに相談したらいいのか分からない」いう声でした。
当事者たちの声を受けて野村さんは、市に「相談窓口を設けてほしい」と要望を繰り返してきました。

野村俊幸さん
「だれに相談しても分かってもらえないのではないかという気持ちや、あるいは自分が悪いのでないかと皆さん感じていると思うんです。どこに相談に行っていいか分からないという現状があります。ひきこもりは、一人一人きっかけも状況も違います。相談できる場所をはっきりつくるということが、孤立している人が声を出す、すごく大きなきっかけになるのかなと思います」
函館市の新たな取り組み『福祉拠点』

こうした現状を背景に函館市は4月から、市内10か所の地域包括支援センターで『福祉拠点』という新たな窓口を設置しました。
これまで、ひきこもりの人たちが支援を求める場合、市役所の担当窓口や支援団体など、自ら相談先を見つける必要がありました。
これからは、まず新たな福祉拠点に相談や連絡をすると、専門の相談員が市の関係部署や関連団体との仲介役を担ってくれます。

公的な支援制度が利用できる場合には、手続きのサポートをしてくれたり、必要に応じて就職の支援や弁護士の紹介もしてもらえるということです。
市の担当者は、まずはささいなことでも相談してみてほしいと話しています。

函館市 福祉事務所 高橋光博所長
「市の公的な支援制度は今も存在をしていますが、その制度を当事者本人がいろいろひもときながら手続きを行うのは大変難しいです。深刻化する前に、いかに早い段階から支援を開始していくのかが、非常に大事な部分ではないのかなと思っています」
ひきこもりを経験した田中さんは、今は仕事について社会復帰しました。
悩んでいるとき、相談できる場所が大切だと感じています。

田中さん
「僕も支援してくれる人たちとのつながりがあって元気になったというか道ができていったというのがあるので、相談窓口があることで助かる方々がいらっしゃると思います。まずは話を聞いてくれて、福祉拠点が何か新しいきっかけも教えてもらえる場所、そういうような存在であったらいいなと思います」
コロナ禍で、より丁寧な支援が求められるひきこもり。
函館市の新たな福祉拠点が果たす役割が注目されています。
取材:川口朋晃(NHK函館)
2013年入局。2018年から函館放送局勤務。市政取材担当。
函館市の福祉拠点の連絡先はこちらから
▼地域包括支援センターあさひ(函館市旭町4-12)
0138ー27ー8880
▼地域包括支援センターこん中央(函館市松風町18-14)
0138ー27ー0777
▼地域包括支援センターときとう(函館市時任町35-24)
0138ー33ー0555
▼地域包括支援センターゆのかわ(函館市湯川1-15-19)
0138ー36ー4300
▼地域包括支援センター西堀(函館市富岡町3-12-25)
0138ー78ー0123
▼地域包括支援センター亀田(函館市昭和1-23-8)
0138ー40ー7755
▼地域包括支援センター神山(函館市神山1-25-9)
0138ー76ー0820
▼地域包括支援センターたかおか(函館市高丘町3-1)
0138ー57ー7740
▼地域包括支援センターよろこび(函館市桔梗1-14-1)
0138ー34ー6868
▼地域包括支援センター社協(函館市館町3-1 戸井支所2階)
0138ー82ー4700
▼地域包括支援センターブランチかやべ(函館市川汲町1520 南茅部支所1階)
0138ー25ー6034
ひきこもりの当事者や家族の支援団体はこちらから
▼道南ひきこもり家族交流会 あさがお
▼登校拒否と教育を考える函館アカシヤ会
いずれも連絡先は野村俊幸さん 090-6261ー6984
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