NHK札幌放送局

「助けて」が響きを失った社会で シラベルカ#32

シラベルカ

2020年12月18日(金)午後7時52分 更新

みなさんの疑問に答えるNHK北海道の取材チーム「シラベルカ」。今回は、「児童虐待」がテーマです。 投稿は旭川市に住む20歳の女性から。
幼い子どもが虐待で亡くなってしまうニュースを目にする度に、いまも虐待でつらい思いをしている小さな子どもたちがいることに心を痛めているといいます。

「普段子どもと関わりの無い自分がなにかできることがあるのか。ニュースを見て悲しむだけじゃなくて、もう一歩先に進みたい」

このような思いを抱く人は少なくないのではないでしょうか。「 虐待がなぜ起き、出来ることは何か」取材を進めました。

まず児童相談所に聞く

まず訪ねたのは札幌市児童相談所です。みなさんは「児童相談所」にどんなイメージを持っていますか? 児童虐待のニュースなどでその名前を聞くこともあると思います。

児童相談所が、子どもが親などから虐待を受けたと認知し、対応した件数は2019年度、全国で19万件を超え、過去最多を更新しました。さらに新型コロナウイルスの影響で、子どもが学校や保育所などに行かず、家族と家の中にこもってしまうことで、児童相談所など行政の目が行き渡らなくなり、虐待が増加していく懸念があるといいます。札幌市児童相談所の山本健晴所長に聞きました。

山本健晴所長
「一家全員が自宅にいるという状況が増えるにつれて、子どもの面前でのDVや夫婦げんかの通告件数が増えています。子どもの面前でのDVは心理的虐待にあたります。『家庭の中でのことに構わないで欲しい』という家庭もあるのは事実です。相談すれば難しいことではないのに、そうやって閉ざされた家庭の中に、困りごとをどんどん抱え込んでしまうことが実際にあるのです」

関心を持つことの大切さ

山本所長から、虐待が増える現状を聞いたあと、投稿者の20歳女性の問いかけを伝えました。その答えとして、山本所長はふだん子どもと関わりが無くても関心を持つことが大切だと話しました。

山本健晴所長
「児童虐待について関心を持っていることは非常にありがたいことです。そういう方が社会の中で増え、社会全体として関心が高まっていくことが児童虐待を防ごうという風潮が育くんでいくと思います」


‘’特別な出来事ではありません‘’

次に、認定NPO法人児童虐待防止全国ネットワークの理事長で、児童虐待防止の啓発を行う「オレンジリボン運動」の吉田恒雄代表に話を聞きました。
オレンジのリボンを児童虐待防止のシンボルマークとして運動を展開、2万人あまりの個人サポーターと900を超える支援企業が賛同し、様々な啓発イベントを行っています。
「虐待はどの家庭で起こってもおかしくない。特別な家庭における特別な出来事ではありません」と吉田代表は話します。

吉田恒雄代表
「子育ての不安や困難を感じて、孤立に陥ることが心配です。地域、親族、場合によっては夫婦であっても十分なコミュニケーションを取れないと孤立感はますます深まり、その不安やストレスを子どもに向けてしまうことが懸念されます。"困った人"は困っている人です。"困った子育てをする人"は子育てに困っている人です。虐待を犯してしまう親も “困っている親”の1人です。ただ、『困っているなら相談に行けばとか、SOSを出せば良いのでは』という話では済まないのです。中には、助けとなる制度を求めに行政機関などに足を運ぶのをためらう人もいるのです」

キーワードは‘’小さなお節介‘’

投稿者が言う「自分にも出来ることに」について吉田代表は「ちょっとした声かけ」を提案しました。

吉田恒雄代表
「“小さなお節介”をしましょう。子育て中の親御さんへの調査で、駅の階段の下で困っているときに、『お手伝いしましょうか』という声をかけてもらうことでずいぶん救われた、ということが実際にあるのです。その“お手伝い”は我々一般市民が出来ることだし、一般市民でなければできないことです。オレンジリボン運動が行われているということは、まだ虐待問題が解決していないということ。このリボンを着けなくて済む日が来れば一番良いですね」

オレンジリボン運動がかかげているキャッチフレーズは「子どもと子育てに優しい社会が、虐待のない社会に繋がる」です。

吉田恒雄代表
「個人的な問題は自己責任でも何でもなく、むしろそれすら自己責任にしてしまう方がおかしいのではないでしょうか。個人ベースの治療的なアプローチや犯罪性にばかり目を向けるのではなく、 虐待を社会現象として捉えて、貧困や孤立を解消する子育て支援の充実を図らなければならない。目指すべきは“子どもと子育てに優しい社会”です」


子どもシェルターを知っていますか?

次に話を聞いたのは児童問題を専門とする内田信也弁護士です。虐待事件の法的な対応のほか、行き場のない子どもたちを受け入れる「子どもシェルターレラピリカ」を運営しています。
少年事件を担当するようになって、少年非行の問題から子どもに関わるようになったという内田弁護士は、子どもシェルターの存在をもっと広く知って欲しいと言います。

内田信也弁護士
「子どもシェルターは全国に20か所くらいあり、ほとんどが弁護士が中心になって設立されています。保護するのは、おもに児童相談所を経由する18歳未満ですが、児童相談所の対象にならない18歳や19歳の子どもが直接入所するケースもあります」
内田信也弁護士
「入所する子どもの成育歴を見ると、虐待や不適切養育を受けて、行くところがない子が多いです。シェルターでは、そうした虐待の影の下で育ってきた子どもたちが社会人になるお手伝いをさせていただいています。全国の子どもシェルターが1番困っているのは、財政基盤が弱いということです。国からキチンとした形で子どもシェルターを補助する制度はなく、寄付を呼びかけたり、会員を募って会費を集めたりしています。財政基盤が安定していないと、スタッフを雇うことができず子どもたちのお世話ができなくなってしまうのです」

