NHK札幌放送局

北方領土と根室つなぐ「陸揚庫」 守り続ける家族

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2023年2月20日(月)午後7時40分 更新

根室と北方領土の間にかつて海底ケーブルが繋がっていたことをご存じでしょうか。このケーブルの中継施設として使われていたのが、根室市にある「陸揚庫」(りくあげこ)です。この施設を守り続けようとする3世代の家族がいます。 (牧直利 根室支局) 

陸揚庫とは

根室市の海岸にある、鉄筋コンクリート造りの小さな建物。「根室国後間海底電信線陸揚施設」、通称「陸揚庫」と呼ばれています。対岸の国後島までを結ぶ海底通信ケーブルの中継施設として、昭和4年(1929)に建てられました。

通信ケーブルは根室から国後島を経由して択捉島までつながり、電話や電報のやりとりに使われていました。総延長は、500km以上に及んでいました。
終戦直後、旧ソビエト軍が北方四島に侵攻すると軍のスパイ活動に使われることへの懸念からケーブルは切断され、その後、陸揚庫だけが残ったとされています。

根室市は、2021年7月に専門家会議を立ち上げ、保存や活動に向けた調査を行ってきました。保存方法については、劣化を防ぐために透明な建物で覆う方法などが検討されていて、今年度中に方向性を示したいとしています。


父の故郷とを結ぶ縁

陸揚庫の保存活動に約30年にわたって取り組んでいるのが、根室市に住む元島民2世の久保浩昭さん(55)です。浩昭さんが陸揚庫を見つけたのは、高校生のときでした。

浩昭さん
「学校の下にある海岸まで友達数名と弁当を食べに行ったときに、あの建物に巡りあったんです。なんでこんなところにこんなものがあるんだろうという疑問しかなくて、ずっと気になっていました」

父親の幸雄さん(87)は、国後島のケラムイ地区出身です。海底ケーブルは根室と国後島のケラムイ岬とを結んでいました。父親の故郷とを結んでいたことに、不思議な縁を感じたと言います。幸雄さんから島の思い出を聞いてきた浩昭さんは、父が北方領土に住んでいた証しを残したいと思い、「保存会」を立ち上げて活動に取り組んできました。根室市などの後押しもあり、陸揚庫は2021年に国の登録有形文化財に登録。浩昭さんの念願が叶いました。

浩昭さん
「元島民は高齢化が進み、生の体験を聞けなくなる時期が刻一刻と迫っているんじゃないかと思うんです。こうした建物を通して、あるいは通信ケーブルを通して、こういう歴史があったんだということをリアルに伝えることが大事ではないかと思っています。陸揚庫の外観は、物言わぬ語り部ではないかと思います。陸揚庫を見ることで、北方領土の話を国民全体できちんと認識してほしい」


3世に引き継ぐ

浩昭さんの思いは、元島民3世である息子の歩夢さん(17)に引き継がれようとしています。高校3年生の歩夢さんは、北方領土問題に取り組む根室高校の部活動「北方領土根室研究会」の前の会長を務め、現在は北方領土をテーマにした動画を制作するなど返還運動に積極的に携わっています。父親が行ってきた陸揚庫の保存活動も幼いころから見続けてきました。

歩夢さん
「陸揚庫に関しては北方領土と実際につながっていたので、すごく大事なものかなと思います。いろんな人が保存に関わる中で、父がその中の1人として活動して文化財にすることができたことは本当にすごいと思いました」

歩夢さんは中学3年生の時にビザなし交流で択捉島を訪れました。しかし、その翌年から新型コロナの影響で交流事業は中止となりました。さらに去年、ロシアはウクライナ侵攻に対する日本の制裁措置に反発して、ビザなし交流と自由訪問の枠組みを破棄すると一方的に発表。歩夢さんは祖父の故郷・国後島を訪れることができずにいます。再開の見通しは立っていません。

歩夢さんは2月7日に東京で行われた「北方領土返還要求全国大会」で、高校生を代表してスピーチを行いました。

「私自身、北方領土問題に大きく関心を持ったきっかけがビザなし交流だったので、直接領土問題に触れられる機会が一時的に止まってしまったのが、とても残念です。次世代の人たちにも経験してもらいたかったので、早期再開を願っています。そんな中、私が今できる活動は、北方領土問題の啓発と継承をすることです。元島民の記憶を色あせることなく伝えるため、父の残した陸揚庫を有効活用し、啓発と継承に尽力するとともに、1日も早い北方領土問題の平和的な解決を目指し、活動を続けていきたいと思います」

根室とふるさとの島がつながっていた証しをこれからも残していきたい。こうした思いは元島民1世から、子、孫へと受け継がれています。


取材後記

北方領土の元島民の高齢化は刻一刻と進んでいます。平均年齢は87歳を超えました。元島民からは「我々はいつかいなくなる」という声を頻繁に耳にします。こうした状況の中、陸揚庫がその姿によって訴えかけるメッセージは重さを増していくのではないでしょうか。陸揚庫の知名度は、決して高いとは言えません。より広く知ってもらうために、これからも継続して取材していきたいと思います。

北方領土返還運動 引き継ぐ若者たち
政治マガジン「“ロシア”に侵攻され奪われた故郷を思う 3世代の北方領土」(2022/9/1掲載)

2023年2月20日



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