NHK札幌放送局

WEBニュース特集 ダムに沈んだふるさとを歩く

北海道WEBニュース特集

2020年9月23日(水)午後4時10分 更新

この夏、農業用水の利用や雨の少なさで夕張市の「夕張シューパロダム」の水位が下がり、底に沈んでいた街が姿を見せました。久しぶりにふるさとを歩いた元住民たちは何を感じたのでしょうか。
(取材:山本青カメラマン)

ダムに沈んだ街 大夕張 

夕張市の山あいに「大夕張」(おおゆうばり)と呼ばれる街がありました。炭鉱の街として栄え、最盛期には2万人が暮らしていましたが、1970年代に炭鉱が閉山し、後にダムが建設されたことから、2000年頃までにすべての住民が街を去りました。いま、街はダムの下に沈んでいます。

「あのふるさとをもう一度歩きたい」。大夕張がダムに沈んでから、このような声がダムの管理事務所にたびたび寄せられました。
そこで、事務所が中心になって、水位が下がって姿を現した大夕張の街を歩く催しが企画されました。9月6日、道内外から集まった1600人がダムの底に下りていきました。

思い出の街をたどる

取材で訪ねた私は、元住民の熊谷禎子さん(63)に街を案内してもらいました。熊谷さんは小学校6年生まで大夕張で過ごしました。

この日、最初に目指したのは、かつて暮らした家があった「春日町」です。熊谷さんがこのあたりを訪れるのは52年ぶりだと言います。
私たちが訪ねた日は熊谷さんの家があった場所はまだ水の下でしたが、熊谷さんはその水際に生い茂る草の中にあるものを見つけました。

熊谷禎子さん
「通っていた通学路です!」

熊谷さんは草むらの中の道をどんどん前に進んでいきますが、私は道そのものをなかなか見つけられません。子どもの頃の記憶をもとに迷いなく歩く熊谷さんの姿はとても印象的でした。

ちなみにこの通学路、冬には子どもたちが安全に学校に行けるよう、毎朝父親が早起きして雪かきをしてくれたのだそうです。家族との思い出を話す熊谷さんの表情はとても懐かしく楽しそうで、私は道を歩く熊谷さんの姿に小学生の熊谷さんの姿を重ねました。

にぎわう故郷に思いをはせて

この日、熊谷さんが特に訪れたいと考えていたのが、通っていた鹿島小学校の跡地です。

熊谷禎子さん
「子どもたちがすごく多かったので、授業中に手を挙げてもみんな挙げちゃうので、全然さされないんですよ」

1学年に6クラスもあったという当時の鹿島小学校は積極的な子どもが多く、ちょっと勉強や運動ができるだけでは全然目立てなかったと言います。子どもながらに「のんびりはできない」と感じたそうです。今ではなかなか味わえない感覚かもしれません。
熊谷さんがうれしそうに話してくれたのが、当時のにぎわいを象徴する大夕張の大イベントだったお祭りです。

熊谷禎子さん
「母に着物を着せてもらって、髪をつくってもらってかんざしを挿して出かけていく。子ども心にびっくりするくらいの出店が出て、綿あめを買ったり、金魚すくいをしたり、お面を買ったり。そこに行くのが楽しみで、やっぱりあの頃は楽しかったな」

カメラのレンズ越しに映った熊谷さんの潤んだ目には、当時の大夕張が映し出されているように見えました。

「今は建物も何もないけど、やっぱりここがふるさとなんだな。自分が大きくなった街なんだと感じました」

ふるさとの味も復活

この日、私はもう1人の元住民を取材しました。夕張市内で「志むら菓子舗」という菓子店を営む清水俊治さん(78)です。

中学を卒業後、当時大夕張に店があった志むら菓子舗に就職しました。当時の店主が炭鉱の閉山で大夕張を去ったあと、清水さんが店を引き継ぎ、味を守り続けてきました。
昔から作り続けてきた味をまた大夕張で味わってほしいと、1日だけ店を開こうと考えたのです。

清水俊治さん
「昔懐かしくて、知っている人も来るんじゃないかな。そしたら来た人も懐かしがるかなと思って」

開店と同時に店の前には行列ができました。お菓子を作りながらお客さんとたわいもない会話を楽しむ清水さんの姿から、当時の光景が目に浮かびます。

昔、大夕張でよく清水さんのお菓子を食べたという女性は、目に涙を浮かべながら「もううれしくてうれしくて、懐かしくて。これを買いたくて来たんです」と話してくれました。

“家族のために”よみがえる思い

閉店後、清水さんが私をある場所に案内してくれました。まっすぐに延びる大通りの一角に、当時の店の跡がありました。いまは店の土台が少し残るだけです。

中学を卒業後、すぐに志むら菓子舗に就職した清水さん。暑い日も寒い日も朝から晩までがむしゃらに働き、仕事漬けの毎日を過ごしたと言います。ほとんどの同級生が集団就職で北海道を去ってしまったため、プライベートを一緒に過ごす仲間もなかなかいなかったそうです。
「どうしてそこまで頑張れるんですか」と私は尋ねました。

清水俊治さん
「家族のためだね。うちの父親は早くて45歳で亡くなったから、お袋が苦労して妹と弟を育ててくれた。いまとなったら親も兄弟もみんな亡くなったから寂しいよ。でもここに来たらやっぱり、そういう家族のことを思い出すよ。一番にね」

喜びや悲しみ、すべてが詰まったふるさと。景色が変わっても、穏やかで優しいふるさとは私たちの心に生き続けている。2人を通してそう感じました。

(札幌放送局・山本青 2020年9月16日放送)
 

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