NHK札幌放送局

『the Locals #北海道ピットインラジオ』放送しました!(Vol1)

札幌局広報・事業

2020年8月24日(月)午後1時30分 更新

放送日:2020年7月29日(水)午後8:05~9:55 ラジオ第1(北海道地方向け)
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番組MCを担当した瀬田アナウンサーが放送後の思いをつづったブログ(#ローカルフレンズ26)はこちらから

北海道の179のまちのローカルプレーヤーと道内NHK7局がつながり、地域の未来を一緒に考えるプロジェクト「the Locals」。ローカルプレーヤーとは「それぞれが暮らしている地域で活動し、クリエイティブなアイデアで新しい価値をつくろうとしている人」であり、彼らとの関りで見えてきたものは、北海道の新たな魅力や様々な課題、何よりも北海道の持つ可能性でした。
 今回「the Locals」の活動の一環として、地元を(いい意味で)騒がせ、(前向きに)かき混ぜているローカルプレーヤーの取り組みと活動への思いをじっくり伺い、聴くだけで前向きな気持ちになれる彼らのストーリーを届けるラジオ番組を放送しました。
※8月6日(木)午後1時まで、らじるらじるで聴き逃し配信中です!

この記事では、放送した番組の詳細をお伝えしていきます。

今回の番組にご出演いただいた1人目は、#札幌discover #怒涛の道東#北海道シャトルランに、番組のタイトルにもなっている#北海道ピットインラジオまで、思いをタグに託す超絶ハッシュタガーの絹張蝦夷丸さん。上川町からリモートでの参加です。

絹張さんはオホーツク海側、湧別町出身の30 歳。去年の春、地域おこし協力隊として上川町に移住されました。地域に新しい働き方を生み出す「カミカワークプロジェクト」に参画し、町内の未来型公民館「大雪かみかわ ヌクモ」にカフェを立ち上げたり、インターネットで町の魅力を発信する「カミカワオンラインフェス」を企画したりと、生み出した企画は紹介しきれないほど、行動力溢れるアイデアマンです。

番組のタイトルにもなっている、#北海道ピットインラジオは絹張蝦夷丸さんが考案。ピットインはレーシングカーが給油とかタイヤの交換のために入って、また走り出す。あのピットインです。この番組も道内各地のローカルプレーヤーが思考を整えたり、課題を持ち寄ってアイデアを出し合ったり、あるいは、互いを励ましあって、再び、地域で走り出すための元気を取り戻す【ピット】のような場所でありたい。そんな思いがこのハッシュタグに込められています。

次に、人と人をつなぎ地域を結ぶ道東のウルトラネットワーカー、地域発の情報発信もこまめに続けるドット道東代表理事の中西拓郎さん、北見市からリモート参加です。

中西さんは北見市出身の32 歳。社会人のスタートは防衛省。北見を離れたとたんに、地元の情報が耳に入らなくなりました。
北見の、道東の、情報を発信したい。一念発起して道東各地の仲間たちと、一般社団法人「ドット道東」を設立。忖度抜きに、道東の本当に自分たちがいいと思う情報だけを集めた、アンオフィシャルガイドブックを発行。気になる人がいたらとにかく会いに行く。地域の人をつなぎ、編集する、人呼んでウルトラネットワーカーです。

そして、3 人目は、飲食店、シアター、イベントやWEB、アプリ、音楽ソフトなど、多岐にわたる事業を展開するクリプトンフューチャーメディアのローカルチームマネージャー、服部亮太さんです。服部さんは札幌のスタジオにお越しいただきました。

服部さんは、江別市出身の40 歳。東京のレコード会社で勤めた後、29 歳の時に北海道にU ターン。当時はまだ利用が少なかったTwitter やインターネット中継をフルに活用して、街の情報をリアルタイムに発信するメディアを設立。その後、今の会社に入り、北海道の文化を全国に発信する役割を担っています。若いローカルプレーヤーを温かいまなざしで見守る、いわば北海道の絶対的お兄さんです。

そして、スペシャルゲストとして、画家の奈良美智さんにリモートでご参加いただきました。

青森県の弘前市のご出身。愛知県立芸術大学の大学院修了後、ドイツへと渡ります。世界各地で個展を開き、ニューヨークのアジア・ソサエティ美術館では、過去最多の入場者を記録するなど、世界を舞台に活躍されています。

