NHK札幌放送局

NHK鉄道の日2021|テツホク【2.廃止された路線編】

札幌局広報スタッフ

2021年10月14日(木)午前11時30分 更新

北海道。それは鉄道ファンにとって憧れの場所。人口が密集している札幌圏を走る函館本線や千歳線、札沼線(学園都市線)は列車の本数も多く、活況を呈していますが、道内を走るほとんどの路線はいわゆる「ローカル線」。1日数本の列車が大自然の中を細々と走る列車こそ、旅の醍醐味を味わえるとあって、私は何十年間も、北海道の鉄道を愛してやまない日々が続いています。そんな大好きな北海道の鉄道路線の中から、選りすぐりの路線を選びました。現役路線だけでなく、既に廃線になった路線も紹介します。 

(下記は全て実際に乗車したうえでの体験談です。
廃線となった路線は、廃線前に乗った時の体験談
もしくは廃線跡の探訪記です)


<廃止された路線編>

1. 旧広尾線(帯広~愛国~幸福~広尾)

旧国鉄広尾線の存在を一躍有名にしたのは、NHKが放送した「新日本紀行」。
この番組がきっかけとなって、当路線に「幸福」駅と「愛国」駅が存在することから、「愛国から幸福ゆき」の切符が売れに売れ、鉄道でなく自家用車でわざわざ切符を買いに行くほど、幸福駅と愛国駅は賑わったそうです。路線の廃止後も、旧幸福駅と旧愛国駅は当時のまま残され、幸福駅には、当時活躍した気動車が2両、駅のホーム近辺に、往時をとどめる姿で停まっています。

広尾線が現役のころは、終点の広尾駅で降り、バスで襟裳岬へ行く観光客も多かったそうです。襟裳岬を回って西へ行くと、日高本線の旧様似駅があり、そこから苫小牧方面へ抜けることができました。その日高本線も鵡川~様似間が2021年4月に廃止となってしまいました。旅情満点だったローカル線がまた一つ姿を消しました。

旧広尾線のNHKアーカイブ映像はこちら


2. 旧美幸線(美深~仁宇布)

旧国鉄美幸線と聞いて、鉄道ファンならその次にくる言葉として、「あっ、あの日本一の赤字ローカル線だった路線ね!」という流れになります。宗谷本線美深駅から分岐する美幸線は、ある意味、日本で一番“有名な”ローカル線でした。

もともと美幸線は、その路線名が示すとおり、美深町の「美」と、オホーツク海側にある枝幸町の「幸」をとって、美深町と枝幸町を結ぶ計画の路線として計画されました。その間にある仁宇布までの区間がまず開業されましたが、ゆくゆくは終点の旧北見枝幸駅では旧国鉄興浜北線と接続し、オホーツク海側の鉄道活性化が期待されたものです。しかしながら、あえなく1985年に廃線となり、旧国鉄興浜北線と運命を共にすることになってしまいました。


美幸線を語るうえで、紹介したいエピソードがあります。日本一の赤字ローカル線を何とかしようと、当時の美深町長が東京・銀座へ出向き、美幸線の宣伝を行う傍ら、切符や入場券を街頭で売りさばいたのは有名な話です。赤字を少しでも減らそうと、「日本一の赤字線、美幸線に乗って秘境松山湿原へ行こう」という案内が美深駅前に掲げられるなど、他にも様々な企画があったようですが、収支を改善するまでには至らなかったそうです。

旧美幸線の線路は、美深寄りの区間はほとんど線路が剥がされ、ところどころ橋梁などに往時の姿をとどめているだけですが、仁宇布寄りの5㎞ほどの区間は線路が残され、現在は「トロッコ王国美深」というレールパークがあります。日本一長い鉄路跡を自分で運転することができ、鉄橋あり、緑のトンネルあり、風を切ってトロッコ運転を体感することができるそうです。私はトロッコ王国美深には足を運んだことがあるものの、トロッコはまだ運転していません。営業は4月~10月ですので、来年機会があれば自分の手でトロッコを運転してみたいものです。


3. 旧名寄本線(名寄~紋別~遠軽)

「まさか名寄本線が廃止になるなんて・・・」私が19歳の時の出来事でした。後述する天北線の廃止も目前に迫っており、いても立ってもいられなくなった私は、当時住んでいた大阪から長駆、オホーツク海側の遠軽まで2泊かけて辿り着きました、もちろん飛行機ではなくひたすら陸路です。津軽海峡は前年開業した青函トンネルを初めてくぐって行きました。

名寄本線は、名寄から興部、紋別、中湧別を経由して遠軽に至る路線で、地図で見るとちょうど「コの字」のような路線です。先に書きましたとおり、興部~中湧別間はオホーツク海側に沿って走ります。

それまで名寄本線には4本のローカル線・支線が分岐していました。興部駅から雄武駅までは興浜南線、渚滑駅から北見滝ノ上駅までは渚滑線、中湧別駅から湧別駅までは名寄本線支線、同じく中湧駅から網走駅までは湧網線が走っていましたが、いずれも昭和末期に廃止されています。

私が名寄本線に乗車した時は、上記4本のローカル線は既に廃止されており、名ばかりの本線も普通列車のみの運行で、コトコトと走っていたことが思い出されます。

名寄本線興部~渚滑間を走る車窓から見たオホーツク海に広がる一面の流氷は今でも忘れられない光景です。

旧名寄本線関連のNHKアーカイブスはこちら


4. 旧天北線(音威子府~浜頓別~南稚内)

天北線は平成元年に廃止されましたが、廃止直前の平成元年3月、名寄本線の惜別乗車後に音威子府駅から乗りました。もともと稚内駅までは現在の宗谷本線よりも先に浜頓別経由の天北線のルート方が先に開通しました。

廃止日まで急行「天北」号が当線を走っていましたが、第三セクターへの移行路線を除き、バス転換されたローカル線で廃止最終日まで優等列車が運行されていたのは、天北線が初めてとのことです。

天北線を有名にしたのは、当時、天北線の小石駅~曲淵駅間が、全国の在来線の中で、駅間距離が最も長かったことです。それだけ、道北地方のこの辺りは人家が全くなく、
しかも雪が多いので、とりわけ冬季のラッセルはさぞ大変だっただろうと思われます。


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