NHK札幌放送局

五輪マラソン、その日(1)札幌・厚別区

番組スタッフ

2021年8月23日(月)午後0時13分 更新

8/8(日)、札幌でおこなわれた五輪マラソンを、人々はどんな思いで見つめていたのか? 各地を取材したディレクターの雑感です。 1回目は、福島での原発事故をきっかけに札幌に移住した、避難移住者から見たマラソンです。

避難移住者たち、10年目の五輪マラソン

男子マラソンのレースが佳境を迎えていた、8月8日朝8時。

1人の女性の思いを聞きたくて自宅に訪ねた。10年前、一家で札幌に移住してきた宍戸隆子さん。移住のきっかけは、東日本大震災によって起きた福島第一原発事故。放射性物質が拡散した影響を考え、故郷・福島から移住した、いわゆる「避難移住者」。

当初「復興五輪」というかけ声があった東京オリンピックを、彼らはどんな思いで見ているのか、尋ねたいと思った。見えてきたのは、「賛成か、反対か」という単純な図式を超えた思いだ。

マラソンレースの先頭集団が20キロ地点を通過しようとした朝8時。選手たちが走るコースから10キロほど離れた札幌市厚別区の自宅から、宍戸さんが出てきた。郊外の静かな住宅地に、五輪の喧噪は届かない。いつも通りの日曜日の朝、宍戸さんは訪問介護の仕事に出かけるため、車で出勤する。

「復興五輪」という、ちぐはぐさ

Q. 日曜日も仕事。大変ですね?
A. やりがい持って働いてますから大丈夫です。お子さんがいる人は日曜日の出勤が難しいので、うちみたいに子供が大きい人が出ているんです。
Q. 札幌に住んで10年。故郷と言ったらどこが思い浮かびますか?
A. うーん。実家という点では福島の富岡町だし、自分の家を建てたという意味では福島の伊達市だし。生業を得ているのは札幌(笑)。楽しいというか、好きですよ、札幌は。
Q. 今まさにマラソンやっていますが、オリンピックを見ていますか?
A. ニュースくらいですね。わざわざ番組を見たりはしないです。
Q. 復興五輪と言われていましたよね。どう思ってきましたか?
A. 何をもって復興って言うのかなってことを、オリンピックが始まってからずっと考えていますね。
事故を起こした原発の汚染水の問題も、アンダーコントロールって言ったけど、いまだに続いているし。復興五輪って名ばかりというか、外されちゃって、名目にもなってないのかなって思いますね。
でも、楽しみにしていた人たちもたくさんいるしね。東京でのオリンピック開催が決まったときに、闘病中の方で、「あ、これであと4年がんばって命つなごう」って言った人も知ってるし。なにか目標があるから生きていけるって人たちもいるから、一概にダメだって言うつもりは、もちろんないです。

オリンピックを手放しでは応援できない、と宍戸さんは言う。でも、五輪を楽しみにしている人の気持ちも分かるから・・・。

みんなの楽しみに水を差したくなくて、口をつぐむ人も多いのかもしれない。

選手もがんばっている、普通の人もがんばっている

東日本大震災から10年。依然として、福島には帰還困難地域があり、暮らしを、家族を、地域を、立て直そうと必死な人々がいる。宍戸さんの親類縁者は散り散りに避難し、故郷・福島には誰もいなくなった。だから帰る場所もない。この10年、調理師の資格を取り、介護福祉士の資格も取得。カフェ経営と訪問介護、2足のわらじを履きながら、2人の子供を成人まで育て上げた。

宍戸さんは言う。

「オリンピック選手はたくさん頑張ってあの舞台に立っていると思うけど、普通に生きている人たちが頑張っていないわけではないし。今日だって、原発の坑内ではたくさんの人が働いていて、1日も早くあの場所をなんとかしなきゃって頑張っている。福島の現状、原発のことや汚染水のことは、絶えず心の中にあるんです。
みんなこの10年頑張ってきたし、これから先も頑張り続けなきゃならないだろうし。そういう人たちにも、金メダルじゃないけど、称賛の拍手を送りたい。リスペクトしているし」

もちろん、オリンピックの舞台に立った人たちもすごいと思う。オリンピックは力を持つイベントだとも思う。だからこそ・・・。

「だからこそ思うんです。オリンピックが、今、ここにある問題や課題から視線をそらすための道具になってはいけない、と。助けて!のかすかな叫び声を声援と感動でかき消してはいけないと」

「賛成」、「反対」、その向こう

東日本大震災当時、札幌市は多くの避難移住者の受け入れ先となった。今も道内には1300人以上が暮らしている。その中から3人の方に、オリンピックへの思いを手記にして頂いた。

「復興五輪」、「コロナに打ち勝った証」・・・。そんなかけ声が飛び交う陰で、一人ひとりが、それぞれ違った思いを抱えている。賛成か反対か。そんな簡単な図式のはるか向こうに現実がある。

原発事故が起きた後、避難すべきかどうかを巡って、被災地の住民の間には深い分断が起きた。そんな不条理の10年を乗り越えてきた人々の思いと境地から、今、学ぶものがあると思う。

原発事故が収束したかのように「アンダーコントロール」という言葉を使った前首相。復興五輪などと言われていますが、競技を見て近くの原発が明日事故を起こすかもしれない、と自分事として考えたりしていますか?あれから10年経ちましたがそれでも、オリンピック開催の裏側で沢山の人が苦しんでいます。あったことをなかったことにされ続けています。目の前で起こっていることから目を逸らして何が残るというのでしょうか。臭いものに蓋をするためのオリンピックはいりません。(福島から避難移住 20代女性)

※対立は何も生まない。そう知ったから、コロナ禍や五輪で世の中がざわついても、動じずに居られている気がする。

オリンピック「いい」とか「悪い」とか、個人的にはあんまりなくて。「あぁ、開催したんだなぁ」というくらいの温度感。「嬉しい」も「嫌だ」もどっちもあっていいと思うし、右左も、上下も、その他ももちろんあっていい。それがこれからの時代の価値観。
「今、ここにあるものを、そのまま受け入れる」という感覚を、東日本大震災から10年間で養ってきました。オリンピックやコロナで、「違い」や「多様性」がより露わになっていますね。それらを受け入れて生きる。北海道の地には元々あった文化であり、新しい時代を幸せに生きていくために必要なアップデートだと思います。 (福島から避難移住 宍戸慈さん)

※色々な暗い影を落としている今回の大会には、実は胸を痛めています。

私のふるさと、宮城に住んでいる母は、昔からオリンピックが大好きだ。昨年まだ延期が決まる前、「一生に一度でいいから生で見てみたい」とはしゃぎ、私のいる北海道行きの飛行機のチケットを、まだ寒い季節から取っていた。延期が決まった時の母の心情を思うと、私は悲しい。今年、無観客での開催になったことと、コロナウィルス対策のために札幌に来ることができなかった母は、どんな思いでテレビ中継を見ているんだろう。そして、いつ母と再会できるのだろう。(宮城から避難移住 橘智子さん)


福島から札幌に移住して10年。宍戸隆子さんはマラソンのさなか仕事に向かった。

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