NHK札幌放送局

数々の困難を乗り越えて  小型船に見出す観光船の未来

道北チャンネル

2023年2月24日(金)午後2時08分 更新

網走や知床で運航している観光船の「おーろら」。大型船2隻のうちの1隻が今年小型船に置き換わります。コロナ禍や観光船の事故など、数々の逆風を乗り越えて完成したのは新造船「おーろら3」。オホーツク観光復活の切り札となるか、注目の新造船の裏側に迫りました。(取材:旭川放送局  伊勢谷剛史) 


新しいおーろらがいよいよデビュー

エメラルドグリーンの船体に鮮やかなオレンジのライン。網走や知床で運航中の観光船おーろら、その新造船「おーろら3」です。ことし3月の運航開始を予定しています。

全長17メートル、幅5メートルで、総トン数19トン、最大定員70人の小型船です。従来のおーろらは総トン数491トン、定員450人なので、比べるとかなり小さなサイズです。


厳しい観光船業界

オホーツク観光の中心として知られる観光船のおーろら。冬は迫力のある流氷を、夏は世界遺産知床の雄大な自然を楽しめる船として長年親しまれてきました。
おーろらは20年以上にわたって「おーろら」と「おーろら2」の大型船2隻態勢で運航され、大きな船体でたくさんの乗客を運んできました。

しかし、流氷観光は10年ほど前から徐々に乗客が減少してきました。かつては大型バスで訪れるツアー型の団体旅行が観光の主流だったのに対し、マイカーやレンタカーなどで訪れる個人旅行へ旅行のスタイルが変化したことが主な要因です。現在、大型船が1隻で足りず2隻必要になるのは1年のうち流氷がピークの2~3週間ほどです。

また、新型コロナの影響で外国人を中心に観光客数が激減。さらに、燃料価格も10年前に比べておよそ2倍になるなど、船体が大きく維持費も大きい大型船にとって厳しい状況が続きました。


小型船への移行を決断

おーろらの運航会社、道東観光開発の髙橋晃社長はある決断を下しました。大型船のおーろら1隻を引退させ、新たに小型船に置き換えることにしたのです。

髙橋晃社長
「大型船と小型船では部品1つでも数千万円、内容によっては億単位で経費のかかり方が変わってくる。安全を第一に考えた上で経費のバランスを考えるというのは難しい部分があった」

髙橋社長によると、観光需要を考えればほとんどの場面で大型船1隻で足りる中、新しい船を建造しないという選択肢もあったといいます。しかし、今いる船員など従業員の雇用の継続や、地域の観光産業を担う使命感、そして大型船とは異なる小型船ならではの魅力を活用した観光需要の掘り起こしなどを総合的に判断した結果、新たな船を作ることを決めました。
そして去年3月、修繕を重ねていた「おーろら」は存続させる一方、「おーろら2」は引退しました。


知床の事故の影響

おーろら新造の計画は2021年から動き始め、翌年の2月には建造を開始しました。しかし、その2か月後、新たな逆風がおーろらを襲います。

知床で発生した小型観光船の事故です。乗客乗員26人が乗った観光船が沈没し、20人が死亡、6人が行方不明となっています。
事故発生時、大型船の「おーろら」は夏シーズンの運航開始前で、知床のウトロ港に停泊していました。事故後おーろらは4月末からの大型連休の運航を休止し、行方不明者の捜索活動に参加しました。

その後、事故を起こした運営会社のずさんな運航実態が次々と明るみになりましたが、誘客への影響は他の事業者にも及びました。2022年、おーろらの知床での乗客数はコロナ前のおよそ2割に落ち込みました。観光船の安全性に対して大きな関心が寄せられるようになりました。

髙橋社長
「船に乗るのが怖いとか危ないというイメージが世の中に増えてしまったのが悲しい。安全なのはもちろんですが、観光船は楽しい乗り物なんだということもあわせて発信していきたい」


安全で高性能な船を

2022年7月、髙橋社長は厚岸町の造船所を訪れました。おーろらの新造船を作っている造船所です。網走で操業しているほとんどの漁船はこの造船所で作られていて、荒波にも耐える安全性の高い船を作ることに定評があります。
髙橋社長は数々の賞や特許を取得している高い技術にほれ込み、高性能で安全な船を作るため、おーろら3の建造をここですることに決めたのでした。

おーろら3は小型船で多く用いられるFRP=繊維強化プラスチックではなく、アルミ製です。冬場には流氷も押し寄せる、環境の厳しいオホーツク海でも航行できる強度を保ちつつ、鉄よりも軽いことが特徴です。

