NHK札幌放送局

Do! | #28 Sasa Shumpei

デジタル戦略チーム

2023年7月21日(金)午後4時27分 更新

第28回に登場するのは、入局2年目・帯広局の笹ディレクター。2023年6月30日に放送した「北海道道 北海道の子育てどうしましょう~少子化対策へのヒント~」を制作しました。子育て経験はゼロ。実はもともと子育てにそこまで関心があったわけではなかったという笹ディレクターが、なぜこの番組を作り、取材を通して何を感じたのか? 番組の裏側を聞きました。さらに、体育会柔道部でのエピソードから、地域職員を志望した理由、就職活動に向けて取り組んだことなど、学生時代の話も深掘りします。

[Photo By 我妻 直樹 ]
[聞き手 富浦 麻穂(NHK札幌放送局 広報)]

笹 峻平 -Sasa Shumpei-
2022年、地域職員として入局。青森県出身。大学時代は文学部で、平安古典を研究。趣味は柔道やブラジリアン柔術などの格闘技、マラソン。特技は津軽三味線。

<目次>
1.子育ては“他人事”ではなく“自分事”
2.七帝柔道にかけた大学時代
3.ラジオに救われた経験から、マスコミの世界に

2023年6月30日放送
「北海道道 北海道の子育てどうしましょう~少子化対策へのヒント~」
北海道で子育て真っ最中の人たちは、どんな壁に突き当たり、地域や社会はどのようにそれを乗り越えようとしているのか? 地域の孤立しがちなママとお年寄りが手を取り合って子育てに向き合う上士幌町の取り組みや、陸別町で育休真っ最中のパパの奮闘と苦悩に密着したドキュメントなど、北海道で子育てに関わる人たちの最前線の現場を取材。先進事例なども紹介しながら、笑顔で子育てできる社会へのヒントを探る。
■笹ディレクターが書いた編集後記はこちら
■収録の舞台裏はこちら


1.子育ては“他人事”ではなく“自分事”


――6月に放送した「北海道道」のお話から伺います。今回番組でとりあげた上士幌町の取り組みは、もともと「北海道道」で放送する前に、リポートで放送されたそうですね。

2023年4月に「おはよう北海道 土曜プラス」で最初に放送して、そのあと5月に「ほっとニュースぐるっと道東!」でも放送しました。5月の放送では、4月のリポートでは補いきれなかった部分も追加して、2回にわたってお送りしました。


――番組では子育てをテーマにとりあげていますが、実は子どもがあまり得意じゃないそうで?

あまり言っていいのかわからないですけど、子どもは少し苦手で……(笑)。子育て自体も特別興味があったわけではなかったので、取材を始めた頃はわからないことばかりでした。
僕には妹がいるんですが、2つしか年が離れていないですし、親戚に赤ちゃんもいないので、どうやって子どもを育てるかというのが本当にわかっていなくて、「この子、首すわってないね」と言われても、「首すわるって何ですか」っていう、そんなところから始めました。


――そもそもどうして子育てについて取材しようと思われたんですか?

もともと、「地域でもこんなことができる」ということをお伝えしたくて、十勝で起業している人をメインに取材していたときに、上士幌町の「ママのHOTステーション」を紹介してもらいました。
初めて取材に行ったとき、赤ちゃんもお母さんも高齢者も笑顔の空間がとてもすてきだなと感じました。僕自身、おばあちゃん子で、子どもの頃は祖母に育てられた経験があったので、それを地域でやっているという取り組みがいいなと思ったんです。こういう場所って、えてして高齢者が「私が若い頃はこうやったんだ」って価値観を押しつけてしまったり、母親どうしでギスギスしてしまうこともあると思いますが、それが起きていないのは何でなんだろうと気になったのがきっかけで、取材を進めました。


――子育ての経験がない中で、子育てをテーマに番組を作るというのは、難しさもあったのではないでしょうか。

難しかったですね。札幌局で育休経験があるデスクや、高校生の娘さんがいる編集担当など、いろんな人に話を聞くようにしました。「自分が育休をとったときはこうだった」とか、「自分はこうやって子育てした」みたいなことを、局外だけでなく、局内でも取材して、たくさんの人の意見を聞きながら番組を作りました。


――子育てのしんどさや苦しさをクローズアップした番組もある一方で、今回の「北海道道」はナレーションも含めて明るい雰囲気だったのが印象的でした。これは意識されたんですか?

