NHK札幌放送局

ウニだけじゃない通信003【特別編】「問題を解決するピースが揃った」山と緑が導く新たなアクション / 想いが息吹く町、積丹の記録(後編)

北海道ソリューション

2022年8月9日(火)午後3時56分 更新

北海道の西海岸につき出る積丹半島の先端に位置する町、積丹。この町では今、新たな動きが至るところで起きているらしい。人口1800人ほどの町で、次々に新しいアクションが生まれているとはどういうことなのか?積丹町で挑戦を始めた人々の想いと、見据える未来を20歳ライターのももが聞いてきた。

前編ではニシン漁やウニ漁など栄えてきた積丹で進む、伝統継承と新たなプロジェクトに取り組む人たちにお話を伺った。海のイメージが強い積丹だが、新たな動きは山側でも起こっているという。後編では、山側で新たなチャレンジをする人たちの今とこれからを追う。

羊の魔力に魅せられて。1000頭の飼育を目指す、羊飼いの挑戦

海を離れ、まず訪れたのは牧場。積丹では、前編で話に上がったホソメコンブを使った新たな名産品を生み出すべく、一つの牧場が立ち上がったという。積丹のウニが育つために必要不可欠なこの海藻は、ウニでも人間でもない他の生き物にも食べられており、重要な役割を果たしているそうだ。

後志管内積丹町では、ホソメコンブを羊の餌としても活用し、羊肉の特産化を目指す取り組みが行われている。

この取り組みを発案した、羊飼いの皆川公信さんにお話を聞いた。

新潟出身の皆川さんは、学生時代に元々町営牧場だったこの土地の管理を申し出ていたオーナーと出会い、「積丹に牧場あるんだけど、羊と牧場はいらないか?」と聞かれ、その後、この牧場の運営管理、羊の飼育等のほとんどを託されたという。

積丹で育った養殖コンブを羊に与えることを思いついたのは、他の牧場の視察を通じてワカメが肉の臭みを消すことを知ったことがきっかけ。わかめと同様に、積丹で育った養殖コンブも羊に与えられるのではないだろうか?と思い立ったそうだ。何頭かの羊で実験してみたところ、やわらかくクセのない羊肉が好評になったという。

(餌やりを行う様子を見学。一斉に餌を食べ始める様子にほっこり。現在は、8月~10月で肥育する期間にホソメコンブを食べさせているそうだ)

2年前に9頭の羊から始まった牧場では、今では130頭もの羊を飼育しているそうだ。将来的には各地に牧場を持ち、1000頭の羊を道内で飼うことを目指していると教えてくれた。

皆川さん
羊は、紀元前から私たちと共に時代を辿ってきた家畜です。世界最古の家畜ともいわれていて、他の動物にはない『魔力』があるように思えます。草を食べてのんびりと暮らしているだけなのに、一日中見ていられますね。

羊の可能性を広げることを目指し、積丹で挑戦を始めた皆川さん。「近い将来、『積丹の昆布を食べさせた羊』が新名物になることを願っています」と楽しそうに話す姿が印象的だった。

「見過ごされていたものに、いのちを吹き込む」新たな名産品で経済の活性化を狙うEZOガール

今まで積丹で見落とされていたものを生かして、積丹の経済を活性化しようとする動きも見つけた。『EZOガール』として積丹の発信をSNSで行う細川菜々子さんは「羊の毛」を使った製品を生み出すために奮闘している。

羊は定期的に毛刈りをする必要がある。定期的に毛を刈らないと伸び続けてしまい、熱中症や皮膚病を引き起こすからだ。しかし、ここで刈り取られた毛はすべて廃棄されている。

「無駄になっているものがあると知っているのに、見過ごすことはできない」そう考えた細川さんは「羊毛石けん」を作ることを思いついたそうだ。

羊毛石けんは、羊毛を石けんに巻き付けることで作られる。羊毛は空気を含みやすいため、直接身体を洗えて、泡立ちやすいことが特徴とのことだ。

石けん作りは刈り取られた毛を洗って干し、手作業で草や埃を取り除くところから始まるため、丁寧な作業が求められる。羊毛は石けんの「水をつけると溶け出し、乾くと固まる」性質を使って巻き付けられているため、化学物質を一切使わない環境にやさしい製品に仕上がっている。

