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津波からの車避難 避難ルート定めたむかわ町の対応と課題は

  • 2023年5月9日

北海道から岩手県にかけての沖合にある日本海溝と千島海溝沿いで巨大地震と津波が発生した場合、道は、最大で14万9000人が死亡すると推定しています。被害を抑えるために重要となるのが迅速な避難です。原則として、避難は徒歩とされていますが、胆振のむかわ町では、新たなハザードマップに車で避難する際のルートを明記しました。その狙い、そして今後の課題とは。車避難のあり方について取材しました。 (室蘭放送局苫小牧支局  臼杵良) 


車避難をルール化したきっかけは

太平洋に面する胆振のむかわ町。人口はおよそ7400人で、ししゃもと恐竜の町として知られています。北海道が取りまとめた想定では、日本海溝と千島海溝で巨大地震と津波が発生した場合、場所によっては11.3メートルの津波が襲い、最大で人口の3割に及ぶ2300人が犠牲になるとされています。しかし、町の沿岸には高台や高い建物はほとんどなく、対策は容易ではありません。

町は、2022年4月にハザードマップを改訂し、新たに車で避難する際のルートを明記しました。きっかけは、5年前の2018年に経験した胆振東部地震だったと言います。震源に近いむかわ町では震度6強を観測。当時、津波の警報は出ませんでしたが、ブラックアウトによる停電で正確な情報を入手することができない中、多くの人が避難をしました。

むかわ町 梅津晶  情報防災グループ長
「役場の前にあるこの道路は鵡川地区を南北に縦断する幹線道路で、胆振東部地震のときには、海から遠くへ避難しようとする住民の車がかなりの数通っていたことを覚えています。当時、むかわ町に津波に関する警報などは発表されませんでしたので、もし海溝型地震で市街地全域に津波警報が出た場合には、それをはるかに上回る自動車を使った避難が想定されます。それなので、先だって推奨されるルートを示すことで、少しでも多くの方が渋滞に巻き込まれることなく、避難できるのではないかということを考えました」


ハザードマップの狙いは

新たなハザードマップのポイントは、「車を分散させる」ことです。町は、まず、浸水が想定される市街地を6つのエリアにわけました。そして、それぞれのエリアごとに避難するためのルートを定めたのです。

ルートの導入にあたっては、道の研究機関の協力を得て、幹線道路に車が集中した場合と、車が分散した場合で、避難にかかる時間をシミュレーションで比較する検証も行いました。シミュレーションでは、通常時は時速40キロで走行し、渋滞時には時速20キロで走行することや、対象エリアにある全世帯の車およそ1400台が一斉に避難する状況などを想定しています。

こちらが実際のシミュレーションの画面です。地図上を動く点が表しているのは、避難する車です。色は、青は通常走行、赤は渋滞に巻き込まれている状況、黒は渋滞によって車が停止していることを示しています。
胆振東部地震のときのように、町内の幹線道路「千歳鵡川線」に車が集中した場合です。
渋滞が発生し、車列が一直線にのびるため、すべての車が避難するまでには25分かかるという結果が出ました。

一方で、こちらは、新しいハザードマップで示されたルートに従って避難した場合です。青い点が目立っていて、理想的な条件で車を分散できれば、かかる時間は10分と最大で15分短縮できるという結果となりました。


原則「徒歩避難」は変わらず

ただし、車避難のルートを定めたからといって、町としては必ずしも車避難を推奨しているわけではないと言います。

むかわ町 梅津晶  情報防災グループ長
「まずは住民の皆様にお願いしているのは、浸水区域外に速やかに避難をするということで、基本的には徒歩で避難をしてもらうというのが望ましいです。ただし、地震発生から津波が襲来するまでの時間などを考えたときに、車での避難を余儀なくされる場合も出てくると思いますし、車での避難は、一定程度許容していかなければいけないのかなと考えています。ハザードマップには分散避難する場合の推奨ルートを記載しておりますけれども、広く皆さんに知ってもらうという努力はまだまだ必要だと考えています」


車避難の課題  専門家は

今回の車避難のルートづくりには、道の研究機関が協力しました。むかわ町のシミュレーションを手がけた北海道立総合研究機構の戸松誠 建築研究部長は、車避難は利便性が高い一方で懸念すべき点もあると説明しています。それは「道路の安全性」と「ルールの徹底」です。