バッシングは根本的な解決にならない

児童虐待の防止策を強化するため、子どもへの体罰を禁止するなどとした法律が2019年に成立しました。この法律によって、親の“しつけとしての体罰”が禁止になり、これに併せて、親が子を戒める民法の「懲戒権」の見直しの動きがあります。これには、親権で正当化されてきた虐待の温床を払拭できると期待する声もあります。
しかし内田弁護士は、法律や制度が変わることがそのまま児童虐待の減少に繋がることはないだろうと指摘します。

内田信也弁護士
「虐待をした親の責任は問われなければならないが、いくらバッシングをしたり刑罰を重くしたからといっても虐待は減らない。子育ての苦しみや悩みに原因があるとすれば、そこにキチンと対応がとられるべきであって、刑罰に虐待防止の期待を込めていては間違った社会になる」

多くの虐待事件も担当してきた内田弁護士は問題の難しさも含めて知ってほしいとしたうえで、まずは虐待の実態を知ることから始めてはどうかと投稿者にアドバイスをよせてくれました。

内田信也弁護士
「まずは児童虐待について現状認識と知識を身につけることから。子どもの虐待防止協会や啓発イベントを開催する民間団体などにコンタクトを取ると、たくさんの情報に触れることが出来ます。そうやって実情を知ることから始めるのも良いのではないかと思います」


“虐待の当事者”は

最後に‘’虐待の当事者‘’として児童虐待と向き合う人に聞きました。羽馬千恵さんは過去に虐待を受けたという経験をもとに「わたし、虐待サバイバー」という本を出版し児童虐待防止の啓発に取り組んでいます。
小学3年生のときに書いた作文には「お父さんが帰ってきたので遊ぶのをやめました」という記述があります。虐待に周囲の人が気づくのは難しいケースがあると羽馬さんは当時を振り返ります。

羽馬千恵さん
「車の音が聞こえただけで『父が帰ってきた』と身体が震えていたような状態で、作文ではそうした理由で遊ぶのをやめたことを書いたのですが、担任の先生に事情が伝わるわけがなく『いつも家族が仲良しで良いですね』とコメントをもらいました」

虐待を防ぐにはどうしたらいいのか。羽馬さんは自分の親のことを考えながら答えを探してくれました。

羽馬千恵さん
「『自分の子どもが生まれたら虐待してやろう』と思って子どもを産む親は少ないと思います。それでも子どもを育てていく中で、貧困や孤立や、自分の心の傷に苦しんで、愛情があったにも拘わらず気がついたら虐待してしまっている。母は私が中学生になってからネグレクトになってしまいましたが、最初から虐待するような、子どもに無関心な親ではなかったと思います」

母親が書き記していたという「赤ちゃん日記」も見せてくれました。「赤ちゃん日記」の裏表紙には、丁寧な字でページいっぱいにしたためられた羽馬さんへの愛情が、「世界一かわいい私たちの千恵ちゃんへ」という言葉とともにありました。
それ以降のページにも、幼かった羽馬さんがどんなことに関心があり、どういう風に成長しているのかを緻密に記録していました。

「助けて」が言えなくて

羽馬さんは虐待が起きない社会を目指そうとする時、虐待被害者に限らず、貧困や孤立に陥り、精神的に追い詰められた人たちが「助けて」と言えない社会を変えていく必要があるといいます。

羽馬千恵さん
「『助けて』が言える人は、“子ども時代に助けてもらった経験がある人”が多いです。“一度も助けてもらった経験がない人”は他人に上手に頼る方法を知らないまま育ってしまったので『助けて』が言えない。また『助けて』と言って無理解に遭ってしまうと、再び傷ついてしまうという心の傷から二度と『助けて』を言えなくなる人もいます」

寄り添う気持ちを持って

羽馬千恵さん
「世間では虐待と言えば”虐待死”。幼い可愛い子どもたちが亡くなったときにニュースを見た人がワーっと騒いで、親をバッシングするんですけど それだけで終わってしまってるような気がします。だから『みんな虐待問題に関心があるようで、実は、あまり関心がないのでは』と感じることもあるんです。まだ生きている子どもたちや、それを生き延びた大人が身近にいるんじゃないかという想像力を持って、心の悩みを抱えていないか、“寄り添い”をしてほしいです」


取材を終えて

今回の取材を通じて、児童虐待を根深くさせる要因として「誰にも相談できない社会」「孤立」があることを重く受け止めました。加害者だけが悪いわけではないことが分かっても、社会が変わらなければ、これからも虐待は社会に根を張ったままで、当事者は毎日増えて続けていく。「育てられないのになぜ産んだ」と責めるだけでは何も解決しないだろうと思いました。氷のように冷たい社会だと絶望し孤立していく人が身近にいるのではないか。今こそ、助けとなる“声”を響かす必要があると感じました。

札幌放送局 白野宏太朗記者、加藤優介ディレクター

2020年12月18日

シラベルカのトップページはこちら

シラベルカへの投稿はこちらから


関連情報

シラベルカ#23 テーマパークには思い出が詰まっていた!

シラベルカ

2020年9月29日(火)午後3時46分 更新

野鳥が窓にぶつかって可哀想!どうしたらいい? シラベルカ#…

シラベルカ

2021年4月26日(月)午後3時06分 更新

新型コロナウイルス ワクチン接種の基礎疾患 シラベルカ#44

シラベルカ

2021年3月12日(金)午後5時45分 更新

上に戻る