北海道の西海岸につき出る積丹半島の先端に位置する町、積丹。この町では今、新たな動きが至るところで起きているらしい。人口1800人ほどの町で、次々に新しいアクションが生まれているとはどういうことなのか?積丹町で挑戦を始めた人々の想いと見据える未来を20歳ライターのももが聞いてきた。
今回の取材は積丹町に自身も長期取材滞在し、まちの人との交流を深めた中の目線をもった宗片職員と、普段東京でライターとして活動するZ世代の私ももが、初めて踏み入れる北海道の土地を感じながら、町の様子を追っていくという少し普通の取材ではない形で行われた。
その背景にあるのが、NHK札幌放送局が今年からチャレンジする「放送局の新しい姿」というコンセプトだ。
新しい取材の形を実践した今回の取材
2021年末、NHK札幌放送局はこれまでとは違う「放送局の新しい姿」にチャレンジすることを掲げ、地域・人々との関係再構築と協働をテーマに、局内に新たなチーム「北海道ソリューション」を立ち上げた。
そのうちの一つのプロジェクトとして動いているリージョナルパートナープログラムは、地域に潜在する課題やニーズに対してNHK職員が地域住民と一緒になって考えたり、他の地域や人々の新たなつながりを作ってより良い方向に物事を進めたりと、北海道で暮らす皆さんとの協働によって繋がりを深めるという取り組みを展開している。
NHK職員が地域と深く関わりを持つことで、町の人しか知らない情報やニュースになる前の新たな動きの兆しを発信することが可能になる。身近な情報に溢れていて、他の地域の情報を掴みにいくこともままならない現代で、ディープな情報に触れるきっかけになるだろう。

そこに初めて町に足を踏み入れるZ世代が加わって町のいまを発信することによって、どんな化学反応が起きるのだろう?今回の取材はそんな想いから生まれたそうだ。
この取材が初の北海道上陸である私にとって、積丹町はテレビや人伝で名前を聞いたことはあっても「ウニが有名な土地で、北海道のどこかにある」というイメージに留まっていた。積丹町に長期滞在をしていて、この取材の案内人を務めた宗片職員からも、事前に「積丹で新たな動きが起きている」と聞いてはいたが、あまり想像がついていないのが正直なところだった。
しかし、3日間の滞在で私は積丹の「いま」を知るだけでなく、町の方々の想いや未来までもが知れたと感じている。それは、NHK職員が地域と深く関わりを持つことで、町の人しか知らない情報やニュースになる前の新たな動きの兆しを捉えていたからではないだろうか。
宗片職員と楽しげに話す住人の姿を見ていると、実は古くからの友人なのではないか?と思えた。密度が濃い内容のインタビューに住人の方がリラックスした表情で答えてくれたのも、地域に寄り添っている宗片職員が関係を築いていたのが大きく影響していると感じる。
この記事では、私が当初イメージしていた「ウニや絶景があるエリアとしての積丹」だけではない、多面的な表情の記録を綴る。
「がけっぷち」から温泉と地域を再生させる。積丹発のベンチャー企業の挑戦
ウニと絶景だけではない積丹の姿を追う今回の企画。まちに深く入り込むからこそわかる、新たな兆しとして紹介したいのが、「がけっぷちからの再生」を目指す温泉、岬の湯しゃこたんの事例だ。
積丹では今、創業1年未満のまちづくりベンチャー企業による改革が起きようとしている。積丹町で今年立ち上がったこの温泉再生プロジェクトは、積丹で長年続く温泉の運営を自治体から譲り受け、新たな価値を発信する施設へと再生する計画を皮切りに、地域の恵みを活かした地域活性化への取り組みを行っている。

(露天風呂から眺める景色は絶景。おすすめは夕方の日が沈む時間)
この温泉は町民だけでなく、積丹半島を訪れる多くの観光客に愛されてきた一方で、経営状況に関しては多額の累積赤字や施設の老朽化といった厳しい実情を抱えていたそうだ。
絶好のロケーションや地域資源に恵まれている積丹から「簡単にこの場所をなくすわけにはいかない」という想いから、積丹町は民間の新しい視点を取り入れるべく、ベンチャー企業に運営権を譲渡。施設では「GAKEPPUCHI ONSEN」をコンセプトに掲げたリニューアルが行われている。