① 道路の安全性
まず、戸松さんが真っ先に課題としてあげたのは、道路の安全性についてです。

道立総合研究機構 戸松誠  建築研究部長
「まず、実際に使う道路が地震のときに通れるのが大前提になります。ですから、想定される津波が発生する地震が起きたときに、その道路が使えるかどうかということは非常に大きなポイントになってきます。むかわ町の場合には、巨大津波が想定されている地震でも揺れの程度がそれほど大きくなく、ある程度、道路が使える可能性が高いのではないかという予測になったため、自動車による避難というものも位置づけられるのではないかと判断しています。裏を返せば、大きな揺れ、本当に震度6強とか震度7の地震の揺れが想定される場合には、道路自体が大きな被害を受けて通れなくなる可能性もありますので、そうなると、そもそも車避難ということが考えられなくなります。ですから、まずは揺れに対して道路がちゃんと通行できるかどうかというのが、一番大きなポイントになってきます」

② ルールの徹底
その上で、渋滞を抑えるためには定められたルートを守ることなど、ルールを徹底することが重要だと指摘しました。せっかく車を分散させても、ほかの要因によって渋滞が起きてしまえば、計画どおりに避難することはできなくなってしまうからです。

道立総合研究機構 戸松誠  建築研究部長
「主要な道路以外は、決して大きな道幅のある道路でありませんので、歩行者の方を追い抜く場合とか、それから逃げる方向とは反対側から車が来てしまうとか、そういうことがあると、途端に道が詰まってしまう可能性があります。また、ある程度の距離を避難できて、そこで安心してしまって、例えば後ろの様子を見るために車を止めてしまえば、そこからも渋滞が発生してしまいます。車の場合、本当に理想的な条件が整えば速やかに避難できますが、いくつか前提条件が崩れてしまうと、途端に破綻してしまう危険性があります。住民の方がルールを守らなかった瞬間に成り立たなくなってきますので、そういったところが徒歩避難と違って難しいと思います。ルールが守られなければ、かえって車避難が命を落としてしまうということにつながりかねません」

そのうえで、実際に町民は車避難をどう活用すればよいのか。戸松さんは状況に応じた使い分けとルールの共有が大事だとしています。

道立総合研究機構 戸松誠  建築研究部長
「あくまでも徒歩で間に合う場合には、徒歩避難というのを優先してもらいたい。ただ一方で、徒歩避難が困難な方、それから実際の冬期間の避難先での生活のことなどを考えると、なかなか車避難を全面的に否定もできないケースもありますので、そういった課題をきちんとみんな地域の方で認識してもらって、そのルールの共有化を進めていってもらいたいと思います。今回、むかわ町では避難計画としてハザードマップに盛り込まれましたが、住民の方にとって、それをベースにどう避難したらいいのかというのを、それぞれ我がこととして議論して、しっかり対策を検討していくことがスタートとして有効なのではないかと感じます」


広がりつつある車避難の容認

車避難のルール作成の動きは、むかわ町だけではありません。道外では、岩手県の大槌町も車避難のルールを作成して、2023年3月の広報誌に掲載したほか、道内では根室市が2023年度中に車避難のルールを作成することを決めています。
実際、国の中央防災会議が2022年9月にまとめた、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進基本計画には、「海岸線等を有する市町村において、人口が少ない平野部等の地域で、徒歩による避難が難しい場合等には、地域の実情に応じて、災害による道路寸断、道路渋滞及び交通事故の可能性が低いことを前提に、自動車を用いた避難についても検討を行う」と明記しました。


取材後記

今回の取材でお話を伺った道立総合研究機構の戸松さんの指摘にもあるとおり、車避難を成功させる上で欠かせないのは、ルールの徹底と地域で認識を共有することだと改めて感じました。

特に逆走については、浸水域にある学校の子どもや高齢者施設に暮らす親族が心配で迎えに行ってしまう事態なども考えられます。しかし、そういった行動が渋滞の原因となりかねません。そのためにも、日頃から学校や施設がどのように避難誘導をするのかなど、地域で認識を共有しておくことが大切だと思います。

今回のハザードマップの改訂を機に、むかわ町も車での避難のルートなどについて町民にきちんと理解してもらうことが重要だとしていて、町内会の会合などで説明を行うなど、啓発活動に力を入れています。むかわ町の車避難は、網目状になっている道路や地理的条件が重なっているからこそ、実現の可能性が高い取り組みであり、地域で認識を共有していくことが、その成功のカギだと言えそうです。

2023年5月9日

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