積丹の今を見直すことは「他の地域からやって来た私だからこそ、やる価値がある」

細川さんは、今年の4月に積丹町へと移住したそうだ。初めて足を踏み入れてから3ヶ月も経たないうちにこの町で挑戦を始めた想いを聞いてみた。

細川さん
私はまちづくりのことに昔から興味があったわけではなく、元は航空業界で働いていたんです。新卒で新千歳空港の総合案内所で北海道の観光情報を案内する仕事をしていたのですが、仕事のなかで気づいたのは「自分はまだまだ北海道を知らない」ということでした。そこで実際に道内に足を運び、その土地で得たリアルな情報をお客さんに届けるようになったんです。
しかし、社会人2年目にコロナウイルスの影響で空港にお客さんが来ることがほとんどなくなってしまいました。せっかくの知識や経験を伝える機会がなくなってしまうのは勿体無い!そう考えて、SNSで北海道の魅力の発信を始めました。活動を通して「これが自分の仕事になればいいな」と思い、転職を考えたのが今の生活をするようになったきっかけです。

転職先として積丹に移住し、地域のために活動をはじめた細川さん。羊毛石けんを作ろうと考えたのは、岬の湯で行われた羊の毛刈りを体験したのがきっかけなのだとか。刈った毛が捨てられていることを知ったことから、自分の趣味である「ものづくり」を通して地域課題を解決しようと動き出したと言う。

細川さん
いまは一人で羊毛石けん作りを行っています。細かい作業が必要ですし、大量に生産するのはたしかに大変ですが、他の地域からやって来た私だからこそやる価値があると考えています。

従来からの地場産業に従事して、生計を立てている訳ではない私だからこそ、積丹の今をフラットな視点で見つめ直して課題を解決していきたいとお話してくれた。

細川さん
これからは、小学生に向けたワークショップや販売に向けて動きたいと考え中です。今までは廃棄されていたものや環境に良いものだけを使ったこの商品を通じて、積丹の経済を活性化させたいと考えています。

見落とされていたものを再利用することで「命を吹き込む」細川さんの挑戦。今の自分にできることを常に考え続け「他にもまだまだやりたいことがたくさんある!」と語る姿が輝いて見えた。

お酒づくりを通して地域を活性化 / 地方創生事業から生まれた企業が届ける「日本一手間隙をかけた」クラフトジン

積丹の山側の動きを語る上で欠かせないのが、クラフトジン。積丹では2年ほど前からハーブや花を使ったジンが開発されており、積丹の地方創生事業から生まれた企業が事業を運営している。

ジンの原料となるボタニカルの栽培から蒸留までを手がける岩崎秀威さんにお話を伺った。

自分たちの手で栽培から製造までを担当。積丹半島を象徴するジン造り

地域活性や地方創生に向けた取り組みとして「積丹半島を象徴するようなクラフトジン造り」が始まったのは、2016年頃のこと。有名なジンの蒸留所があるスコットランドと積丹の地形が似ていたことから、クラフトジン造りに可能性を見出したそうだ。

原料となるボタニカルが栽培できるか植生を調べるところから始まり、実験や海外視察を通して2020年に販売がスタート。現在使用しているボタニカルは岩崎さんたちの手によって積丹で育ったものがほとんどで、栽培から製造までが一気通貫で行われている。

(ボタニカルガーデンの様子も見学した。本来生えている環境を再現していて、数十種類のハーブを生育している)

岩崎さん
積丹には90ha以上の遊休農地があり、手がつけられていない土地がたくさんあります。そこをボタニカル農園にして、ジンを作るための試験栽培を始めることにしたんです。

土壌研究者が手がける『北海道』にこだわり抜いたクラフトジン

ラベンダー、ハマナス、ローズヒップ......今までに作ってきた20種類ほどのボタニカルを使ったお酒を組み合わせて作られるジンは、試行錯誤を重ねて今の味となったそうだ。

ボタニカル農園で作業しているときに岩崎さんたちが感じている香りをそのままジンにしたいという想いから、普通の蒸留器よりも低い沸点で蒸留できる減圧蒸留器も取り入れるこだわりっぷり。アカエゾマツの新芽を使っていることも、このジンの特徴だ。

実は岩崎さんは、もともとジンの知識があったわけではない。

岩崎さん
今でこそ僕がジンのブレンドの大枠を決めていますが、元々僕は大学で土の研究をずっとやってたんです。だから、ボタニカルを育てる知識はあっても、お酒の知識はゼロでした。そこで本場スコットランドに研修に行き、お酒造りのノウハウを得ることにしたんです。
僕の研修が終わるまでは酒類の製造許可も降りなかったため、国の研究所で試験蒸留をしていましたね。ボタニカルを育てるための畑を作り、ノウハウを得て、蒸留する......ここまでにかなりの時間がかかりました。