(2022年4月にフルオープンした館内には「がけっぷちって......」から始まるキャッチコピーが天井から吊り下げられている)
露天風呂はより岬や夕景が楽しめる広い造りに。温泉を楽しんだ後にゆったりと寛ぐことができるスペースや、積丹町の逸品や道内各地の名品が並ぶお土産コーナーが設置されていた。
積丹は将来、新幹線延伸によるニセコ・小樽の新幹線駅開設等によって、さらなる観光客の流動が期待されているエリアでもある。 岬の湯しゃこたんは、ピーク時の利用者数が年間10万人を超す施設として積丹町の観光客入込を維持する役割も果たしていて、この施設を継続することは地域の観光業や活性化に大きく貢献すると期待されているそうだ。
2023年春までには広大な土地を生かしたキャンプ場やバーの設置も計画しているとのこと。「積丹の大自然をさらに満喫できる場所にしたい」と、断崖絶壁の温泉ではじまった「がけっぷち」からの再生を通した地域活性化への歩み。本来であれば隠そうと必死になる部分を強みとして這い上がろうとする試みに勢いを感じた。新たなアイデアを取り入れることで歴史の足跡を残し続ける取り組みに「応援したい」気持ちが溢れた。
伝統と歴史を繋ぐ場所で、コーヒーを味わう。鰊伝習館「ヤマシメ番屋」
次に訪れたのは、美国港からほど近い場所に建つ「ヤマシメ番屋」。ここでは、積丹町の伝統を繋ぐための改修・リニューアルが行われた。ヤマシメ番屋は、明治末期の頃に初代福井重次郎氏が建設した邸宅を利用しており、当時の歴史を今に伝える「鰊伝習館(ニシンデンシュウカン)」として保存されている。
この地域はかつて、北海道有数の鰊漁場として栄えていたそうだ。最盛期の明治〜昭和初期には数多くの雇われ漁師(やん衆)が泊まり込みで訪れ、定置網の権利を持った漁師とともに漁に出ていたという。その漁師たちが寝泊まりをする場所として利用されたのが「番屋」である。

(『ヤマシメ』とは当時の屋号を指す。)
しかし、ニシン漁が衰退してからは旅館・下宿と役割を替え、1970年頃からは使われなくなっていた。一度は売却も検討されたが、地域住民の想いから積丹町に寄付され、福井家の成り立ちや当時のニシン漁の様子、文化を伝える施設として保存されることになったという。約10年をかけて改修・修復が行われ、長年地域を見守るその風格に厳威を感じた。

中に入ると、なんとコーヒーの香りが漂っていた。この建物では、2016年からカフェの営業がスタートしたそうだ。ウニ丼を食べに来た人が、コーヒーを飲めるような場所を作りたいという想いから誕生した『ヤマシメCafe』では、カフェメニューの他、ニシン漁が行われる「鰊場」で食べられていた料理も食べられる。

もちろん「鰊文化を伝える施設」としての役割も果たし続けている。各部屋にはたくさんの展示物とポスターがあり、当時の漁夫の様子や積丹町の歴史を文字や雰囲気から感じ取ることができた。

(ウニの殻を使った雑貨「積丹うに灯かり」の販売も。使われている殻は磯焼けの進行を食い止めるために除去されたもので作られている)
繋いできたものを残しながらも、新しいものを取り入れて町の活性化を狙う取り組みが北海道の半島の先端で行われていることは、驚くべきことだと思う。新しい取り組みと伝統継承が同時に存在する空間に「格式のある古民家カフェ」とも呼べるような懐かしさを感じた。
世界でも評価される活動をより広く、より深く届けるために /「ウニの学校」

わたしの中にあった「積丹といえばウニ」のイメージを進化させてくれたのが、このお二人。積丹町役場で水産技術指導員をつとめる水鳥純雄さんと、積丹町で地域おこし協力隊として働く小山彩由里さんだ。
お二人はいま、「ウニの学校」というプロジェクトを進めている。今年で2年目を迎え、積丹の生態系やウニを広めるためのイベントを企画・運営しているそうだ。去年は街の子供たちや調理人に向けたイベントが開催されたが、今年度は他の地域への発信に力を入れ、年4回のイベントを開催するという。
小山さん
タッチプールを通して海に親しみを持ってもらうプログラムや川での親子向けのキャンプなどのラフなイベントから、博物館や海の環境について学ぶ研修会など、ビジネスでも役に立つような社会人向けのイベントも予定しています。
「ウニの学校」は、今まで積丹が魅せてきたウニの側面とは違った表情を発信するために発案された。これには、積丹が抱えるウニの問題とその解決策が大きく関係しているということで、お話を聞いた。
小山さん
「ウニの学校」が研修会やビジネスなどの社会人向けイベントも企画しているのは、私たちがここ数年間で取り組んできた「持続可能な」海作りに理由があります。
原因は環境の変動。ウニの収穫量が半分以下に
水鳥さん
積丹町のウニ収穫量は、ここ10年ほどで大きく減少しました。10年ほど前までは可食部だけで20tほど収穫されていたものが、半分ほどに減っています。

(定年退職した後に積丹へと移住し、水産業の普及員として働く水鳥純雄さん(中央)漁業の現場に知識を応用し、普及させることを仕事にしている)
収穫量が落ちた理由は、地球規模の環境変動にあると水鳥さんは言う。
ウニの可食部である生殖腺は、海藻を食べることによって成長する。積丹町で収穫されるウニはホソメコンブを食べて育っているが、近年は海水温の上昇によって、ホソメコンブが育ちにくく枯れやすい環境となってしまった。多くの水生生物の生活を支えている「藻場」がなくなり、空っぽのウニが増えているそうだ。
コンブやワカメなどの海藻がなくなり、砂漠のようになってしまったこの状態は「磯焼け」と呼ばれる。昆布が減少した海では岩肌が見えるため、青く透き通ったように見えることもあるとのこと。