船は注文を受けると1隻ずつ設計して作られるオーダーメイドです。髙橋社長はおーろら3には高い安全性を確保しつつ、乗り心地がよくて観光船としてスタイリッシュな見た目にすることを要望しました。

まず図面を引いて船体の設計を行うと、アルミから大小さまざまな部品を切り出して1つずつ溶接していきます。造船所の社長はその工程を「大きなプラモデルを作るよう」と話します。

船体には安全性を高めるための仕組みがいくつも備えられています。
船は途中までひっくり返した状態で建造されます。下の写真はエンジンを積む場所です。船底に出っ張った部分があるのです。

エンジンは4トンもある重い部品のため、なるべく下に配置した方が波を受けたときに船体が元に戻る「復元力」が高まります。逆に船の上部は薄くて軽い特殊なアルミ素材で作られています。こうして船全体の重心を下げて安定感を高めているのです。

髙橋社長も船体を手で触ったり写真に収めたりしてできばえを確認していました。

髙橋社長
「私が思っていたよりも頑丈ですばらしい物をつくっていただいてる。完成に近づいてきているのを実感している」


ついに完成

10月、ついにおーろら3が完成しました。総工費は1億数千万円です。

船には進水記念の旗がたくさん飾り付けられています。船体はエメラルドグリーンとオレンジの2色に塗り分けられました。エメラルドグリーンには網走や知床の豊かな「自然」とコロナ禍からの「再生」、オレンジには船に乗る人たちの「幸福」という願いが込められています。

従来のおーろらのようにバリバリと流氷を割って進むことは出来ませんが、船首の部分は通常の船の2倍の厚さになっていて、流氷の近くまで航行することが出来ます。

最大速度は従来のおーろらの1.7倍の24ノット。沖合に流氷があるときでも、見に行ける範囲が広がりました。一方で燃料費はおよそ4分の1に。予約の少ない時期でも運航しやすい取り回しのよい船に仕上がりました。

小型船ですが、広いサイドデッキを備えていて人の行き来もしやすくなっています。ベンチの脚にはクリオネやワシなど航行エリアに生息する動物たちがあしらわれています。

また、船には法律で定められた安全設備に加えて、体をぬらすことなく避難できる定員分の救命いかだを搭載して、万が一の事態に備えています。

さらに、おーろら3では新たなアクティビティーが備わっています。水中ドローンです。

船内にはモニターが設置されていて、水中ドローンの映像を映し出すことが出来ます。流氷の下の景色や生き物たちの様子を見ることが出来るのは、従来のおーろらでは体験できない新たな取り組みです。


観光復活なるか

ことし1月には網走や知床の観光関係者などを招いて、おーろら3のお披露目会が開かれました。関係者を乗せて船は30分ほど航行し、従来のおーろらよりも水面が近く迫力のある航行が楽しめることや、小型ながらも安定感のある走りが好評でした。
外国人旅行客が徐々に増え始めている中、コロナ禍からの回復を目指す観光業界への新たな追い風となることを期待する声も聞かれました。

髙橋社長も完成したおーろら3に乗船。オホーツク観光の中心となる観光船、その新造船が担う使命感を感じ、意気込みを新たにしていました。

髙橋社長
「このコロナ禍約3年間にわたって移動制限があるなど観光を楽しみにしていた人たちが来れない状況が続いていたが、やって復活の兆しが見えてきた。道東エリアの観光資源は本当に豊富で、たくさんのお客さんに乗っていただいて感動を味わって欲しい」

おーろら3の最大定員は70人ですが、流氷シーズンはお客さんが暖かい船内でもゆっくりくつろげるように定員30人で運航します。
おーろら3は現在運航を始める準備を行っています。ことし3月の運航開始を目指していて、しばらくは予約の多い日に臨時便で運航する予定です。

また、髙橋社長は将来的には網走と知床を結ぶ航路をおーろら3で運航し、オホーツクエリアを周遊するような観光ルートを作りたいと展望を話していました。

大きな船体で流氷を割りながらダイナミックな船旅が楽しめる「おーろら」。小型で手を伸ばせば水面が届きそうな迫力のある「おーろら3」。同じおーろらの名を冠していますが、どちらも乗船したことのある私から見て、2隻はまったく異なる魅力を持つ船でした。
2隻を乗り比べてオホーツクの自然を違った角度から楽しむことも出来ると思います。コロナ禍からの回復に向けて、今後の観光に期待したいと感じました。

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