NHK札幌放送局

幼い頃の私へ―居場所づくりを始めた大学生

ナナメの場

2021年7月1日(木)午後3時52分 更新

「サードプレイスを日本中に広げたいんです」。初めて会ったとき、彼女は明るく、力強く、私に話してくれました。子どもたちの居場所づくりに奮闘する大学生は、かつて居場所を求めていた一人の少女でした。(札幌局ディレクター 川畑真帆)


新しい居場所をつくりたい

加藤めいさん(20)と出会ったのは、札幌の中心部にある学童保育を訪ねた時です。子どもたちからは、「めい~!」と終始引っ張りだこでした。

「子どもたちが心を開いて寄ってきてくれるのが、すごくうれしくて」

心の底から楽しそうに子どもたちと接している加藤さんに「前から子どもが好きだったんですか?」とたずねると、「半年前までは子どもと関わるようになるなんて思ってもみなかった」との答え。

実は、学童が入っている建物の1階が、大学生や社会人が共同生活を送るシェアハウスになっていて、そこに住み始めてから2階の学童の子どもたちとも接するようになったというのです。

もともとこの建物は4年前、ゲストハウスとしてオープン。その時、学童も併設され、子どもたちが国内外から訪れるさまざまな人と出会える場になっていました。

しかし、コロナで宿泊客が減り、ゲストハウスは休業。今年2月にシェアハウスとして生まれ変わったところ、そこに住み始めた学生たちが子どもと関わるようになったのです。

加藤さんは、シェアハウスに暮らしながら子どもと接するうち、ある思いを強くしていきました。

「学童に来ている子どもだけじゃなく、地域のより幅広い子どもが気軽に来られる居場所――みんなにとってのサードプレイスをつくりたい」

サードプレイスとは、自宅でも学校や職場でもない、居心地の良い第三の居場所のこと。月謝制で小学校低学年が中心の学童とは別に、小学生から中学生まで地域の子どもたちが無料で来られる居場所を作りたいと考えたのです。

加藤さんの力強い言葉のわけを聞くと、「私自身が子どもの頃、居場所がほしかったから」と話してくれました。


親にも友達にも話せなかった

小さい頃から今まで、親との仲は良いという加藤さん。しかし、ときには相談できないこともありました。

北海学園大学3年 加藤めいさん
「小学生の時、困りごとを勇気を持って親に相談したときに、軽めに流されてしまって。もちろん、親も子どもとの会話の全てを同じ目線で話すことは難しいと思うし、大人からすれば小さい困りごとだったなと今は思います。ただその時は、自分の悩んでいることを相談してもはね返されるんだ、自分が勇気を出してやったことが“つらい”という感情になって返ってくるんだ、だったら相談したくないな、みたいな感じになっちゃって」

高校では部活の主将を務めるなど頼られる存在で、教室でも明るく過ごしていましたが、だからこそ友達にも悩みを打ち明けづらかったといいます。

「自分は責任ある立場だからとか、自分は明るいキャラだからとか考えて、弱いところを見せてはいけないと勝手に思っちゃって。誰かに相談したり意見をもらったりすることなく、自分の中でずっと考えを巡らせて、どんどんつらくなっちゃったんですよね」

うつ状態のようになってしまった加藤さんでしたが、ある場所に通うことで、気持ちが楽になっていきました。

「週に1回、朝の時間に定食屋さんに行ってごはんを食べるようにしたんです。通っているうちに『おはよう』と言ってくれるようになったり、いつも頼むメニューを覚えてくれたり、そういう対応が嬉しくて。ゆったりした時間が流れている空間で、その時間は本当に心が休まります」

いるだけで心地よい居場所、自分の感情を肯定してもらえる居場所が、子どもにも大人にもあれば。そう考えるようになったのです。


子どもを地域のまんなかに

居場所づくりをやってみたいと考えていた時、学生や社会人が一緒に暮らすシェアハウスのことを知り、飛び込んだ加藤さん。そこでの出会いが、加藤さんの背中を押しました。

「知り合いもいなくて、年齢層も幅広いシェアハウスなんですけど、そこでそれぞれの興味や最近取り組んでいることについて日常的に会話が生まれて。今まで見てきた世界も価値観も違う人たちから、新しい考え方を教えてもらったり、こう思っているのは自分だけじゃないんだと気づかされたりして、やりたいことを明確にしていけたんです」

加藤さんの考えに共感し、一緒に活動してくれる仲間もできました。

さらに、ここで暮らしながら気づいたのは、”地域そのものが居場所になる”という可能性でした。

「この地域の八百屋さんやごはん屋さんを普段からみんなで利用していたんですが、そこの人たちが本当に“ご近所のおばちゃん”という感じで。通りがかったら『おはよう、何してるの?』『今日は暑いね』という会話ができる関係性って、私は体験したことがなかったから衝撃を受けたんです。住んでいる人みんなが声をかけあったり気軽に挨拶ができたりする関係性になるというのが理想だなって気づいて」