(海にも足を運び、青い海と磯焼けの関係を体感してきた)

(黒い部分が昆布が生えている岩。積丹町の先端に位置する神威岬でも、その様子ははっきりと分かる)
水鳥さん
このままでは、積丹のウニ漁が衰退してしまう。この状況を脱して、美味しい積丹のウニをより多くの人に届けたい。そんな想いから、私たちは積丹の海でウニを育てるための「コンブの森作り」を開始しました。
環境問題の解決にも一役買う、コンブの森
コンブの森は、ウニを取り除いた海に種と肥料を蒔くことで作られる。この肥料の原料として使われているのが、ウニの殻。これまで、積丹町で獲れたウニの殻には用途がなく、年間100t以上が産業廃棄物として捨てられていたそうだ。
水鳥さん
何かに使えるのではないかと成分を調べてみると、ウニの殻には陸の植物に使っている肥料と同じ成分が含まれていることが分かり、その効果は海中でも有効なことが判明したんです。
ウニの殻を堆肥化させて天然ゴムで固め、有価物として海に沈めることで、ウニが食べるコンブを育てる肥料として利用する。3年ほど前から始まったこの取り組みは毎年成果を出していて、確実に積丹の海に藻場やウニが戻ってきていると水鳥さんは言う。

最近の研究では、藻場がウニを育てる役割だけではなく、二酸化炭素を吸収する「環境問題への施策」としての役割も果たすことが分かったそうだ。今までは「ウニのために作っていた」藻場が、生態系の確保や気候変動問題への対処に役立つものとして、単体でも価値を持つようになったということに私自身、感動を覚えた。
美味しいウニの「背景」を知り、体感してもらいたい

(地域おこし協力隊として活動する小山彩由里さんは、去年の11月に会社員を退職し、半年ほど前に積丹町にやってきた)
小山さん
このようなウニとコンブの森作りを通した「持続可能な」海作りは全国・世界に広まっていて、積丹の取り組みは、2021年には『漁業者の甲子園』と呼ばれている全国漁業協同組合連合会主催の大会で、「多面的機能・環境保全部門」最高賞の農林水産大臣賞に選ばれました。
最近では外国の情報誌に取り上げていただく機会もあり、積丹の活動が世界で評価されていることを嬉しく思っています。しかし、実際に訪れる観光客の方にはそれが伝わっていないのが現状です。
「ウニの学校」を始めたのは、積丹が「美味しいウニが食べられる」「海が綺麗」な場所だけではないことを伝えるためです。世界で評価される、積丹のウニを通した持続可能な社会への取り組みをぜひ体感していただきたいと思っています。

(積丹町で食べた海鮮丼。背景を知ると、ありがたみも増す)
子供の頃から自然や海の生き物が好きだったという水鳥さんと小山さん。今、積丹で好きなものを通して社会に貢献できていることに喜びを感じていると教えてくれた。
水鳥さん
私たちは、自分たちの好きなことに真剣に取り組んでいるだけなんです。しかしその取り組みは環境保護に繋がり、評価されるようになりました。この取り組みが広まることによって、地球に及ぼす影響が限りなく0に近づくと信じています。
これは社会問題の多くにいえることですが、無理に解決へのアクションのハードルをあげる必要はないんですよね。地球のゴミ排出量を自分1人で減らすことはほぼ不可能でも、地球に住む全員が半分にすれば半分になるように、一人のほんの気持ちのアクションは社会では大きな価値になるからです。
だから私たちは、「誰かがやるんじゃなくて自分がやる」という気持ちで海作りに取り組んでいますし、そう思ってもらえるような「ウニの学校」を届けたいと考えています。
多くの社会問題が蔓延る東京にいてもなかなか当事者意識を持てない環境問題にいち早く取り組み「自分にできることを少しずつ」と歩みを進めるお二人の姿を見て、気を引き締めなければならないと感じた。

ここまで、海で栄えてきた積丹で進む新たなプロジェクトと伝統を守る動きを見てきた。積丹では、言葉で、モノで、景色で町の歴史を伝えるそばで、新たな取り組みのタネが蒔かれ、育っている。「一人一人の小さなアクションが大きな価値になる」世の中に発信していきたいメッセージとしてこう伝えてくれた水鳥さんの言葉は、まさに今の積丹町を象徴しているものだと感じた。
実はこの地域では、羊やジンといった新たな名産品を生み出す試みも行われている。ウニのイメージが強い積丹だが、後編では積丹の山や緑に囲まれて新たなチャレンジを始めた人たちの今とこれからを追う。
もも / ライター
埼玉県生まれの20歳。高校を卒業後、ギャップイヤーを開始。言葉や書くという行為に魅了されたことから、ライター活動を始める。現在はライターとして対談形式のインタビュー記事やオタク気質を武器にしたコラム記事などを手掛ける他、コピーライティングや編集の分野でも活動中。
ウニだけじゃない通信003【特別編】「問題を解決するピースが揃った」山と緑が導く新たなアクション / 想いが息吹く町、積丹の記録(後編)

