夕張の炭鉱と、そこで生きた人たちを描いた新たな演劇が、札幌市で幕を開けました。制作したのは劇作家・鄭義信さんで、映画「焼き肉ドラゴン」で、高度経済成長期の大阪を支えた名もなき人たちを描いたことで知られています。
なぜいま、北海道の炭鉱なのか。込めた思いを聞きました。(札幌放送局 飯嶋千尋)
昭和に生きた“炭鉱住宅”に暮らす人たちを描く
演劇、「五月、忘れ去られた庭の片隅に花が咲く」。夕張にある炭鉱の坑内作業員たちが暮らしていた“炭鉱住宅”を舞台に、作業員とその家族の生き様を描いています。
この劇を作ったのは、鄭義信さん。「月はどっちに出ている」、「岸和田少年愚連隊」、「焼き肉ドラゴン」などで知られる劇作家です。

鄭義信さん
「炭鉱っていうのは、日本の経済を大きく支えてきた産業のひとつだったんで、そのことをすごく、描きたいなあと思ったんです。身近な歴史ではあるんですけど、どんどんどんどん消えていってしまうので。僕は『記録する演劇』って言ってるんですけど、誰かの胸の中に残れば、記録されたらいいかなと思っています」
演劇では、昭和56年、「北炭夕張新炭鉱」で93人が亡くなった事故を取り上げています。家族が坑内に取り残される中、消火のために水で満たすことに同意した遺族。生き延びた作業員たち。そしてその家族が、同じ炭鉱住宅で生活していく葛藤を通して、鄭さんは“名も無き作業員たちの歴史”を描きたかったといいます。

鄭義信さん
「日本経済は、名もなき労働者たちがすごく支えてきた。そしてその彼らを使い捨てるというか、酷使するというか、それによって日本経済っていうのは発展してきたんだという、ある意味残酷なんですけど、時代の波に翻弄されてきた裏の部分を、やっぱりきちんと演劇として残しておきたかったんです」
北海道にも物語が生まれる歴史がある
事故で兄弟を亡くした元作業員を演じるのは、北海道釧路市出身の俳優、斎藤歩さんです。斎藤さん自身もこれまで北海道を舞台にした劇を作ってきましたが、「歴史がない」とも言われる北海道には、次の世代に語り継いでいくべき歴史が、数多くあるといいます。

斎藤歩さん
「北海道の人ってね今までは「北海道は歴史がないから」っていいわけにしたんです。点、点で興味深いものがあるんですが、それを結びつけて物語にしない、することを諦めてたんです。でももうそろそろ、物語になるんですよ。今回の物語のように、産炭地にも何代かにわたって生きた人がいて、ようやくそこに物語が生まれつつあるんです。ここで物語を終わらせるんじゃなくて、そこに生きている人たちが次の世代を生んで育てて、新しい物語をこれから作っていけば、これから北海道はもっともっとおもしろくなっていくんじゃないかなと思います。
そのためにも、この劇を見て北海道で生きてる人たちってすごく興味深いなと思っていただけて、自分たちがこれから北海道で生きていく上で、何かを考えるきっかけになると、この劇をやった意味があるのかなって思っています」

悲劇の中でも希望を
歴史をひもとくと、悲劇の中でも希望を見い出そうともがいてきた人たちの姿が見えてくる。鄭さんは、現代の人たちも参考にできる「生き様」が、“名も無き作業員たちの歴史”にあるといいます。

鄭義信さん
「こんなに悲惨な話がありましたよって意味じゃなくて、その負の歴史をいかに乗り越えていくか。その相克の中で、何に、どこに希望を見いだしていくのか。それに対する答えを劇の中であげられたかは分かりませんが、劇作っていうのは1つの希望を与えなくちゃならないと思っています。今回も、確かにその昭和という過去の、いわば負の記憶なんですけど、その記憶をいかに乗り越えて、いかにぼくたちはあしたにつなげていけばいいんだろうということを、舞台を見てくださった方と一緒に、考えられればいいなと思ってます」

どうにも解決できそうもない壁が立ちはだかり、自分では手も足も出ないという困難に直面することは現代に生きる私たちにもあり得ることだと思います。
それでも、人は前を向いて生きていくしかないし、庭の片隅に咲く花を見てふっと心が軽くなるような、わずかでも希望を見いだせるような、そんなできごとがあるかもしれないよ。そんなメッセージを、劇から受け取った気がします。