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「厚真町を“和牛メゾン”に」 起業家の挑戦 web

ほっとニュース北海道

2020年11月11日(水)午前10時13分 更新

厚真町の奥地に開発途中のまま放置されたゴルフ場建設跡地があります。そこを牧草が美しく茂る循環型の牧場として蘇らせるプロジェクトが進行しています。その名も“和牛メゾン”構想。グランドオープンはいまから105年後の2125年です。何世代もの継承を前提とした壮大なプロジェクト。42歳の起業家が自らの寿命を超えて挑む牧場づくりにこめた思いに迫ります。

厚真町で“和牛メゾン”の事業を進めるのは、起業家の野々宮秀樹さんです。

大学在学中に起業。配当受益権の流動化という手法を用いて、飲食店、コンサートホール、ゴルフ場など様々な事業を手掛けてきました。

個人の利益を優先した20 代

お金であったり、もっと個人的に豊かな暮らしがしたいであったりとか、モテたいだったりとか、そういった個人の利益を優先して、それをかなえるために事業をスタートしたのが20代の前半でしたね。

実家はアパレルの企画、製造、卸を生業にする自営業。「気がつくと私の身のまわりは経営者がマジョリティだった」と、会社員ではなく経営者の道を選んだのは無意識だったといいます。起業してから、金融のノウハウを生かして価値を生んできた野々宮さんでしたが、ある人との出会いでその考え方に“変化”が訪れます。その人とは、SONYの元会長・出井伸之さんでした。

(左が出井伸之さん)
僕はいちベンチャーとして、どれだけ儲けをあげられるかという世界で生きていたんですが、大企業はそれだけではないんですね。地域として、国としてなど大局を見て価値を創造しているんです。そして、一つの文化をつくっているんです。そのことを、出井さんの会社で働いたり、一緒に起業したりする中で肌で感じたんです。加えて、その当時、社会の中で新たな価値を創造するのに必要なものとして、お金の価値も相対的に目減りしている印象もありました。そうしたことが折り重なって、このままでは将来行き詰ってしまうと思ったのが20代後半から30代前半でした。この出会いは、僕にとって大きな変革になりました。

チェンジ!金融資本<文化資本 

そこで、野々宮さんが見出したキーワードが「文化資本」。
これまで大切にしてきた金融資本、お金を資本に価値を創造するのではなく、“どんな文化をそこでつくりたいか”という共有利益を最優先に掲げ、社会課題との対じし、未来への投資という共感を原資に新しい価値を生み出そうという考えでした。この考えを実行に移す背景には、事業に核があり、ビジョンが明確で、文化構築につながることが見えれば、自ずと資金はついてくるという金融マンとしての確信があったことは言うまでもありません。

お金の価値というのは短期的に考えることが多くて、特に金融の世界でいくと1年単位、ひどい場合にはクォーター単位です。その期間に事業の価値、創造できたものを測られるんですが、その尺度を考えていると、本質的な価値創造はできないんじゃないかというような考えに至ったんです。もちろん、短期がダメで長期がイイということではなく、短期では生み出せない価値が事業を長期に捉えることで生み出せる可能性があるということです。

文化をつくるには長期の取り組み欠かせません。
その事業にかける時間に相当する熱量も必須となる中、野々宮さんが生涯をかけて取り組みたいと考えたのが「お肉」だったといいます。

(放牧牧草牛のランプ肉のステーキ)

ただし、目指すのはサステイナブル=持続可能な生産体制であり、循環型の牧場です。そこに “和牛メゾン”と名付けた理由が隠されています。

一番の理想は、美味しいお肉が食べ続けられること。そこで参考にしたのは、フランスのシャンパーニュ地方のシャンパーニュ丘陵のメゾンとカーヴなんですね。彼らは土づくりから始めて、何代にもわたってテロワール(フランス語から派生した言葉で、それぞれの畑の土壌や地形、気候条件などを生かして特徴あるワインをつくろうという試み)を形成して、ブドウを育てて、ワインをつくって、そのお酒を楽しむ空間まで表現しているんです。それを僕たちは和牛でもできないかというのがいまの大きなビジョンです。豊かな自然環境の中、土づくりからはじめて、牧草を育てて、その牧草を食べて自然放牧で牛を育てる。同じ空間に、生産されたお肉を食べる世界観、空気感をつくることで、食肉文化、和牛文化を生み出そうというものです。それを厚真町をはじめ北海道の人達と協力してつくりたいというのが今の思いです。

