NHK札幌放送局

復活の兆しを見せる「マオリ語」

ウピシカンタ

2020年5月11日(月)午前10時00分 更新

ニュージーランドの先住民族マオリの言葉「マオリ語」。 近年、ニュージーランドでは、マオリ語が見直され人々の意識も変わりつつあります。 言語復興のヒントを求めて、マオリ語の現在を取材しました。 

マオリ語 苦難の歴史

人口およそ480万人のニュージーランド。
その15パーセントほどがマオリとされています。
マオリは、11世紀ごろ太平洋の島々から渡ってきたとされるニュージーランドの先住民族で、マオリ語は彼らの間で広く受け継がれてきました。

しかし、マオリ語を話す人の数は減っていきました。
原因の1つが政府の同化政策です。英語を話すヨーロッパ系の人たちの入植が進むにつれて、マオリの間でも英語による教育が推し進められました。学校によってはマオリ語を話すことを厳しく禁じ、子どもたちがマオリ語を学ぶ機会が失われました。

また、第二次世界大戦後、多くのマオリは、それまで暮らしてきた地方の伝統的なコミュニティから離れて都市部で仕事をするようになりました。都市部のヨーロッパ系社会で生活するには英語を話すことが求められ、マオリ語の重要性が薄れていきました。
その結果、1980年代になると、マオリ語を話せるマオリの割合は20パーセント以下にまで減ってしまったのです。


子どもたちの教育に力

転機が訪れたのは1980年代。
言語をはじめとする自分たちの固有の文化が消滅することに危機感を覚えたマオリの人たちは、マオリ語教育を進めます。
全国各地にマオリ語の保育園や学校を地道に増やしていきました。
その結果、マオリ語を話せる若い世代が徐々に増えていったのです。

私はムルパラという町にあるマオリの学校を取材しました。そこでは伝統の歌や歴史だけでなく、数学や理科などの授業でもすべてマオリ語が使われていました。マオリ語で学ぶカリキュラムの学校を卒業しても、ニュージーランドの一般の大学に進学できる制度にはとても驚きました。


変わり始めたマオリ語のイメージ

去年、ニュージーランドのファストフード店で撮影された動画が話題となりました。

マオリ語を話す女の子に対し、店員がマオリ語で応じています。この動画は、ニュージーランドで大きな話題となり、SNS上で24万回も再生されたのです。

私はこの動画が撮影されたファストフード店を訪ねました。

店員のイライジャ・ソレンソンさん(26)
「幼い頃からマオリ語を学び、誇りに思ってきました。マオリ語が大好きです」

この動画が大きな注目を集めたのは、マオリ語を話す人が増えても実際に公共の場で使われることが少なかったからです。
ニュージーランド社会のマイノリティであるマオリ。マオリは、ヨーロッパ系の人たちに比べると進学率や所得が低く今でも大きな格差があります。

私が取材したマオリの1人
「白人はマオリのことをみんなギャングの一員だと思っている」

こうした偏見から、マオリであることに誇りを持てない人は多く、マオリ語を話せる人が増えても、実際に使われるのは家庭内など限られたコミュニティでの会話に限られていたのです。
しかし、近年、マオリそのものに対するイメージにも変化が現れています。

私が取材した多くのマオリは、自分がマオリであることに自信を持ち、社会でマオリの地位が向上することを望んでいました。
マオリ語を使ったメタルバンドの曲がヒットしたり、ニュージーランドの首相が自分の娘にマオリ語のミドルネームをつけたり、今ではマオリ語は「クール」な存在になりつつあるといいます。

さらに、ソレンソンさんは、店のメニューを紹介してくれました。そこには英語のメニューとともに、マオリ語のメニューも書かれていました。
役所などの公的機関だけではなく、ファストフード店のような民間企業もマオリ語に対応していることを知り、私は、マオリ語がニュージーランドにとって重要な言語になっていることを改めて実感しました。


国中に広まるマオリ語

マオリ語を話す若者が徐々に増えたことで、さらに社会に変化が生まれています。かつてマオリ語を学べなかった中高年世代も新たにマオリ語を学び始めているのです。

ニュージーランド北島のロトルアにあるマオリ語教室で、私は、パトリック・クラークさん(61)という男性と出会いました。
クラークさんは、かつて学校でマオリ語を禁止され、簡単なあいさつぐらいしかできないといいます。
そんなクラークさんがマオリ語を習い始めたきっかけは、マオリ語を話す孫の存在でした。

パトリック・クラークさん
「16歳の孫と話したくて始めたんだ。わたしは自分の言語を引き継ぐことができていないし、孫にとっては笑い者だ。それを変えたくてね」

クラークさんは、これまで仕事が忙しいことを言い訳にしてマオリ語を学んでこなかったと言いますが、最近になってマオリ語を話せるコミュニティとつながりたいと感じるようになったそうです。

現在、マオリのほとんどは英語を母語としています。ニュージーランドで生活する上で、マオリ語が話せなくても何も不自由することはありません。それでも、60歳を超えて一からマオリ語を学びたいというクラークさんの思いに、自分自身の存在意義をかけた強い意志を感じました。
今、こうした思いを持つ人たちが、マオリ中から生まれているのです。


ニュージーランドのヨーロッパ系の人たちの中には、こうした動きを快く思わない人もいるそうです。しかし、マイノリティであるマオリを尊重することが社会全体の成長につながると信じている人たちが、それ以上にたくさんいるのだと私は感じました。

そして、マオリ語を学びたいというムーブメントは、ヨーロッパ系の人たちにも広がっています。息子や娘がマオリの人と結婚したり、孫がマオリ語の学校に通う例がよくあるそうです。私が取材したマオリ語教室では、ここ5年ほどで入学希望者が数倍に増えたといいます。
マオリの踊りであるラグビー・オールブラックスのハカ、そしてマオリ語。長い年月を経て、マオリの文化は民族を超えてニュージーランド社会の一部になったのだと私は思いました。


異文化が共生できる社会とは

マオリとアイヌを単純に比較することは出来ません。
マオリの人口がおよそ70万人とされているのに対し、2017年(平成29年)の北海道の調査で把握できた道内のアイヌはおよそ1万3000人です。
それぞれの歴史や文化も異なり、マオリの取り組みをそのままアイヌが導入すればよいというものでもありません。しかし、実際にニュージーランドを訪れてみて、異なる文化が共生できる社会を目指す大きなヒントに触れたように感じました。

2020年5月11日

マオリ取材記 web


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