NHK札幌放送局

男性から女性へ 性別を変える時に起こったこと

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2023年1月24日(火)午後4時32分 更新

「50年分、埋め尽くすように女性として生きていきたい」。2022年12月に戸籍上の性別を男性から女性に変更したトランスジェンダーの佐藤ゆきさん(52)は、力強く語りました。ようやく手に入れたみずからが望む性別。ただ、そこに至るまでに立ちはだかったのは性別適合手術という大きなハードルでした。(室蘭放送局 篁 慶一

47歳でカミングアウト

室蘭市で暮らす佐藤ゆきさんは、男性として生まれ、自認する性別が女性である「トランスジェンダー」です。

幼い頃から女性の服に憧れがあり、母親の服を着ることが楽しみの1つでした。中学生の時には「セーラー服を買ってほしい」と両親に相談したこともありました。一方、当時男子の間ではやっていた「プロレス」や「ウルトラマンごっこ」には全く興味が持てませんでした。

工業系の専門学校を卒業した佐藤さんは、24歳の時に室蘭工業大学の技術職員として働き始めました。1人暮らしを始めると、通信販売で女性の服を購入し、自宅にいる間はその服を着て過ごすようになりました。

2004年頃の佐藤さん

大きな転機となったのは2017年、47歳の時でした。うつ病を発症し、大学を半年間休職したのです。佐藤さんは、精神科での診療などを通じて自身を見つめ直す中で、トランスジェンダーであると気付きました。「これからは女性として生きたい」と考え、職場に復帰する際にトランスジェンダーであることをカミングアウトしました。それ以来、女性の服を着て出勤しています。当初は不安もありましたが、同僚たちが自然に受け入れ、以前と変わらず接してくれたことが大きな支えになりました。

職場の同僚と話す佐藤さん


「戸籍上も『女性』になりたい」

それから2年後、佐藤さんは家庭裁判所に申請を行い、それまで「之紀(ゆきのり)」だった名前を「ゆき」に変えました。トランスジェンダーであることを認めた母親が、新しい名前を付けてくれたのです。その一方で、佐藤さんの中では「戸籍上も女性として認められたい」という思いが次第に強まっていきました。

佐藤ゆきさん

「いくら服装を女性にしても、健康保険証や病院のカルテなどを見ると、『男』と記載されています。男性として扱われている現実に強い抵抗感がありました。私は女性なのに、なぜ『男』と書いてあるんだろうと。それで、公的にもはっきり女性として扱ってほしいという気持ちで戸籍の性別変更を望むようになりました」

戸籍の性別変更は、2004年に施行された性同一性障害特例法で認められています。変更には以下の5つの条件を満たす必要があります。

このうち、④と⑤を満たすためには、性別適合手術を受けなければなりません。


手術を受けようとしたけれど

性別適合手術を希望する場合、タイなどの海外で手術を受ける人が多いのが現状です。手術の実績が多く、日本に比べると費用が安いことなどが理由とされています。一方で、佐藤さんは日本国内で手術を受けることを希望しました。言葉の壁がなく、手術後に何か問題が生じた場合にも対応してもらいやすいと考えたからです。

そこで選んだのが、札幌市にある札幌医科大学附属病院でした。国内には、性同一性障害の専門家で作るGID学会の認定を受け、共通のガイドラインに沿って治療を行う医療施設が8か所あります。札幌医科大学附属病院はその1つで、道内では唯一、性別適合手術を行っています。

札幌医科大学附属病院では、現在3か月ごとに新しい患者の外来診療の予約を受け付け、抽選で患者が選ばれています。2021年度は50人程度、2022年度は40人程度の応募が毎回あったということです。病院は、このうち何人が受診者として選ばれたかは「非公表」としています。また、抽選を行う理由について、「患者1人1人の問診・診察・治療の検討を丁寧に行うことで、かなりの時間を要する」と回答し、「全国的に専門医も少なく、かつ診療には高い倫理観・医学的判断と高度な専門性が求められるため、医療体制の維持、専門医の確保が難しい」と現状を明かしました。