その点は、チーフプロデューサーとも結構話し合いました。僕ぐらいの世代――20代後半の世代って、今の社会情勢の中で子育てをすることに不安を感じる人も多いと思いますし、僕もその一人です。今回、番組を作る上で、そういう人たちが、ちょっとでも「子育てをしてみたい」「大変そうだけど、自分でもやれるかもしれない」と思ってくれたらいいなということを大事にしました。番組を見た人が、暗い気持ちで終わるのは嫌だったんです。
ただ、一方で、視聴者からは、北海道はなぜ少子化が進んでいるのかとか、具体的に政府にどう働きかけたらいいのかとか、もうちょっと課題に踏み込んでほしかったという意見もいただいたので、そこは反省点かなと思っています。


――帯広局のキッズスペースを使って、親や子どもたちと一緒に収録していたのも、ふだんの「北海道道」とは雰囲気が違って新鮮でした。このキッズスペースは、期間限定でオープンされたそうですね。

帯広局では部局横断でプロジェクトチームを立ち上げて、視聴者が今求めているものを作っていこうという取り組みをしているのですが、そのチームで以前おびひろ氷まつりやNHKイベントの来場者にアンケートをとったところ、「子どもを連れて行ける場所がない」という意見が多くあがりました。
帯広局の隣には市役所や公園があって、保育所も近くて、結構人通りが多いんですよ。それで、帯広局に親子が集まることができる場所があれば、楽しんでもらえるんじゃないかと思い、期間限定でキッズスペースをオープンしました。
■帯広局のキッズスペースとは?

NHK帯広放送局のキッズスペースで収録した「北海道道」


――取材を通して、いろいろと発見もあったと思うんですけど、一番印象に残っていることは何ですか?

結婚して、パートナーがいて、子どもがいて、それで家のことをやるのって本当に大変なんだなということを改めて知ることができました。SNSでは「子どもを育てるってすごく辛いんだ」という投稿をよく見かけますけど、取材するまでは、それって実際どうなんだろうっていうのが僕の中にあって。僕の母は、僕を産んだときに一度仕事を辞めてますし、祖母もいたので、もちろん実際は大変だったとは思いますけど、当時はそこまで大変そうな印象がなかったんです。
でも、取材を通じて、今の時代、こんなに子育てをするのが大変なんだっていうことはすごく感じましたね。取材に協力してくれたお母さん、お父さんが、子育てをすることで社会から離れたような気分になったり、孤独になるということを話していて、それは取材中も感じるものがありました。


――仕事と育児の両立という観点も大事ですが、それだけでなく、子育て世帯を支える社会のあり方みたいな部分にも課題があるということでしょうか。

取材を進めていく中で感じたのは、制度はそれなりに整っているんじゃないかということです。今回取材した陸別町のケースでは、最長で子どもが3歳になるまで育児休業を取得することができますし、上士幌町の場合は高校卒業まで(18歳まで)の医療費を全額無償化しています。北海道の各自治体を見ると、子育て支援を手厚くしているところは結構あると思います。
ただ、今回、陸別町で育児休業を取得しているお父さんに4日間密着取材をさせてもらいましたが、その中でご本人も言っていたように、「男性が仕事を休んで何するの」っていう世間の目というか、周りが今の時代の子育てをわかっていないんだろうなっていうのはとても感じます。僕も正直、取材をするまではそういう考え方をしていたところがあったので。
番組にご出演いただいた大学の先生もお話しされていましたが、結局、政治家だったり周囲が子育てに対する「実感」がわいていないから、いろんな制度を作っても実態は変わらないんじゃないかというところはあると思います。


――「北海道道」を制作したのは今回が初めてということですが、その点で何か大変だったことはありますか?

今までVTRをリポートにすることはやったことがあるんですけど、「北海道道」のようにスタジオで鈴井さんが話して、多田さんが話して、出演している先生がこういう情報を出して……というのはやったことがなかったので、大変でした。しかも生放送じゃないので、編集も必要で、そのあたりの番組の作り方みたいな部分をどうしたらいいんだろうっていうのが、初めは全然わからなかったです。


――出演者どうしの掛け合いも含めて、番組全体の構成を考えるということでしょうか?

