鹿を狩る達人が北海道にいる。原田勝男さん(81)は、札幌近郊の岩見沢市で、山林と田畑の境界線に罠をしかけ、農作物や人に害をおよぼす野生動物を駆除している。日々、野生動物の命に向き合う原田さんに密着した。
罠で農地を守る猟師
原田さんが活動しているのは、札幌から特急列車で25分のところにある岩見沢。駅から車で20分ほど進むと、東部丘陵地域と呼ばれる山林のあいだに田畑が続くエリアが広がっている。

原田勝男さんは、ここで300ヘクタールほどの広さに30個ほど罠をしかけ、野生動物を駆除している。
原田さん
「鳥獣害は人間の生活に直接つながることだから、手放しではいられない。農家の人たちだけでもできない。やはり技術が必要だと」
なかでも農業に大きな被害をもたらすのが鹿。くくり罠と呼ばれる道具で捕獲する。

くくり罠とは、弁当箱のような形をした筒と踏み板、ワイヤーなどが組み合わさったもので、野生動物が板を踏むとバネの力でワイヤーが跳ね上がり、動物の足をくくる仕組みだ。
現在は、名古屋のメーカーが製造しているが、もともとは原田さん自身がホームセンターで部品を買い、改良してきた。80歳をすぎたいまなお、より良い罠の探求を続けている。
原田さん
「自分のなかで『もう今の罠で満足しろ』という声もあるけど、『もうちょっと頑張って効率的なものを作れ』という声もある」
狩猟から有害駆除へ
原田さんの原動力となっているのは、農家のためにという思いだ。出身は岩見沢の隣、三笠市。戦後の貧しさのなかで幼少期を過ごした原田さんにとって、うさぎなどの小動物を罠でとらえ食べ物をえることが日常だった。

30歳頃からは父や兄の影響で鉄砲をもち、狩猟を始めた。毎年、猟期に入ると仲間と道内各地に遠征し、野生動物との知恵くらべを楽しんでいたという。
原田さん
「狩りは楽しかった。自然のなかを自由に走りまわる動物を自分の考えで捕らえることだったから」
原田さんの左目はそんな狩猟中に失われた。20年ほど前、白糠町の山で狩りをしていた時のこと。背後のヤブから突如、ヒグマが現れた。振り向いた次の瞬間には銃を奪われ、襲われた。仲間の助けもあり、なんとか一命をとりとめた原田さん。しかし、顔の左側には消えない傷が残った。
原田さん
「彼らの住みかに入っていったのはこちら。憎しみはない。ただ、、、恐怖を刻まれた。人間はどうしようもなく小さい」
狩猟を続けるうちに、原田さんは知り合いの農家から「鹿が増えて田畑が食い荒らされる」という声を頻繁に聞くようになった。動物の動きをよむ勘や磨いた狩りの技を、農家の生活を守ることに生かせるのではないか。原田さんは、みずからが創業した重機の会社をたたみ、被害が多いと聞いた岩見沢に引っ越した。そんな原田さんにとって今でも忘れられない出来事がある。
それは罠の見回りを終え、車で帰宅する途中のこと。知り合いの農家が呆然と道ばたに立ち尽くしていた。視線の先を見ると、無残に倒されたトウモロコシがあった。

原田さん
「相当な面積、鹿に倒されてしまって、まともなもの一本もないぐらいめちゃくちゃにされたんですね。それを見つめるおっちゃんの様子が本当にしょぼんとしていた」
原田さんにとって、動物との対峙は遊びではなく、人生をかけたものになった。
罠で境界を守る
原田さんのこだわりは、罠を山林と田畑の緩衝地帯にしかけること。こうすることで、田畑に足を踏み入れ農作物を食べようと「境界をおかす」動物だけをとることができるという。
原田さん
「何でもかんでも殺せばいいというものではない。私はそう思っています」

罠のサイズは長い辺でも20センチほど。闇雲に仕掛けても動物はかからない。確実に捕獲するためのいくつもの技がある。まずは鹿が繰り返し通る「鹿道」を見つけること。地形や足跡などから見つけ出す。さらに、罠のそばには枯れ木をおいて鹿の動きを誘導する。
原田さん
「鹿の足は蹄だから、木を踏みたがらない。だから左足をここに置いたら、次に右足をここに置く」

4本ある鹿の足のうち、どの足で罠を踏ませるかまで、原田さんは考えるという。続けて中腰になり、鹿の目線の高さにあわせて何度も確認。鹿道の脇にはえる笹の葉一枚まで気をくばる。

