NHK札幌放送局

流氷用語の基礎知識

流氷情報

2021年1月29日(金)午後2時53分 更新

これを知っていれば、流氷を倍楽しめる! 流氷用語の基礎知識をお送りします。

ことしも流氷シーズンがやってきました。
記録的に到来が遅かった去年と違い、ことしは比較的早くに北海道で流氷が確認されました。
網走市では1月17日、平年より4日、去年より23日早く「流氷初日」が発表されました。また、紋別市ではその3日後の1月20日、平年より3日、去年より15日早く「流氷初日」が発表されています。
さて、流氷の観測では、この「流氷初日」のように、さまざまな“ことば”が出てきます。流氷をさらに深く知るためのキーワード、「流氷用語の基礎知識」です。

「流氷初日」から始まります

199×年1月、当時、網走市に駐在していたNHK記者は、気象台近くの高台に住んでいました。
朝、高台から市内の取材拠点に向かう途中の下り坂、ふと遠くの海を眺めると、水平線上に白い帯が広がっていました。「流氷が来た!」
それから20年余ー。記者は毎年毎年、シーズン最初の流氷は、とくに気持ちが“上がる”そうです。

さて、流氷シーズン到来を告げるのが「流氷初日」です。(※「はつひ」ではありません。「しょにち」と読みます)。陸上の観測ポイントから肉眼で初めて流氷がみえた日のことです。
現在、気象庁は、網走、稚内、釧路の地方気象台で流氷を職員が目視で観測しています。
気象庁としてはこの3か所で「流氷初日」を発表しますが、その昔、観測ポイントは現在よりも多くありました。

紋別市や根室市のほか、雄武町、枝幸町にあった測候所で職員による流氷観測が行われていました。3か所の気象台とあわせて、道内では実に7か所で気象庁による流氷観測が行われていたわけです。
その後、気象観測機器の自動化を受けて測候所が順次無人化。4か所の測候所で長年続いた気象庁による流氷観測はなくなりました。
流氷観測は現在、一部地元の自治体に引き継がれています。

接岸 海明け 終日 …

「流氷初日」に似た用語で「流氷接岸初日」があります。
同じ「初日」でも、その意味合いは異なります。
「流氷接岸初日」とは、その観測ポイントからみて、沿岸の海が流氷で覆われて通常の船舶は航行できなくなった最初の日のことです。要は、海が流氷で埋め尽くされた状況です。なお、網走市や紋別市の流氷観光船は、流氷の海の中をしっかり進むことができます。むしろ、これらの観光船にとっては「流氷接岸初日」を迎えてからが“勝負どころ”でしょうかー。
ところで、「流氷初日」を迎えたからといって、その後も流氷が居座ってくれるわけではありません。
基本的に流氷は海に浮かぶ氷の固まりです。つまり、ときどきの風であっちに行ったりこっちに行ったりと動きます。北風に乗れば南下し、南風や西風に乗れば沿岸から離れていくわけです。
「流氷初日」の翌日には、流氷は沖に離れてしまっていた、なんてことは普通にあることで、その場合、再び沿岸に戻ってくることを待たなければなりません。
網走市では、2012年(平成24年)、「流氷初日」はことしと同じく1月17日でしたが、「流氷接岸初日」は2月17日とこの間、1か月もかかりました。

一方、「流氷初日」の反対の状況を「流氷終日」といいます(※読み方は「しゅうじつ」)。つまり、観測ポイントから流氷が最後にみえた日のことです。
とにかく動きのある流氷。「流氷終日」の確定までには時間がかかります。
一定期間、流氷がみえなくなると、過去にさかのぼるかたちで、「○○日が『流氷終日』だった」と発表されます。
なお、「流氷初日」から「流氷終日」までを「流氷期間」といい、このうち、実際に流氷がみられた日数を「流氷日数」と定義されています。これらはどれくらい、そのシーズンに流氷を楽しめたかの目安になります。
 