そうですね。もともと「おはよう北海道土曜プラス」で出したリポートは、上士幌町の取り組みだけを紹介したものだったので、「北海道道」では、上士幌町のVTRのあとにどうやって陸別町のVTRにいって、それを踏まえてどういう感じで終わらせるかとか、そのあたりの構成を考えるのが難しかったです。


――番組を通して一番伝えたかったことは何ですか?

全員が子育てについて自分事として考えてほしいなと思って番組を作りました。それは親だけじゃなくて、高齢者だったり、僕みたいに独身で子どもがいない若い世代だったり、そういう人たちもみんなが自分事として考えてほしいというか。子育てというのは、親や政治家だけが考えるべき問題じゃないんだよっていうことを伝えたかったです。


――今後、取材してみたいテーマがあれば教えてください。

学校現場を取材してみたいです。僕の両親も妹も学校の先生なので、先生がどれだけ大変かっていうのは理解しているつもりですし、北海道はどんどん生徒が少なくなっている中、小学校と中学校を統合して小中一貫校を作ったり、全国から生徒を呼んでいる高校もあったり、そういう取り組みなども含めて学校現場を取材したいなと思っています。



2.七帝柔道にかけた大学時代


――学生時代のお話についても伺いたいのですが、大学では柔道部だったそうですね。

北海道大学の柔道部でした。


――北海道大学の柔道部ということは、寝技中心の「七帝柔道」(※)ですよね?

北海道大学を舞台にした、七帝柔道を扱った小説(七帝柔道に憧れた作者が、北海道大学柔道部に入部し、同期や先輩に囲まれながら厳しい練習をこなしていく自伝的小説)が昔話題になって、それを読んで北大に入ろうと思いました。

※七帝柔道……北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学の旧帝大の柔道部で行われている寝技中心の柔道。オリンピックなどの大会で行われている一般的な柔道とはルールが異なる。


――七帝柔道がやりたくて北大に入るというのは、まさに小説の主人公と同じですね。

一度、作者ご本人にお会いしたことがあります。作者は愛知県出身の方なんですけど、僕が大学1年生のときの七大戦(※)の開催地が名古屋だったんです。試合が終わったあとの飲み会にOBとして来られていて、そこでお会いしました。「小説読みました」って一言挨拶したぐらいですけど。

※七大戦……全国七大学総合体育大会のこと。北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学の7つの大学間で行われる体育大会。主管は持ち回りで、各大学の体育会が中心となって運営する。さまざまな競技種目ごとに順位をつけて競い合う。


――私も小説を読みましたが、練習の過酷さに衝撃を受けました。なぜあえて七帝柔道の道を選ばれたんですか?

中学、高校と柔道部だったんですけど、どちらもあまり強くなくて。でもせっかく柔道をやっているんだから、極めたいという思いがありました。大学から柔道の強い学校に行ってオリンピック選手になれるわけでもないし、何か別のやり方で極められないかなと思って、七帝柔道を選びました。


――入部してみて、いかがでした?

大変でしたけど、その分面白くて奥が深いというか。中高と柔道を6年間経験していても、大学から始めたばかりの柔道歴1,2年の人にぼこぼこにやられるんですよ。それってやっぱり理論をもって取り組んでいたり、週6日、本当にハードな練習をしていたり、そういうことがあるからこそこんなに強いんだろうな、こんなに極められるんだろうなっていうのはあって、すごいなと思いました。


――七帝柔道は寝技中心の特殊なルールということですが、通常のルールを用いた大会にも出場するんですか?

出場はしますが、僕たちは通常の国際ルールの練習は全くしていなくて、七大戦のためだけに練習しているので、もちろん投げるのがうまい選手とか、高校で実績のあった選手とかは、通常ルールの大会でも勝とうと思ってやっていますけど、僕はあまり考えていませんでした。出場してもだいたい反則負けで。


――七帝柔道の選手にとって、やっぱり七大戦というのは特別な大会なのでしょうか。

そうですね。七大戦の優勝を目指して毎日ひたすら練習していました。


――七大戦で、何か記憶に残っているエピソードはありますか?