罠を仕掛ける素早さのあまり単純そうに見えてしまうが、弟子の菅野敦さんによると、原田さんの技は容易にマネできるものではないという。
菅野さん
「原田さんの捕獲率の高さは驚異的です。教わったとおりやってみるんですけど、何かが違うんですよ。僕にはまだ分からない何かがある」
命を奪うということ
罠にかかった動物にとどめをさすことは「止め刺し」と呼ばれる。原田さんは、強い電流が流れる槍を止め刺しに使っている。やむをえない場合を除いて銃の止め刺しは避けている。

跳弾(=目標に命中しなかった弾が堅い物体に当たって跳ね返る現象)が起こる可能性がゼロではないことや、銃声で近隣の農家を驚かしたくないという配慮からだ。ただ、槍での止め刺しならではの辛さもある。
原田さん
「電気槍だと、手に鹿の心臓の脈が伝わってくる。受け止めなければならいと思っています。必ずあることだから」
止め刺しはできるだけ素早く行うべきだと考える原田さん。正確に心臓を狙うが、鹿は断末魔の鳴き声をあげる。

原田さん
「どうしても鳴き声をあげるね。心臓を一発でやってもダメだ。正直あれが嫌なのね。聞こえないふりしてやらないとダメだ…」
原田さんが頻繁に訪れるある場所がある。神社の敷地にある動物の慰霊碑だ。2005年に原田さんの提案によってたてられた。毎年8月には、農家や近隣住民が集まって「獣魂祭」(じゅうこんさい)も行われている。

原田さん
「なんで俺が動物を殺さなきゃいけないのか割り切れない気持ちもある。これ以上人間の世界で出てくるなと動物たちに言い聞かせてやりたいくらいだけど、それはできない。そこがまどろっこしいね」
ヒグマがかかった
原田さんが駆除するのは鹿だけではない。人身被害をもたらしうるヒグマとも対峙しなければならない。取材を進めていたある日、体重200キロを超えるオスのヒグマが罠にかかった。

ヒグマの止め刺しでは、厚い筋肉や脂肪に覆われた胴体ではなく、電気がとおりやすい口のなかに正面から電気槍をさしこむ必要がある。しかし、激しく抵抗するヒグマの動きをとらえるのは至難の業だ。電気槍をヒグマ奪われ、かみ砕かれてしまった。結局、この日は銃で駆除せざるをえなかった。

動物に「出てくるな」と言い聞かせてやりたいという原田さん。それでも、一度人里近くに現れたヒグマは山奥に放してもまた戻ってくる可能性が高いため、駆除せざるをえない。原田さんは、仕留めたヒグマに静かに手をあわせていた。

原田さん
「『命を奪って悪かったな。だけど、こんなところに出てくるお前たちも悪いんだぞ』とヒグマに心のなかで言い聞かせながら手を合わせている。……でも、本当は自分に言い聞かせてるのかもね。そうしないと次にいけないから」
止め刺しで最も大切なこと。それは“絶対に目をそらさない”ことだという。
後進を育てる
長年、東部丘陵地域を守り続けてきた原田さん。80歳をこえ、体力の限界を感じることも多くなってきた。そんななかで、農家の暮らしを守り続けていくため、後進育成に力をいれている。北海道大学の狩猟同好会や、酪農学園大学の狩り部のメンバーを岩見沢に招き、罠の仕掛け方や動物の捕獲を教えているのだ。

北海道大学狩猟同好会・佐藤楓真さん
「地形はどうなっているか、鹿はどれくらいいるか。それぞれの現場で判断していく原田さんの経験知を学べるのはとても貴重」
この取り組みを充実させるため、10月中旬からはクラウドファンディングにも挑戦。集まった資金は学生が使う罠やナイフの道具を準備したり、岩見沢までの移動費を補助したりするために使われる予定だ。
酪農学園大学狩り部・文屋一麦さん
「罠は学生で手作りしているが壊れてしまうこともしばしば。もし補助してもらえるなら、とてもありがたい」
かつては苦労して身につけた技を他人に教えたくないという思いが強かった原田さん。しかし今は、教えないことがむしろもったいないと感じている。
原田さん
「俺の時代はもう終わる。若い人には岩見沢に限らず全国で活躍してもらいたい。動物の命を奪うことは辛いことだし、批判されることもあるかもしれない。それでも農家のためにやるという“覚悟”を一番伝えたいね」
2021年10月14日
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