NHK札幌放送局

OSO18 ”怪物ヒグマ”最期の謎

番組スタッフ

2023年10月11日(水)午前10時37分 更新

2023年7月30日午前5時、北海道釧路町のハンターが牧草地に寝そべる一頭のヒグマを見つけた。
近づいても逃げる様子は全くなく、気力を失ったように地面に伏せていた。
3発の銃弾によってあっけなく殺されたヒグマは、すぐに解体所に運ばれ、ジビエになった。
それが、66頭の牛を襲い、32頭を殺しながら、どんな追跡からも逃れ、“怪物”と呼ばれてきたヒグマOSO18だったことは、後になってわかった。
なぜ、OSO18は、抵抗もせず殺されることになったのか。
OSO18とは、いったい何者だったのか。
だが、死んだヒグマがOSO18だとわかったとき、手がかりになる死骸は、もう消えていた。
※取材の様子は、10/15(日)21:00から放送の「NHKスペシャル」でお伝えします(→  NHKプラスで、10/22(日)午後9:49までご覧いただけます)。 

北海道史に名を残すヒグマOSO18

OSO18の出現は、4年前に遡る。2019年7月16日、標茶町オソツベツで1頭の乳牛が行方不明になった。捜索に出た牧場主の息子が放牧地の脇を流れる沢の方へと向かうと、斜面に牛が横たわっていた。そばには牛を引きずった跡と血痕が残されていた。斜面に足を滑らせ声をあげたところ、20~30m先の藪からヒグマが飛び出し逃げていった。近づいて確認すると、牛は既に絶命していた。

最初の被害現場オソツベツ。その後の連続被害を、予想したものはいなかった。

それは始まりにすぎなかった。被害は瞬く間に拡大する。8月5日に8頭、8月6日に4頭、8月11日に5頭・・・。わずか2か月のあいだに、28頭の牛が襲われた。現場には、共通する痕跡が残されていた。体毛、そして、幅18cmの大型の前足の跡である。
2020年にも被害は続いた。この年に起きた5つの被害現場で採取された体毛のDNAが、すべて、前の年に現場で発見された体毛から検出したDNAと同じであることが判明。これまでにない“犯行”の特殊性や18センチの足跡が共通することから、すべてが一頭のヒグマの仕業によると北海道庁は断定。足のサイズと最初の被害現場オソツベツにちなみ、道庁によって、この正体不明のヒグマには「OSO18」というコードネームが与えられた。

OSO18の特徴。当初は以下の点が挙げられていた。

■人間の前に姿を見せない
牛への被害が起きるのは、夏の夜。朝、襲われた牛を見つけると、OSO18はすでに姿を消していた。町役場職員やハンターが被害現場周辺の見回りをしても、戻ってくることはなかった。森に仕掛けられた自動撮影カメラにも、捉えられなかった。
■罠を見抜いている
葉が茂り見通しのきかない夏に、銃をもってヒグマを追うのは危険なため、通常は、罠を仕掛ける。
だが、OSO18は罠を見抜いていて、決してかからなかった。
■なぜ牛を襲うのかわからない
OSO18は、すべての牛を殺して食べていたわけではなく、半分の牛は傷つけられただけだった。 1晩で7頭を襲いながら、1頭も殺していないこともあった。何より、一般的なヒグマは、一度仕留めた獲物を土の中に隠して取りに戻ってくるのに対し、OSO18は、そうした行動を見せず、獲物に執着しなかった。食べるために襲うなら、まだ理解はできる。だが、そうは見えない。酪農家たちは、「襲うことを楽しむ快楽犯」だと囁きあった。

被害は標茶町と厚岸町にまたがり、2019年~2022年で31件、65頭にのぼった。

そもそも、専門家によれば、現代の北海道のヒグマは植物食が中心で、ほとんど肉を食うことはないという。だとすれば、なぜOSO18は牛を襲うのか。そして、どこにいるのか。

※OSO18による被害の実態や、地域への影響については、下記の記事をご覧ください。
クローズアップ現代「謎のヒグマ「OSO18」を追え!」(2022年9月21日)
 牛を襲う 謎のヒグマ「OSO18」とは なぜ被害が? 追跡取材で迫る
NHKスペシャル「OSO18 ~ある“怪物ヒグマ”の記録~」(2022年11月26日)