僕が1年生のときは3位で、2年、3年のときは最下位だったんですよ。2年生のときは札幌開催だったんですけど、それでも最下位で。だから僕は、現役時代ほとんど勝てなかったんです。もうすごく悔しくて。
しかも、僕は大学に5年通ったんですけど、4年目・5年目の大会は新型コロナウイルスの感染拡大で中止になってしまったんです。そのときに、自分がやってきたことは何だったんだろうって思いました。「優勝した」「何人倒した」とか、数字に出るとやっぱり嬉しいものですけど、それがずっと負け続けてきたので、本当に悔しい思い出で。
でも、僕が卒業した翌年の2022年と2023年の七大戦で後輩たちが優勝してくれたんです。社会人になった今でも、土日とか時間のあるときは札幌に行って、部活に顔を出して後輩たちと練習するようにしているんですけど、大学のコーチに、自分たちはずっと最下位で勝てなくて、何だったんだろうっていう話をしたとき、「弱い時期も、コロナで大会ができない時期も、こうやってバトンをつないでくれた人がいるから、今優勝につながっているんだよ」と言ってもらえたことは、すごく嬉しかったです。



3.ラジオに救われた経験から、マスコミの世界へ


――就職を考えるときに、マスコミで働こうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

大学時代、ちょうど胆振東部地震があった時期に、人間関係とかで悩んで、さらにバイトも忙しくて体をこわして、半年くらい引きこもってしまった時期があったんです。単位を取って、就職活動をして、卒論を出して……というのは全部無理だなと思ったので、3年の後期から1年間、休学しました。
引きこもっていると昼夜逆転してしまって、夜中に眠れなくてラジオを聞きながら散歩するんですよ。そのときのパーソナリティーの言葉とか、ちょっとばかばかしい話とかにすごく励まされて、助けてもらったので、見ている人、聞いている人に寄り添えるものが自分も作れたらいいなと思ったのがきっかけです。最初はお笑い芸人になろうかなって思ったときもあったんですけど。


――お笑い芸人?

大学4年生と5年生のときに、部活の仲間と一緒にM-1グランプリに出てみたんですけど、2年連続1回戦で敗退して。もう全然ダメで、これは向いてないなと思って、ラジオやテレビ番組の作り手になろうと思いました。


――「作り手になりたい」とおっしゃいましたが、もしディレクターになれたら、どんな番組を作ろうと思っていたんですか?

いろんな人に出てもらう番組を作りたいなと思っていました。今、スマホで動画を撮ってSNSに投稿する人が多いじゃないですか。みんな自分の写真や動画を撮ったりしていて、そういう中で、テレビ離れとは言われていても、中にはテレビに出たいって思っている人もいるんじゃないかなって。
やっぱり自分がテレビに出るとなると、「あした○○に出るよ」って周りの人に伝える人も多くて、テレビってすごくそういう力があるものだと思います。いろんな人が出られる番組を作れたら、出る人も嬉しいし、作り手としてもやりがいがあるなと。


――就活のときは、テレビやラジオに関係する会社を受けたんですか?

北海道の民放やNHKを受けました。地元の青森か北海道で働きたいというのがまずあったので、インフラ関連の会社だったり、マスコミ以外の企業もいくつか受けました。


――北海道で働きたいと思ったのはどうしてですか?

地元じゃないところで働くのってどうなんだろうと思ったこともあったんですけど、学生時代を北海道で過ごしてみて、すごくいろんな人に出会えて良かったなという思いがあったのと、ずっと柔道の練習ばかりしていて、北海道にいても札幌以外どこにも行けなくて。それで、もっといろんなところに行ってみたいなと思い、NHKだと北海道に7局あるので、北海道の地域職員を志望しました。


――北海道の人や土地が好きとか、そういう部分もあったのでしょうか。

そうですね、人が好きです。北海道は自然の魅力にひかれていろんなところから人がやってきますが、そういう人たちって、それぞれにルーツがあって、人生経験が豊富な人も多くて、面白い話を聞かせてくれたりして。
あと、僕はあまり一つの場所にずっといられるタイプじゃないので、できればいろんな町をまわってみたいと思っています。札幌はいい町ですけど、札幌から釧路に行こうとか函館に行こうと思っても、遠くて難しいなと感じていたので、地域職員だと異動でいろんな町に住める可能性があって、それがいいなと思いました。


――もともと、人と関わるのは好きなほうなんですか?