厚真町の未来の姿

野々宮さんは既に、熊本県阿蘇地方の牧場と協力して広大な牧野を利用した循環型の畜産を実現しています。しかし、世界のマーケットを相手にするには物理的な距離がネックになっていました。世界と近く、都市圏の消費地も近接し、なおかつ広大な自然がある場所。その答えが、厚真町でした。
野々宮さんが初めて厚真町を訪れたのは、2018年8月。胆振東部地震の一か月前です。
しかし、視察の結果は「断念」でした。
計画がとん挫してから長い間、放置されていたにもかかわらず、森林の再生が進んでいないことが原因でした。牧野を形成するのに必須条件となる、しっかりと栄養分を含んだ土がないと判断しました。

その後、考えが大きく変わります。
きっかけは胆振東部地震。
厚真町に悲劇を生んだ山体崩壊の土砂の一部が、牧場建設地として検討していた町所有のゴルフ場建設跡地に運び込まれたのです。その知らせを受けて再びこの地を訪れた野々宮さんは、この土で厚真町に文化をつくろうと決めます。

ゴルフ場建設跡地も震災土砂も、町にとっては悲しみの記憶で負の遺産とも言えます。しかし、これらをかけあわせて地域に新たな産業が生まれれば考えが変わると思いました。被災地となる前から厚真町と関わりを持たせてもらい、被災後の姿も見てきたからこそ一緒に新しい価値をここに創造できると思っています。だからこそ地域の人の理解が大事でしたし、これからもともに歩んでいきたいと思っています。

地震で傷ついた地域の人たちの歩みに合わせて、一年以上の時間をかけて地元自治会に事情を説明。ことしに入り、合意を得ます。

そして4月。
厚真町と土地の賃貸契約を締結し、本格的に事業が動き始めました。

プレオープンは5年後の2025年。
そして、グランドオープンは2125年です。
野々宮さんは、3世代目がグランドオープンを支えることを前提に考えており、「少なくとも、いまの小学生が興味を持てるような事業に育てることが最低条件だ」と話しています。この5年で、どれだけ共感の輪を広げられるのか。105年後のグランドオープンの成否の第一関門と言えそうです。

105年後への第一歩

ことし9月、27あるゴルフ場のホールのうち、1ホールの土を整備しました。石を拾い、木材をひとつひとつ取り除いていきました。

地元・厚真町をはじめのべ100人の協力者が集まって実現した、105年後に向けた小さくも確実な一歩です。この先にある厚真町を“和牛メゾン”にというビジョンを最後に聞きました。

まずは、外部の方が興味を持ってくださるポイントになったらいいなと思っています。和牛メゾンみたいな施設は、おそらく日本国内には存在しないので、和牛と言えば厚真町、厚真町の和牛メゾンとしたい。そして、一回訪れてみましょうというところまで持っていきたいです。人が集えば文化が生まれる可能性があります。さらに、それが何代にも渡り、継承されれば、いま僕が考えている105年とは全く違う、さらに、もっと素晴らしい文化が生まれる可能性さえあると思います。大きな夢に向けて、いまは仮説検証を繰り返していこうと思ってます。もちろん、105年後のグランドオープンをはじめ、最後まで結果を見られないというのは残念な気持ちもしますが、それが楽しみでもあるんです。これまでの経験上、急につくったモノは、急に壊れていく可能性があると思っています。でも、じっくり作っていったモノに関しては、強靭な価値につながっていくのではないかなというのが、長年短期の利益と向き合ってきた僕のいまの仮説です。人生をかけた、寿命を超える長期の実証実験ですね。


【取材後記】
野々宮さんと初めてお会いしてからまもなく2年。この間、拠点を厚真町に移し、地域の自治会のみなさんに事業実現を熱っぽく語る姿を見てきました。「人生をかける」と文字で見ることはあっても、本気で取り組む人を目の前にすることはあまりないように感じます。その熱量に当てられた人がいま次々と集まり、“和牛メゾン”は、既に、地域の未来を思う情熱あふれる人の集積地となっています。被災地でもある厚真町の新たな産業の創造の一歩目から目撃している一人として、私も、プレオープンはもちろん、寿命の限り、その変化、文化の継承を見続けたいと思います。

(札幌局 アナウンサー 瀬田宙大)

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