「流氷接岸初日」の反対の状況も定義されています。「海明け」です(※「うみあけ」と読みます)。
流氷が沖に去り始め、沿岸に一定の水路がひらけて船舶の航行ができるようになった最初の日のことです。
こちらも「流氷終日」同様、確定までに時間がかかることから、過去にさかのぼるかたちで発表されています。
「海明け」になると、オホーツク海は春の漁本番となります。前述のNHK記者は、海明け後の春の毛ガニ漁が思い出深いと話しています。流氷の海でたっぷり栄養をつけうまみが濃縮された春の毛ガニは、それはそれはおいしかったそうです。

なお、その定義のしかたから、基本的には、▽「流氷接岸初日」は「流氷初日」よりも後に、▽「海明け」は「流氷終日」よりも先になります。
基本的にはというのは、過去には「流氷初日」と「流氷接岸初日」が同じ日だったこともあるからです(※1960年(昭和35年)、網走市はいずれも1月12日でした)。また、「流氷初日」のあと、流氷がなかなか海岸まで近づかず、ついに接岸しなかったこともあります。網走市では1989年(平成元年)、「流氷接岸初日」は発表されていません。当然この年は、その反対である「海明け」もありませんでした。

去年の到来は記録的に遅かった

上の表は、去年の観測値をまとめたものです。
去年は流氷の到来が記録的に遅れ、「流氷初日」は網走市では2月9日と、過去2番目に遅くなりました。(※過去最も遅かったのが1993年(平成5年)の2月10日で、これとはわずか1日差でした)。

また、網走市では去年、▽「流氷接岸初日」は「流氷初日」の2日後の2月11日、▽「海明け」は3月16日、▽「流氷終日」は4月3日でした。
到来の遅れにあわせて去るのが遅くなったわけではなく、むしろ「流氷終日」は平年よりも8日早まり、結果「流氷期間」は55日と平年よりも26日短くなりました。去年は“遅く来て早く去った”わけです。

一方、去年は稚内市で2年ぶりに流氷が観測され、▽「流氷初日」が3月6日、▽「流氷終日」が3月10日でした。この間、「流氷期間」が5日ありました。
流氷は宗谷海峡から日本海に流れ込むことが少なくなく、稚内市でも比較的観測されています。ただ、最近は、流氷が観測された年であっても、「流氷期間」は1日、2日という状況が続いています。昭和の時代は1か月以上という年がざらにありましたが…。
なお、さすがに流氷が接岸する年は少なく、「流氷接岸初日」は2001年(平成13年)の1月9日を最後に観測されていません。平成の時代、流氷が稚内市に接岸したのは、この年と1995年(平成7年)の2年だけです。
ところで、4年前の2017年(平成29年)は、「流氷初日」がもっとも早かったのは1月25日、網走市でも紋別市でもなく、さらに北の稚内市でした。網走市よりも早く、稚内市で「流氷初日」が発表されたのは、気象庁の観測開始以来初めてのことでした。

一方、オホーツク海から少し離れている釧路市でも流氷観測が行われていることは少し意外かもしれませんが、勢力が強い年は、流氷は根室海峡を越えて太平洋に流れ込み、釧路方面にも流れ着きます。
ただ、さすがに流氷が釧路市までたどり着く年は少なく、最近では、2017年(平成29年)、3月22日に「流氷初日」を迎え、4月5日の「流氷終日」まで15日間の「流氷期間」がありました。この年は9年ぶりに流氷が観測できた年でした。
なお、釧路市では昭和の時代、流氷が接岸した年もあれば(※釧路市で最後の「流氷接岸初日」は1987年(昭和62年)の2月24日です)、1984年(昭和59年)のように「流氷期間」が63日と2か月以上あった年もあります。
今ではすっかり遠い昔となった昭和の時代ー。流氷の勢力は最近とは全然違っていたようです。

ここまで、「流氷用語の基礎知識」を解説しました。
さて、ことしの流氷は今後、どうなるのかー。どんなドラマがみられるのか、“展開”が楽しみです。

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