OSO18を追う男たち

2022年に入り、北海道庁は、道東のNPO「南知床・ヒグマ情報センター」に、「OSO18特別対策班」を任命した。ヒグマ捕獲のエキスパートたちで構成されるメンバーたちが、これまでに捕らえたヒグマは全員で300頭以上。OSO18を捕らえるには、その力を頼るほかなかった。
北海道で随一の実力を誇る、このヒグマ捕獲専門家集団を率いるのが、藤本靖、61歳。学究肌で、ヒグマの生態に精通。ヒグマの躰にGPS装置を装着し、行動ルートを解き明かして、北海道大学の研究者と共同で論文を書いてきた。

自らを「測的手」と称する藤本は狩猟免許を持たず、標的の位置を見定める役割を担う。

藤本が捉えた標的を仕留めるのが、11人のハンターたち。そのなかに、群を抜く実力を持つ男がいた。赤石正男、71歳。二十歳で狩猟免許を取得してから、ヒグマを捕らなかった年は、50年で一度もない。若い頃は、知床半島先端部から阿寒連峰にかけての単独猟を繰り返してきた。仕留めたヒグマは、118頭までは数えていたが、それ以降は覚えていないという。

赤石がかつてヒグマを仕留めた最長距離は810m。12発中11発を命中させた。

彼らは、正体不明とされたOSO18の実像を次々と明らかにしていった。巨大な18センチのサイズだとされた足跡は、前足と後ろ足の足跡が重なって輪郭がぼやけたもので、藤本が測り直したところ、正確なサイズは16センチ。当初言われていたような、超巨大なヒグマではないことを突き止めた。被害があった現場に牛を残し、関係者やメディアの被害現場への立ち入りを制限したところ、OSO18が戻ってきたことから、やはり獲物へ執着していたこともわかった。人間を極端に警戒し、人の匂いが残る場所を避けていたから、これまでは獲物への執着を見せなかっただけで、牛を襲う動機は、やはり食うためだったのだ。
藤本は、これまでの被害地点を分析し、OSO18の行動ルートも絞り込んで作戦を練った。だが去年の夏から秋、その読み通りにOSO18は痕跡を残すものの、待ち伏せした男たちの前には姿を見せなかった。捕獲は、年をまたぐことになった。


冬の異変

藤本たちは、雪が残る冬眠明けの時期を待っていた。穴を出たヒグマが雪の上に残す足跡を追えるこの時期が、1年で最も追跡がしやすいためだ。東京23区3個分の広大な捜索範囲のなかで狙いを定めたのが、厚岸町西部の上尾幌国有林だった。毎年最初の被害の多くがその近くで発生し、森のなかで幅16センチ前後の足跡も見つかっていた。この森を“ねぐら”に冬眠をして、夏になると森を出て牛を襲い、冬になると戻ってくる。藤本たちは、そう読んでいた。
3月上旬、追跡に最も適した“1週間”が訪れたとみた藤本や赤石たちは、上尾幌国有林の本格的な探索を開始した。だが、スノーモービルで森の奥へ入っても、残っているのはシカの足跡だけ。進めども進めども、シカしかいない。藤本によれば、狩猟が禁止される禁猟区に指定されるこの上尾幌国有林には、ハンターに追われた動物がいつも逃げ込むのだという。そこに行けば撃たれないことが、わかっているかのように。

藤本「ほんとすごいシカだわ。やっぱり捕ったらだめなところには集まってんだわ」

1週間後、ヒグマの足跡は、ひとつも見つかっていなかった。ことし、雪解けは例年より数週間早い。捕獲の絶好の機会が、空振りのまま終わる。男たちの表情には当惑の色が隠せなかった。

「どこ行っても何の足跡もないな。どこ行ったもんだべ」
「でも起きてればどっかに足跡残すよね。これだけ雪降ったんだから絶対どこかに残すんだ。それがないんだもん、ひとつも」

