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“逃げる”ことも“前進”だ~ホテルローヤルからのメッセージ~ web

ほっとニュース北海道

2020年11月9日(月)午後5時38分 更新

北海道好きの人には注目の映画が、今月、公開されます。「ホテルローヤル」。釧路市出身の作家、桜木紫乃さんの作品です。  原作は7年前に発表された、同名の小説。直木賞を受賞したベストセラーで、なんと先月、累計発行部数100万部を超えました。 新型コロナウイルスの感染拡大で世界が大きく変わるなか、7年前の小説がいまも売れ続けるのはなぜか。映画公開をきっかけに、桜木さんにインタビューで迫りました。 (札幌局 飯嶋千尋)

<映画で気づいたメッセージ>

釧路市出身の作家、桜木紫乃さん(55)。2007年にデビューして以来、地元北海道を舞台にした作品を発表してきました。
性と愛をテーマにした作風で知られ、複数の作品が映画やテレビドラマにもなっている、まさに“売れっ子”の小説家です。

「素直にとてもうれしいです」

先月、NHKの札幌放送局に来てくれた桜木さん。代表作であり直木賞受賞作でもある「ホテルローヤル」の映画化について聞くとうれしそうに語りました。
またまた、ご謙遜を。ベストセラー作家ですし、映画化で原作のイメージが壊れるのは、よくあることですよね。
そんな思いで「作品に込めたメッセージ、映画化されても変わりませんか?」と聞いたところ、意外な答えが返ってきました。

『つらいんだったら、逃げてもいいんだよ』。小説にそんなメッセージが込められていることに気づかせてくれたのは、実は、映画なんです。
札幌局の新社屋でインタビューに答える桜木さん

<作品に“思い”は込めない>

え?どういうこと?
詳しく聞いていくと、桜木さんの飾らない作風が見えてきました。

実は私、小説にはメッセージは込めないんです。過剰にメッセージを込めると、それは小説ではなくなるような気がして。だから登場人物のしたいようにさせてあげていて、少し後ろから見ていることを心がけています。その代わり、私は目をそらさずに、『同じものを見るよ、同じように痛い思いをするから好きになりなよ』って感じで、最後まで見守ることにしているんです。

ホテルローヤルでは、子育てと親の介護に追われる夫婦、ホームレスになってしまった女子高生、妻に裏切られた高校教師、家業のラブホテルを手伝うことになった女性などなど、逃げ場のない複雑な現実に直面している人たちの心の葛藤が、繊細な筆致で表現されています。

桜木さんは、その登場人物たちにあまり意識せずに託していた思いに、映画化を通して、初めて気づかされたというのです。

監督とお話ししていたら、『逃げる』という言葉が出てきたんです。登場人物の女の人たちに『そんなにつらかったらそこから逃げてもいいんだ』っていうメッセージがこもっていたことを、監督が私が書いたものから拾っていただけたことが発見でした。『あぁ、そうかぁ、私は逃げる女を描いていたんだな』って。それを『それでいいよ、いいよ』って自分は言ってたんだなと思いました。
小説は“子ども”で、映画は“孫”、というわけではありませんが、映像になった“孫”から教えてもらったという感覚です。

確かに原作では、引いた目線で登場人物の心情が描かれています。ところがどこで見守られているような、あたたかい気持ちが伝わってきます。

『逃げたいときは、逃げてもいい。それがいいか悪いかなんて、自分が決めること』

そんな隠れたメッセージが作品にあって、映画では明確に意識されて表現されている、というのです。

<いまの釧路こその美しさ>

そんな桜木さんは、映画が、地元・釧路に対する新たな愛着を生んでくれたと話します。

自分は人に無理するなって言っていたわけですが、街にも無理しなくていいという気持ちでいることがわかりました。私からみると釧路は、帰る度にすごくきれいに年をとっているまちだと感じています。

人口減少に悩む釧路。いかに昔の活気を取り戻すかの議論もありますが、桜木さんは、いまの釧路ならではの良さがある、というのです。

私の大好きな景色の1つが弊舞橋の夕日なのですが、人のいなくなった通りに、ただただきれいな夕日があるわけです。やっぱり釧路の夕日ってきれいだな、って観光客も来てくれるんですよ。なんかそれがとっても嬉しいですね。元々人が来ていたところに人を戻すんではなくて、人も景色も流れていっていい。そう思っています。

<新型コロナがもたらす気づき>

「逃げてもいい」という自身の“隠れた”メッセージに気づいた桜木さん。

新型コロナウイルスの感染拡大で、息がつまるような逃げ場のない状況を、より多面的に見ることができるようになったといいます。

会えなくなったとか、不自由になったとかって言うけど、人と付き合うのが上手な人は、道具を変えても、どんな条件下でも、人と付き合っていますよね。でも苦手な人は苦手なままなんですよ。
私も人との付き合い、とても苦手なんです。でも私は長女だし夫も長男なので、盆暮れ正月に実家に行くっていうのは義務だったんですよ。だから実家に行くっていうのは仕事で、そこに前向きな感情を探すほうが難しかったんだけれども、実際に実家に行けなくなってみて、素直に心配になったんですね。今まで『逃げたい』と思いながらも、なぜか逃げずにいたことが、案外、必要だったことだったんだという気づきもありました。物事にはいろんな面がありますなぁと思いましたね。

厳しい状況だからこそ、物事の“隠れた”価値に気づくこともある。桜木さんはコロナ下での自身の気づきを、次の作品づくりに生かしていきたいと話していました。

<でも、本当に逃げていいの?>

「逃げてもいい」は、筆者の私にとって、とても勇気づけられるメッセージです。でも嫌なことから本当に逃げてもいいのでしょうか?
というのも、立ち向かえとか、頑張れ、とか、とよく言われるのが、社会人生活です。せっかくのインタビューの機会、そんな私の素直な思いをおそるおそる聞いてみると、桜木さんは力強く、こう応えました。

いままで『逃げる』という行為はマイナスなイメージでしたが、『進んで逃げる』、『積極的に逃げる』というのは、『前向き』と同義語だなと、私自身、思うようになりました。だから『逃げる』ことは、実際には『逃げる』ことではなくて、『明るい明日を探しに行く』ということなのではないでしょうか。
では、なぜ逃げてもいいのか?それは、あなたはあなただけのものだから。世のため、人のために、なんていわれることもあるけれど、その“人のため”に動かなければならないのは、あなた自身です。自分を大事にできないと、人も大事にできません。私はそんな風に思います。

<取材を終えて>

自分の気持ちに素直になれば、とるべき道は自ずと見えてくる。つらい場から『逃げる』ということも、実はいまの自分よりも、1歩も2歩も進んだことになる。

「あなたのどんな選択も、私は目をそらさずに見守ります」。私が桜木さんの作品を読んでいるときに感じていた「ほっこり」さに、インタビューを通して、私自身が、包まれているように感じました。

(札幌局 記者 飯嶋千尋)

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