NHK札幌放送局

イトーヨーカドー函館店閉店 跡地は?

道南web

2022年7月4日(月)午後6時23分 更新

「日常生活の一部でした」。「私の青春でした」。7月3日、惜しまれつつも閉店した「イトーヨーカドー函館店」。 閉店の理由は?跡地はどうなる? 

なぜ閉店?地区での競争が激化

7月3日に市民に惜しまれつつも閉店した「イトーヨーカドー函館店」。

開店は42年前の1980年9月3日で、売り場は地上2階、地下1階でおよそ1万3000平方メートルでした。

開店当日の様子

当時、大型の店舗がなかった函館市美原地区にオープンし、周辺地区の開発のきっかけの1つとなりました。

大規模な駐車場を備え、食料品や日用品売り場だけでなく、飲食店も入っていて、多くの人が生活の中心として利用し、親しまれてきました。

しかし、近年は周辺に大型の商業施設や専門店が進出し、競争が激化していきました。

さらに設備が老朽化し、客のニーズに対応する品ぞろえを維持出来なくなったとして、運営する「セブン&アイ・ホールディングス」が中期経営計画の中で「不採算店舗」と位置づけて、去年11月、閉店することが決まりました。

「私の出発点はこの店です」開店に携わった元従業員は

イトーヨーカドーの元従業員で、道南の七飯町に住む浅利文博さんは42年前、函館店の開店に携わりました。

浅利さんによりますと、42年前の開店当初は大勢のお客が訪れ、店内は人だかりであふれかえるほどだったといいます。

鮮魚売り場の担当をしていた浅利さんは、みずから市場に訪れては品質のいい魚を仕入れていたということです。

開店に携わった元従業員 浅利文博さん
「市民に安くていいものを提供しようと無我夢中でした。気合いを見せるために市場の魚屋さんのように、頭にねじりはちまきをして売っていました」

その後転勤して、道内各地を巡りましたが、定年を迎え、最後は地元での勤務を希望し、函館店に戻ってきたということです。

退職するまでの2年半の間、店内の販売促進のイベントを担当し、道南各地のグルメを紹介するイベントを開くなど、市民から人気を集めました。

6年前にイトーヨーカドーを退職しましたが、その後も週に1度は店に買い物に訪れていたといいます。

開店に携わった元従業員 浅利文博さん
「開業した日のことや働いていたときのことを走馬灯のように思い出します。私の社会人としての出発点は函館店から始まったと思っているので、なくなってしまうのは本当にさみしいです」

「私の青春」。店に寄せられたメッセージ

閉店を惜しむのは浅利さんだけではありません。
 
閉店前、店には利用客から惜しむ声が、手書きのメッセージとして数多く寄せられました。

寄せられたメッセージの一部
「入学式の服、ランドセル、文房具など、小学校の時にたくさんお世話になりました」。
「ヨーカドーは私の高校生の時の青春です」。
「小さい頃は両親と来て、今は子どもたちを連れて買い物に来ています」。
「私も42歳、ボールペンもえんぴつも靴下も消しゴムも全部ヨーカドーでした」。

入学式、友人と遊んだ青春、初めての子育て、日々の買い物。

市民1人1人の思い出や感謝のことばが貼り出されていて、日常生活の一部として多くの市民に親しまれてきたことが分かります。

惜しまれつつも閉店 利用客が最後見守る

迎えた最後の営業日である7月3日。

大勢の市民が訪れ、買い物を楽しんだり、写真を撮ったりして店舗との別れを惜しみました。

閉店の午後7時が近づくと、店内には「蛍の光」が流れ、従業員らが入り口に並んで客を見送りました。

店内から出てくる客の中には、涙を拭う客の姿も見られ、店舗との別れを惜しんでいました。

そして、閉店の午後7時となり、最後の客が退店したあと、店の前では閉店のセレモニーが行われました。

挨拶に立った成岡宏幸店長は「従業員一同頑張ってきましたが、閉店となり残念でなりません。42年間支えていただき、本当にありがとうございました」と話し、深々と頭を下げていました。

その後、ゆっくりとシャッターが閉まり、訪れた大勢の市民は「ありがとう!」と声をかけたり、拍手をしたりして見守り、42年間の歴史に幕を下ろしました。

函館市50代女性
「最後に衣料品や食料品をいろいろ買いました。開店したころは大きなショッピングセンターがなかったのでワクワクしました」
函館市30代女性
「最後に全部くまなく見て回りました。1階にゲームセンターがあったころによく遊びに来ました。思い出作りに最後来ました。なくなってしまうのは寂しいです」
函館市60代女性
「できたころからずっと買い物で使ってきました。ここにあるのが当たり前だったので、寂しくなりますね。長い間ご苦労さまでした」

42年前、開店に携わった浅利さんも、最後の営業見守りました。

浅利さんは、店内を隅々まで見て回ったり、知り合いの従業員に「お疲れさま」と声をかけたりしたということです。

浅利文博さん
「接客をしていたころを思い出しながら、店内を見て回りました。本当に寂しいです。従業員のみなさんに本当にお疲れさまでしたと言いたいです。42年間ありがとうございました」

どうなる?閉店後の跡地

跡地の利用について、建物を所有している会社「一位物産」は、去年、およそ1億6000万円をかけて耐震改修の工事を行っていることなどから、建物をそのまま活用して、テナントを誘致する方向で調整を進めています。

会社によりますと、商業施設の運営会社など6つの事業者が、跡地で営業をしたいと希望しているということで、それぞれの事業者と開発計画や入居の条件などを元に最終の交渉を行っているということです。

会社では、来年(令和5年)中にも別の事業者で営業を再開させたいとしています。

一位物産の村上幸義社長は「周辺に住む人の生活への影響を最小限にとどめて、利便性の向上につながるよう努力したい」と話しています。

取材:川口朋晃(NHK函館)
2013年入局、函館市政など担当。

2022年7月4日

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