「特別対策班」の黒渕澄夫は、足跡がみつからない状況を「雲隠れの術だ」と嘆いた。

仲間たちの言葉を聞いていた赤石は、こう呟いた。

「場所違うかよ」

結局、OSO18はおろか、あらゆるヒグマの足跡が、見つからなかった。こんなことは、藤本や赤石にとっても初めてのことだった。


消えた死骸 残された謎

終わりは、突然やってきた。
8月21日夜、取材先のひとりから、「OSOが死んだらしい」と連絡が入った。しばらく前に捕獲されたヒグマのDNAが、OSO18のものと一致したのだという。
これだけの被害をもたらしてきたヒグマの捕獲。被害に遭ってきた酪農家のことを思い、ほっと安心したと同時に、これまでどんな追跡もかわしてきたOSO18が捕まったことが、正直に言えば、信じられなかった。連絡をくれた取材先も「まだ本当かどうか、よくわからない」と言った。

8月22日、OSO18捕獲を北海道庁は発表。会見に臨む担当者は「長かった」と呟いた。

だが翌日、北海道庁はOSO18捕獲を正式発表する。DNA検査で確かめられた結果であり、“怪物”が死んだのは間違いなかった。発表によれば、捕獲されたのは7月30日。計測では、体長2m10㎝、体重330㎏。不思議なことに前足の幅は20㎝もあったという。場所は、釧路町オタクパウシ。これまでのOSO18の行動圏から、離れた場所だった。そのため、撃ったハンターを含めて、当初、誰もそのヒグマがOSO18だとは思わなかったが、後日、念のために調べてみたところ、OSO18のDNAと一致した。そのハンターがヒグマを仕留めたのは、初めてだったという。
なぜ、これまでの行動圏から離れた場所にいたのか。なぜ、人間を警戒し追跡を逃れてきたOSO18が、人前に姿を現し、あっさりと撃たれたのか。なぜ、前足幅が20㎝だったのか。問いかける記者に対して、会見で道の担当者はわからないと繰り返した。

OSO18が捕獲された釧路町オタクパウシ

その夜、赤石のもとを訪ねると、「よかったよ、誰が撃ってもいいんだから」と笑っていた。だが、問題は、すでに捕獲から時間が経ち、OSO18はバラバラに解体され、すべて処分されていたことだった。死骸が残っていなければ、本当のことは何もわからない。

どこかに手がかりが残っていないか。訪ねたのは、OSO18が運び込まれたジビエ加工業者。社長の松野穣は、自ら解体したOSO18について、こう語った。

「胃の中はからっぽ。体毛は極端に薄かった。高齢のヒグマだなという印象だった」

OSO18を解体した松野穣。そのとき知っていれば、詳しく調べたのにと悔やんでいた。

何か残っていないか、尋ねると、こう答えた。

「頭部は、ハンターが剥製にしたいと考えていたが、銃弾で頭蓋骨が粉砕されていたため、断念して処分したと聞いた。手足は、東京に住むという中国人が買っていった。肉はジビエとして28万円で釧路の通販業者に売り、そこから全国のレストランに流通していったよ」

それ以外の部分、つまり骨や皮や内臓は、敷地内にある堆肥場に投げておいたという。見てみたいと言ったところ、察した松野は、笑いながら「探すのは無理だ」と答えた。1日に20~30頭も解体するというシカの残滓や、牛の糞などダンプカー3台分の山のなかに埋もれているうえ、発酵によって高温となり、変質している可能性が高いからだという。それでも現場に案内してくれた松野は、「探したいなら、探していいよ」と言い残した。もちろん、不可能だと思った。

堆肥場には牛の糞などとともにシカの残滓があった。OSO18の骨はこの中にあるという。

途方に暮れていたのは、藤本もまた同じだった。捕獲の2日後、藤本を訪ねると、OSO18の死体の写真に、異様な点を発見していた。左前足の腫れだ。もしかしたら、何らかのケガを負っていたか、あるいは病気にかかっていたか。そこに老いが関係しているのではないか。推論はできるが、いかんせん物証が残っていなければ、何もわからない。OSO18とはどんなヒグマだったのか。藤本は、「謎は謎のまま終わる」とこぼした。