番組MCは、瀬田宙大アナウンサーと佐藤千佳キャスターです。

番組内容を最終チェックする瀬田アナ
番組に寄せられた投稿を読み上げるのは佐藤キャスター

放送日当日の朝、瀬田アナウンサーがこの番組にかける思いをブログ(#ローカルフレンズ24)にしています。ブログからは相当な緊張感が伝わってきます・・・

そしていよいよ約2時間にわたる番組が始まります。
番組冒頭、瀬田アナのこのコメントから番組はスタートしました。

北海道には、ある。
豊かな文化が。そして、待ち遠しい未来が。
そう強く感じさせてくれたのは、北海道の各地域=ローカルで活躍している若い人たちの力でした。
新しいアイデアで、新しい価値を生み出している人たちを、私たちは地域をけん引するという意味を込めて
“ローカルプレーヤー”と呼ぶことにしました。
そのローカルプレーヤーと、私たちNHK 北海道の職員とがつながる枠組みとして「the Locals」をつくりました。

このあと、およそ2 時間にわたって、
北海道の未来を、ローカルプレーヤーのみなさんと、熱い心と、冷静な頭で、生放送で語り合っていきます。
NHK 北海道、初めての試みです。刺激的な話が聞けると思います。チャンネルは、そのままで!
「the Locals 北海道ピットインラジオ」始まります。

まず最初のコーナーは、「北海道ピットインラジオ!北海道には、、ある!」
あなたにとって、北海道にある、魅力、人や自然、農産物など、
あなたの思う北海道の資源は何かをお話しいただきます。

====================
(瀬田)
北海道には、、ある。何があるのか。なんでもあります。逆に何もないと思ってしまっている、当たり前になりすぎてしまって気がついていないこともあるかもしれません。まずは、北海道のローカルには何があって、何が足りないのか。
魅力や資源といったものを一度、考えてみたいと思います。

さて、このテーマを考えるうえで、やっぱり最初に話を聞きたいのは道東各地をめぐり、人と人、地域をつなごうと精力的に活動してきたドット道東代表理事の中西拓郎くん。拓郎くんは、最近、道内外の人たちと協力して、忖度なしにいま伝えたい道東の魅力を詰め込んだ、アンオフィシャルガイドブックを発行しました。ズバリ、何が北海道には、、あると。
(中西)
そうですね。あるものはたくさんあると思っているんですけど、つくっていく事にすごい僕は興味があって、あるものを掛け合わせたり、いる人とかできることとかで、どんどん価値を作っていくみたいなことにすごい興味があって。自分の役目って何かそれを発見する事だったり、そういう事をつなぎ合わせる事なのかなって思っていて、日々魅力だとか、一緒にできる人とかそういう事を探す気持ちでいるんですけど。
(瀬田)
お話を伺うとやっぱりすごく人にフォーカスしてるっていうのは伝わってきますよね。
(服部)
そうですね、既にあることは全く疑ってないっというか、そもそも道東には宝がいっぱいあって、人を含めてもっとかけ合わせているというか、人を含めてっていうの拓郎さんは本当にいろいろやられてるなと思いますね。
(瀬田)
これは本当に今あるものをしっかりと見つめてそれを確認して他人と共有するっていう意味で言うと、難しいですね、言語化するの難しいところですね。
(中西)
そうですね、あるとするみたいな事ないかもしれないですけどね。自分の中で何かと比べてみたいな事じゃなくて、自分の中でそれが面白いとか、こういう人と一緒にやりたいなっていうか。そういう事を何かを見つけていったりとか作っていくみたいな事がすごい重要なのかなと思っていて。あんまりどこと比べてみたいなとは考えてなくて。
(瀬田)
確かについ何かを探そうとすると、比較してしまいますもんね。そうじゃなくて自分たちの地域をしっかり見つめる事でその足元さえ見えてれば、魅力がちゃんとあるっていうことが確認できるっていうことですね。
(瀬田)
一方の上川町、地域おこし協力隊として活動している絹張蝦夷丸さん、アンオフィシャルガイドブックの弟子屈町のページなども担当していましたけれども。いろいろな地域見て北海道には何かあるんでしょうね。
(絹張)
北海道にはもう何でもありますよね、おいしい食べ物もあるし自然も豊かだし。何かを掛け合わせって面白い事をつくるとか、開拓するみたいな、何か、自分たちで作っていくみたいな気持ちがあるなと思いますね。それこそガイドブックにも紹介されてるような企業とか、人たちっていうのは、あるものをそのまま売ったりとか価値にしてるってよりは、自分たちでさらに価値の高いものを生み出そうとしてる人たちが、結構多く出てきてたなと思うんですよね。そういうマインドというか考え方みたいなのは北海道ならではなんじゃないかなっていう気はしてます。
(瀬田)
掛け合わせる、作るマインド、言われてみると確かにその雰囲気はありますよね。
(服部)
そうですね。特にローカルプレーヤーたちは、自分たちで何かこうしようとか誰かに言われるわけではなくて、思いが発露して、付加価値の付いたものっていうか周りから見たらそういうものも作られてるような気はしますね。