(減圧蒸留器。気圧を下げることで原料由来の成分や雑味の抽出が抑えられ、スッキリとしたお酒が出来上がる)

そんな過程を経てジンを製造するようになった岩崎さんたちは「本場のクオリティ」を追い求めていた。本場と同じ原酒や同じ種類のボタニカルを使ったりすることで、オリジナルなジンの味わいを再現しているという。

バーテンダーだったわけでもお酒のプロだったわけでもなかったことに意外性を感じるとともに、数年で身に付けたとは思えない知識の量とプロフェッショナルなこだわりに圧倒された。土のプロとして農園で感じる香りをそのまま届ける姿勢にも、岩崎さんたちの造るジンらしさを感じた。

(『エゾノカワラマツバ』という「蝦夷」の名称が入ったボタニカルを使うなど、積丹魂を入れ込むことも忘れない)

(試飲を繰り返し、試行錯誤しながらより良い味を求めていく。一企業の工場というよりも研究所を見ているようだった)

地域を盛り上げる可能性を秘めた企業が揃った / 積丹のこれから

最後に、岩崎さんたちが今年はじめたプロジェクトの現場を見せてもらった。「地元の子供たちに何かできないか」と植樹やジンの贈与を通したまちおこしを開始したそうだ。

岩崎さん
植えた木が成長するには20年ほどかかります。子供たちに木を植えてもらい、ジンをプレゼントすることで、お酒が飲めるようになった頃に自分の植えた木が成長していることを実感してもらえればと考えています。町外へ出た若者が、積丹に戻ってくるきっかけになれば嬉しいです。

(最近では野菜の栽培も。新たなチャレンジが多く『伝えきれないくらいやっていることは多い』とさまざまな取り組みについて教えてくれた)

ウニなどの海産物で栄えてきた積丹は、漁業の発展が進む一方で、山の活用はあまり進んでこなかったそうだ。その状況を各々の取り組みと連携によって解決したいとチャレンジを始めた岩崎さんは今、積丹の未来に手応えを感じていると言う。

岩崎さん
町の未来を考える人や企業が次々に生まれています。新しい取り組みを進める人たちが増えたことによって、私たちだけではどうにもできない問題を解決するピースが揃い、地域を盛り上げることができる環境になったと感じています。

今回3日間の取材を通して、積丹が「ウニが有名で、大自然の綺麗な景色が見れる町」なだけでないことを肌で感じ取った。羊を使った新たな名産品や長年続く温泉のリニューアルなどの新しい動きに魅了されたのはもちろんだが、それ以上に印象に残ったのは新しい取り組みをする人たちの表情だ。

町の伝統を守るために断崖絶壁で立ち上がるベンチャー企業や、新たな名産品を生み出すために山で奮闘する若者の姿。彼らの表情を見て自然と活力が湧き、前向きな気分になったことは言うまでもない。そしてその表情を切り取れたのは、長期滞在をしている宗片職員とともに町を巡り、想いを聞くことができたからだと思う。今回の滞在は、積丹で出会った彼らの背景や想いをもっと知りたいと思わせてくれるものだった。

今、新たな取り組みが積丹で次々に生まれているのは、積丹に可能性を感じる人々が集まり、新たな取り組みの連鎖を巻き起こしているからだと思う。町の賑わいを願って歩みを進める人たちの姿は、地域の活力そのものだといえるのではないだろうか。


積丹では、並々ならぬ想いを抱えた人たちがこの土地に新たな取り組みのタネを蒔き、それぞれの想いを育てていた。彼らのこれらの動きが加速し、積丹がより賑やかになる日が待ち遠しい。これらの歩みが広まり、地域課題に向ける目をより多くの人が育むことで、別の地域でもさらなるアクションが生まれることを願う。


もも / ライター
埼玉県生まれの20歳。高校を卒業後、ギャップイヤーを開始。言葉や書くという行為に魅了されたことから、ライター活動を始める。現在はライターとして対談形式のインタビュー記事やオタク気質を武器にしたコラム記事などを手掛ける他、コピーライティングや編集の分野でも活動中。

ウニだけじゃない通信002【特別編】「誰かがやるのではなく、自分がやる」青い海で広がる、挑戦と伝統継承 / 想いが息吹く町、積丹の記録(前編)

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