森のカメラが捉えていたものは

OSO18に何が起きていたのか。その足取りをたどり直すことにした。
時系列にしてみると、主な痕跡は下記のものだった。

・6月24日、標茶町でことし最初の被害。
 現場で採取された体毛のDNAは、OSO18のものと確認。
・6 月25日に、前日の被害地点から南に10㎞の場所で、OSO18の姿が撮影。
 現場で採取された体毛のDNAは、OSO18のものと確認。
・7月14日に、去年まで被害が相次いでいた牧場付近で、OSO18のものと見られる足跡が発見。
 だが、このとき、牛は襲われなかった。
・7月30日に、釧路町オタクパウシで捕獲。

不可解なのは、例年なら連続する牛への被害が、ことしは、6月24日の一件目以降、起きていなかったことだった。OSO18は、牛を襲わずに、例年の行動圏を離れていったことになる。胃のなかをからっぽにして。
それは、いったい、なぜか。その理由を解き明かす手がかりとなるものが、標茶町役場が、町内の森のなかに設置してきた自動撮影カメラにあった。

木に有刺鉄線をまく標茶町役場職員たち。

牛への被害が集中する標茶町では、去年から「ヘアトラップ」作戦を実行してきた。ヒグマには、立ち上がって木に背中をこすりつける「背こすり」と呼ばれる行動がある。この習性をいかして、木に有刺鉄線を巻いてヒグマの体毛(ヘア)を採取し、その様子を自動撮影カメラで姿を捉えるのだ。DNAによって個体を識別しながら、カメラによって外見的特徴を把握することができるこの手法は、ヒグマの学術調査に使われる。ことしは、「背こすり」しやすいミズナラやハルニレの木など、町内16か所にトラップを設置してきた。
草が生い茂る泥濘(ぬかるみ)を分け入った、森の奥に職員たちが設置してきたカメラ。そこに映っていたのは、OSO18を取り巻く過酷ともいえる環境だった。

木に取り付けられた標茶町役場のカメラには、意外なものが映っていた。


骨が見つかった

まだ、他にできることがあるのではないだろうか。考えた末、訪ねるべき場所はひとつしかない、と踏ん切りをつけた。向かったのは、再び、松野の堆肥場。そこに、OSO18の骨や内臓などがあるのは、間違いない。エゾシカの残滓や糞に、土や草が入り交じり、高温で発酵し、蠅が飛び回るその下に、大きな骨さえ見つけることができたら、OSO18の生きてきた道筋が見えてくるかもしれない。

最近、解体されたヒグマはOSO18しかないため、骨はどこかに確実にあるという。

それは、掘り返しはじめて4時間後のことだった。明らかにシカとは異なる大きさの骨がある。背中かから腰にかけての、腰椎のようだ。さらに、足と見られる骨も発見。解体した松野に声をかけると、半ば呆れたように笑いながら、「たしかに、クマだ」と言った。間違いなく、OSO18の骨だという。

この骨に、OSO18の実像が刻まれているのではないか。私たちはその分析を始めることにした。そして、見えてきたのは、思わぬ結果だった―。


【番組概要】

NHKスペシャル 「OSO18 “怪物ヒグマ” 最期の謎」
初回放送日: 2023年10月15日午後9時00分
NHKプラスで配信中(10月22日(日)午後9:49まで)

“怪物”と恐れられたヒグマ「OSO18」の最期は、あまりにもあっけないものだった。本来肉食ではないはずが牛を襲い続けるという特異性、罠を見抜く高度な知能、人間を極度に警戒する慎重さ・・・。しかし、その日は、人を恐れるそぶりも見せず、逃げることもなかった。夏の早朝の牧草地で寝そべっていたところ、経験の浅いハンターによって射殺された。それがOSO18だったと判明した時には、すでに骨や内臓などは処分され、肉はジビエとして全国各地に流通、人間の胃袋に収まっていた。世間の耳目を集めた謎のヒグマは、なぜそんな予想もしない形で最期を遂げたのか?病気で入院中に捕獲の一報を知らされた「特別対策班」のリーダーが再び立ち上がり、OSO18が命果てるまでの足取りを丹念に追い始めた。次第に見えてくる、“怪物ヒグマ”の知られざる真実とは。取材班は、その正体を解き明かす重要な手がかりをつかむことになった。

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