(瀬田)
ぜひ、ちょっとここで奈良さんにもお伺いしたいなと思うんですけれども。北海道特有の空気や魅力、毎年いらっしゃってる中で、例えばどんなものがあるなというものを率直にお伺いしたいんですけど。結構難しいと思うのですが。

(奈良)
自分が縮尺というか自分がメジャーになっているんだけど、僕が生まれ育った青森県弘前市、人口が18万人くらいなんだけど僕は町の外れに住んでて、生まれた頃とかはもう隣に羊がいたりとか、草原みたいなところにポツンと一軒家の赤い屋根の家に住んでて、小学校まで道路じゃなくてその草原を突っ切っていって小学校行ってたんだけど。それがちょうど日本の高度経済発展、そのころは小学校時代だったんでいつの間にか草原に家が建ち、いつの間にか道路を通っていかないと小学校に行けなくなり、いつの間にか羊がいなくなって、どんどん自然がなくなっていった。
北海道に来て最初に思ったのが、一番最初に長く旅したのは道東なんだけど、子供の時のふるさとを思い出したね。そのふるさとっていうのは別に青森県弘前市の郊外じゃなくて、頭の中にある子どもの時の、記憶の中のふるさと。だだっ広くて家と家との間隔がすごくあってっていう。それが、道東に行くと家と家の間隔が離れてたり、草原がすごく多かったりするんだけど、自分がちょうど小学校の1・2年の頃くらいの自分に戻った感覚があって、何かタイムマシンに乗せられて、子どもの時の風景に連れて来てもらった感じがして。
(瀬田)
道東を拠点に活動している中西拓郎さんは、今すごく感慨深いんじゃないですか。道東のお話出ましたけど。
(中西)
そうですね。今日奈良さんにお聞きしたいなと思っていた事が、いきなり聞けてしまったので。なぜ道東に来てくれてるのかを聞きたかったので、うれしいですねとっても。
(奈良)
いくらでも話すよ。
(中西)
ありがとうございます。子どもの頃の原風景と重なる事って、すごいなんか新鮮ですね。僕ら生まれた時から今までそんな感じなので。