そうした関係性を地域で作るために、“子どもから広がる縁”が大切だと考えたといいます。

「地域って子どもから高齢者までいろんな人たちが住んでいて。地域をそういうコミュニティーにするには、まず子どもが集まる場所を拠点にして、そこに親や地域の人が関わっていくのがいいんじゃないかと。子どもをきっかけに周りの大人たちが意識を持つようになるという形が、ナチュラルで素敵だなと思ったんです」


新たな拠点は “お寺”

加藤さんは、同じ志を持つ大学生の仲間とともに、学童を運営するNPO法人とも協力して新たな子どもの居場所づくりを始めました。
その拠点にするのは、学童のすぐそばにあるお寺です。地域の人と普段からつながりのあるお寺なら、子どもたちが自然と地域の大人たちとふれあえると考えたのです。

住職の長谷川観樹さんも、協力を約束してくれました。

北海寺住職 長谷川観樹さん
「普段から学童の子どもたちも境内に遊びに来てくれています。いろんな悩みを抱える、子どもだけではなく大人の方も、誰でも心を寄せられる、頼りにできる場所としてこのお寺を使っていただけるということでしたので、喜んで一緒にやりましょうとさせていただきました」

こうして動き出した「寺子屋プロジェクト」。毎週木曜日の放課後、「創成東よってこ!『おちゃのま』ー地域のみんなの居場所ー」と題して、お寺の本堂や部屋を子どもたちに開放し、遊んだり勉強したりおしゃべりしたりできる居場所をつくることにしました。

もちろん、コロナ禍で始めることへの心配もありました。しかし加藤さんは、今だからこそ取り組みたいという思いを強くしていました。

加藤さん
「まだやらないほうがいいかもと思うこともあったんですけど、子どもたちにとってリフレッシュできる空間が、コロナ禍だからこそ必要なんじゃないかなって私は思っています。子どもが公園で遊んでいたら通報されたという話を聞いて、居場所がないことを『仕方ない』と片付けていいのかと。雨が降っても家にいたくなくても自由に来られる、『あそこならあいてる』と思える、安心感が持てる場所を提供したいんです」


“寺子屋プロジェクト”始動

6月半ば、コロナ対策を万全にして、いよいよ初日を迎えました。
さっそく近所の小学生たちが「こんにちは~!」と元気な声をあげてやってきました。

初めて入るお寺の本堂に、子どもたちは興味津々。おりんを鳴らしたり、太鼓をたたいたり、広い本堂の中で鬼ごっこをしたり、思い思いに過ごします。

加藤さんたち学生スタッフは、子どもたちとおしゃべりしたり、一緒になって遊んだり。住職の長谷川さんも優しく見守ります。

あっという間に時間は過ぎ、子どもたちは「面白かった!」「親切にしてもらった!」「絶対また来ます!」と楽しそうな表情で帰っていきました。

「また来週ね」と子どもたちを見送った加藤さん。手ごたえを感じていました。

加藤さん
「『あのお姉さんと走ったのが楽しかったからまた行こう』と思ってもらえるのが、子どもたちの居場所としていい形なのかなと思っているので、また来たいと言ってもらえて嬉しかったです。住職さんにも感謝しています。大学生と遊ぶことも普通じゃないけど、もっと上の大人がいて普通に話せるのは子どもたちにとって嬉しいものだったりすると思うので。
回数を重ねるごとにもっと会話ができていくと思うので楽しみです。時間をかけて関係性づくりをしていきたいなと強く思いました」


地域まるごとみんなの居場所に

寺子屋プロジェクトでは、地域の人たちをさらに巻き込む試みも始まっています。
『おちゃのま』オープンと同じ日、学生たちお寺のそばにある二条市場を訪ねました。お寺で子どもたちにふるまうごはんを、市場の人たちに作ってもらおうというのです。

北海道大学大学院修士2年 瀬川康さん
「地域食堂という形で、子どもたちだけじゃなく親子で来てもらい、この間一緒にご飯食べたねとか言いながら買い物に来るような関係ができていけばいいなと思っています」

市場も、子どもたちの支えになれればと、協力してくれることになりました。

札幌二条魚町商業協同組合 佐々木一夫理事長
「子どもが学校に行く時『こんにちは』と言ってくれるとすごく嬉しいよ。幼稚園の子たちなんか手を振ってくれるからさ。それだけでいいんだから」

加藤さんは、こうした地域の大人たちと子どもたちが関わるイベントなども、今後増やしていきたいと考えています。

加藤めいさん
「どんなことをしても受け入れられる環境で、多世代交流をして考え方を得られる場にしたいです。そして、気軽に話せる関係性を作りたい。『何かあったら言ってね』じゃなくて、普段から嬉しい、悲しい、やってみたいという素直な気持ちを話せて肯定しあえる関係性を大事に作り上げていきたいなと思います」

子どもも大人も、みんなが受け入れられる居場所を、地域の人と一緒に作りたい。
加藤さんたちの挑戦は、始まったばかりです。

2021年7月1日

創成東寺子屋プロジェクト(よってこ!「おちゃのま」)
大学生たちが札幌市中央区の北海寺で毎週木曜日14~19時に開催している居場所。対象は小学4年生~中学生。詳しくはNPO法人E-LINKのFacebookをご覧ください。

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