佐藤さんの場合、申し込みから受診が決まるまでに2年以上かかりました。

佐藤さんが病院から受け取った通知

佐藤ゆきさん
「応募を繰り返しても選ばれなかったので、もうだめかなと諦めかけ、海外で手術を受けることも考え始めた時期でした。最終的に『何月何日に病院に来てください』という通知が来たときは、本当にうれしかったです」


保険は適用されず全額自己負担

病院での佐藤さんの診療は、1年あまり続きました。神経精神科から始まり、婦人科や泌尿器科、形成外科なども受診し、最終的に性別適合手術を受けることが決まりました。

その際、重くのしかかったのが費用の負担です。性別適合手術は2018年から公的医療保険が適用できることになりました。しかし、多くの人は体を望む性別に近づけるためにホルモン治療を受けています。ホルモン治療は自由診療であるため、手術は混合診療として扱われ、保険が適用されないのです。GID学会のまとめによりますと、認定施設で2018年から2021年までに実施された性別適合手術は186件ありますが、このうち保険が適用されたのはわずか7件。約3.7%にとどまっています。佐藤さんも保険は適用されず、手術費用として140万円以上を全額負担することになりました。

それでも、女性になりたいという思いはゆるがず、2022年8月に手術を受けました。その後、家庭裁判所の審判を受け、2022年12月に戸籍上も「女性」として認められたのです。

佐藤ゆきさん
「手術しても本当にいいのかと自問自答を続けてきましたが、毎回すべきだという結論になり、自分の中でも納得して手術を受けることができました。長い年月がかかりましたが、これからは女性として堂々と生きていけるという気がして、とてもうれしいです」


「特別な目で見ず、普通に接して」

戸籍上も女性となった後、佐藤さんは隣の伊達市にある中学校に招かれ、性的マイノリティーについての講演を行い、みずからの体験を伝えました。「友人にカミングアウトした時に、『あなたはあなたであることは変わらないので、これからも友達でいよう』と言われ、気持ちが楽になった」と語り、相手を受け入れる姿勢の大切さを強調しました。

「トランスジェンダーなどの性的マイノリティーは特別な人たちではなく、同じ赤い血の流れた人間です。みなさんの周りでも生活しています。特別な目で見ず、普通に接してもらえれば、そして理解して受け入れてもらえれば、とてもうれしいです」

佐藤さんは、2021年、みずからの支援者と一緒に性的マイノリティーの人たちをサポートする市民団体「LGBTネットワークむろらん」を設立し、代表を務めています。今後は講演依頼などにも積極的に協力し、性的マイノリティーの人たちが暮らしやすい社会の実現に少しでも役立ちたいと考えています。

「私が当事者として語ることで、性的マイノリティーの人たちが実際にいるんだということをより多くの人に知ってもらいたいです。性別の違和感などに悩んでいる人たちの中には、自分を抑えつけることで孤立しているケースもあると思うので、そうした人たちの助けになりたいです」


取材後記

私は佐藤さんの取材を約1年半続けてきました。強く印象に残っているのが、戸籍上の性別を変更した後、すっきりした表情で今まで以上に明るく対応してくれたことです。それは、保険証などに記載されていた「男」という漢字一文字に、彼女が苦しめられてきたことの裏返しでもありました。

性別変更したことを喜ぶ一方で、佐藤さんがぽつりともらした言葉があります。「手術をしなくても性別が変えられるなら、そうしたかもしれません」。健康な体にメスを入れることへの不安はもちろん、経済的な負担も大きい手術が性別変更の要件になっていることには、複雑な思いも抱いていたのです。トランスジェンダーの当事者の中には、性別変更の際に手術の要件をなくしてほしいと望む人が少なくありません。

性別を変更するには生殖能力をなくす手術を受ける必要があるとする法律の規定について、2019年に最高裁判所が「憲法に違反しない」とする判断を示しています。ただ、4人のうち2人の裁判官が「手術は憲法で保障された身体を傷つけられない自由を制約する面があり、現時点では憲法に違反しないが、その疑いがあることは否定できない」という補足意見を述べています。さらに、2022年12月、この規定について最高裁は15人の裁判官全員による大法廷で審理することを決め、今後、新たな憲法判断が示される可能性が出ています。トランスジェンダーの人たちを取り巻く状況は今後どうなっていくのか、その行方に注目したいと思います。

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