(瀬田)
北海道の魅力については、実は私も一昨年の胆振の白老町の飛生アートコミュニティーにも取材でお邪魔したときに、奈良さんが滞在して制作活動されている時に拝見だけさせていただいたんですけれども。飛生に長くいらっしゃってますけれども、飛生は奈良さんにとってどういう場所で、何がある場所なんですかね。
(奈良)
僕を東京に住んでると思ってる人がいっぱいいると思うんだけど、栃木県の福島県との県境にある那須高原というところに住んでいて、風景自体は道東みたいな、牧草地が広がってるとこに住んでんだけど。そこでね、森の再生というか森を作っていく、例えば植林された針葉樹のところが、最終的に広葉樹の森に生まれ変わるような、そういうことを計画して少しずつやってるんだけど。飛生っていうのは、何かのブログで、廃校になった小学校の裏にある小学校時代の学校林を再生しようっていう記事を読んだ事があって。それでいつか行きたいて思ってて、たまたま北海道まで新幹線が通った時、函館まで通った時に、ちょうど実家にいたので行ってみるかなと、実家から新幹線に乗って函館まで出て、室蘭まで行って1泊してレンタカーを借りて次の日行こうと思ってたら、その日のうちに行っちゃって、行ったらちょうど森づくりの日だったんですよ。そこで、白老牛とかいろいろごちそうになって。その森の再生にまず興味を持ったんですよ。野外フェスとか飛生芸術祭の美術的なことじゃなくて、単純にその森の再生っていうところに興味を持って訪ねたのが最初です。
(瀬田)
確かに、私もその森作りっていうものを取材させていただいたんですけれども、雪が解けた時期から、毎週末のように行ける人で集まって草刈りをしてですね大切にその森を育てていらっしゃったんですよね。ちょうど一昨年の台風もあって大きなシンボルツリーが倒れてしまったんですよね。あれも建て直したりとかして、すごくみなさん森への愛情深いんですよね。
(奈良)
そうですね。
(瀬田)
その辺も含めて自然っていうものにすごく、関心を持ってくださっているっていう事が、私は北海道に暮らして僅か3年ですけれども、ものすごくうれしいです。
(奈良)
でも、それは最初のきっかけであって、本当は通い続けていくうちに森の再生よりも、やっぱりその地域コミュニティーの人たちと接すること自体の面白さっていうのがもう楽しくなってきて。だから森はただのきっかけだったんです。
(瀬田)
やっぱり奈良さんも、その先にある人っていうものに惹かれていったっていう事なんですね。
(奈良)
そうですね。その地域のコミュニティーという事を、ちょうど東日本大震災のあと、東京に文化とかいろんなものが集中していたんだけど。自分の故郷である東北、特に僕は那須高原から実家に車で帰るんだけど、その道のり全部が被災した訳じゃないですか。福島・宮城・岩手・青森。そこで、今までいかに自分が地方のこととか、いかにふるさとの事とか、そういう事を考えてなかったかっていう事をすごい痛感して。本当申し訳なくなってっていうのがまずあったんです。
高校まで青森県にいたんだけど、高校時代に10歳くらい年上の人たちとロック喫茶をガレージを改造して作るんですよ。小さなコミュニティーで地元の国立大学と私立大学があったのでちょうど学生たちがいっぱい集まってきて、みんなで、今フリーペーパーって言ってるけど、昔のミニコミ誌をみんなで作ったりとかして、何か音楽好きが集まって、僕もそこで高校生なんだけど店作りから手伝って、レコード選んだりDJやったりいろんな事して、ロック喫茶っていうコミュニティーなんだけど、それを通して似たような世代とか同じものを好きな人たちとつながって、で何かその楽しさって言うのをふるさとで知ったんだけど。
それがやっぱ東京に出て、上昇志向の人たちの中入ってくじゃないですか。みんな「俺はアーティストになるんだ」とか、留学したとたん「俺はアーティストになるんだ」とか言ってる人とか。そういうとこに入っていって、僕は何かこう怖くてさ。もともとはそういう、地域の小さなコミュニティーのすばらしさを体で知ってた。それを東日本大震災の後に思い出して、それが飛生に行ってまたつながって。自分の本当の価値観が出来上がったのは、学問とかではなくて、やっぱり高校時代にこう身をもって年上の人たちとそういうコミュニティーを作った事。それをすごく思い出してさせてくれたのが、飛生だったり道東であったり。特に道東の斜里町に今もいつも行くんだけど、そこで出会った人たちだったりとかなんですよね。
(瀬田)
奈良さんのお話を伺うと、北海道には原風景や原体験がたくさんあるっていう事ですね服部さん。
(服部)
しかも、それは他では代えがたい、しかもずっとそこにあり続けることで、その長い歴史が今貴重なそのいろんな人の心の風景を思い出させてくれるような価値になっている。今から新しく作ろうとしたら、何百年後にできるっていう風景が僕らには当たり前にあるってこれ宝物なのかなって思いますよね。
(瀬田)
そうですね。服部さんは一方で、中西さんや蝦夷丸さんと比べると都市部にお住まいじゃないですか。その服部さんがじゃあ何があるのって聞かれたら何をお答えになるんですか。
(服部)
僕は、結構日常というか生活そのものはふだんから好きで。僕は元々江別市生まれで。1回東京にでたんですけど、北海道にいないと駄目な体にもなっていたっていうか、北海道に帰りたくなっていて。やっぱり生まれ育った場所の何気ない日常の風景が、僕にとっては一番好きなものだったので。結構、何があるとかそういう話をすることがあるんですけれども、道端の花壇とかって、あれ誰かやってるか分からないですけど、すごい丁寧に花植えていて。誰か来る人を喜ばせようと思って、その人の顔見なくても少しずつやってたりするじゃないですか。ああいうことに僕は、地元なので、地元の良さ、ほっこりするところ感じて、それ全体がやっぱり地元に感じてますね。
(瀬田)
面白いですね。みなさんにお話を伺うと共通してくるのが、やっぱりこの見える景色とそこに住まう人っていう、そこに収れんされていくっていう辺りが話を伺っててうなずいちゃう自分がいます。確かにそうなんですよね。北海道に転勤してきてよかったなとすごく思って本当に楽しく日々過ごさせていただいているんですけれども。答えは出ませんけれどもやっぱり、人なんですね最後はきっと。
(服部)
それとこの大地そのものと。そこにいる人っていうのはやっぱり。そうですね。

====================

今回はここまで。

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