あんまり得意じゃないです……。


――えっ、そうなんですか? ディレクターは人と関わる機会が多い仕事なので、意外でした。

最初は本当に全然ダメでした。緊張して取材先のドアが開けられないんです。いまだに緊張しますけど、最初はもうひどかったです。「これを聞くんだ」とか「これを見ていくんだ」とか、そういうのをちゃんと文章化したり、自分の中で整理するようにしたら、ちょっとだけ緊張しないようにはなってきました。
いろんな人に会いたいっていうタイプのディレクターもいますけど、僕はなかなか。打ち解けたらいいんですけど、そうなるまでが苦手なので、難しいですね。いまだに足が震えます。


――取材先と打ち解けられるように、何か工夫していることはありますか?

なるべく自分の話をするようにしています。「僕も妹がいるので」とか「うちの母も学校の先生で」とか、そういう自分の情報を出して、相手と同じ共通点があったりすると、すごく親近感をもって話してくれると思うので、それこそ子育てのように自分に経験がないテーマの取材の場合でも、なるべく相手との共通点を見つけて会話するようにしています。


――社会人になった今、振り返ってみて、就活でやっておいて良かったことはありますか?

毎日、新聞を読んだことと、とにかくいろいろな人と面接練習をしたことです。新聞を読むとそのときの時事問題がわかるし、文章の書き方や面接での答え方も参考になりました。面接練習は、答えるのはもちろんですが、自分が質問する側になるのもいい練習になりました。


――ニュースはネットで見るという人も最近は多いと思いますが、あえて新聞を?

ネットニュースは正確性がわからないものも多いですし、自分の調べたいニュースを探せるのはいいことですけど、逆に自分の興味あるニュースしか調べられないなと。新聞だったら、見出しだけでも読んだらそのときどういうことが問題になっているかがわかりますし、毎日載っているニュースだったら、「あ、これ大事なニュースなんだな」とわかります。新聞を見て気になったニュースをメモしたりというのはよくやっていました。ブロック紙と全国紙を1つずつ読んでましたね。テレビもいいですが、ニュースを放送している夜の時間帯って、学生は忙しくてあまりテレビを見る時間がないので。


――面接練習で自分が質問する側になるというのは、面接官の気持ちがわかるとか、そういうことですか?

たとえば僕が「学生時代に柔道をやっていました」って話をしたときに、人によってそこで次に何が気になるかが違うんだなと知ることができました。知っている人だったら「七帝柔道ですよね」ってなりますし、知らない人だったら「オリンピック目指してたんですか」ってなるかもしれないですし。
就活って、自己分析を深掘りしろってよく言われますが、どうやって深掘りしたらいいかが、自分が聞き手になるとわかるというか。この話をしたら、相手はどこが気になるんだろうというのがわかるようになると思います。


――地域職員として働くやりがいや魅力というのは、どんなところでしょう?

取材していると、「NHKの人って今度は東京に行くんでしょ」と言われることがあるんですけど、「ずっと北海道にいますよ」って言うと、すごく好意をもってくれるというか、興味をもってもらえるというのはありますね。あと、地域職員はジョブローテーションがあるのも魅力だと思います。自分に合った仕事を探すことができるという意味では、ジョブローテーションというのはいいなと思います。


――ディレクター以外でやってみたい仕事はありますか?

「NHKのど自慢」みたいに、町の人を呼んで作るイベントに興味があって、そういうイベントをどうやって作っていくのかというスキルは身につけていきたいなと思っています。あと、記者はいろんなジャンルを長期間継続して取材することができるので、憧れる部分があります。


――最後に、今後の目標を教えてください。

「北海道道」の取材をしたのも、もともと「地域にこんな面白いことをしている人がいるんだよ」っていうことを伝えたかったので、そういうふうに地域で活動している人たちが、町をこれからどう作っていくのか、帯広市のデパート「藤丸」が閉店したあと、これからどんな人たちの力で、どんなふうに盛り上がっていくんだろうっていうのは、今後も取材していきたいです。暗いニュースもたくさん聞きますけど、「そんな中でもちゃんと頑張っている人がいて、こんなことをやろうとしているんだ」っていうことが、番組を見た人に伝わればいいなと思います。


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