NHK札幌放送局

僕らが北極を歩くわけ~冒険編~

北海道クローズアップ

2019年11月5日(火)午後4時14分 更新

2019年春、アウトドア初心者の若者たちと北極圏の氷上600kmを歩く冒険を企画した、鷹栖町在住の冒険家・荻田 泰永さん。
旅立ち編』では、経歴も参加を決めた理由もさまざまな12人の若者たちが冒険を決意するに至った背景に迫りました。
今回の冒険で荻田さんはあくまでも黒衣に徹し、若者たちの判断や感じ方に任せると言います。
厳しい大自然のなかで自分の弱さと向き合う若者たち。冒険を通してどんな変化があったのか。成長する姿を見つめます。

冒険の始まり

冒険の舞台はカナダ最北部のバフィン島。
出発は風の強い日でした。

参加者12人は1年かけて訓練を積み、この日を迎えました。

最低気温は氷点下30度。

凍傷を完全に防ぐことは不可能に近い環境のなか、1日に10時間、20キロほどを歩いてテントを張ります。

一夜明ければまた歩く。その繰り返しです。

冒険の発起人は、日本人で初めて南極点に無補給単独徒歩で到達するなど、数々の極地冒険を重ねてきた荻田 泰永さん。今回は若者たちのため、舞台裏の黒衣に徹すると言います。

「場を作るだけですよ、そういう機会を作る、舞台を作るだけです。踊り方は別に自由に踊ればよくて」(荻田さん)

12人の若者たちが参加を決めた理由はさまざま。
ある者は、将来の冒険家を夢見て。
ある者は、親に敷かれたレールから飛び出すため。

少し変わった理由をあげたのは、東京の美術大学で日本画を学ぶ松永 いさぎさん。

北極の「」を見たかったと言います。

また、都内で働く営業マンの西郷 琢也さんは取引先から「担当を外れてくれ」と言われたことがきっかけで、仕事を辞めるかどうか悩んでいました。

そのとき相談した上司からの「自分を見つめなおす機会を持ったほうがいい」という言葉と、会社の研修で偶然荻田さんの講演を聞いたことが冒険へと旅立つ引き金となりました。人一倍周りに気を遣い、今回の冒険ではリーダー役として遅れがちなメンバーをサポートします。

冒険なかば それぞれが抱える苦悩

出発して1週間。冒険隊は山岳地帯を越え、凍った海に出ました。

そのころ、夜遅くまでテントの中でおしゃべりに興じるグループがいました。冒険の場での睡眠不足は、隊全体の安全に関わります。リーダー役の西郷さんは、隊員たちの士気のゆるみを注意できないことに思い悩んでいました。

「僕自身、みんなに『西郷は何しても怒らない』って言われてるんですけど、今日改めて反省したのは、怒らないんじゃなくて、怒れないんですよ。すごく弱い。すごく甘い。本当はあそこで僕がもうちょっとできれば」(西郷さん)

同じころ、「北極の色が見たい」と言っていた松永さんも悩みを抱えていました。

もともと体力には不安を感じていましたが、休憩のたびに倒れ込むようになりました。みんながそりを押して助けてくれる。でも、助けられてばかりいるのは肩身が狭い。休憩などの合間に北極の風景を描き続けていた松永さんでしたが、やがて絵を描くことをやめてしまいました。

そもそも松永さんは、集団生活が少し苦手です。
一人静かに絵を描くのが好き。
それは、誰にも気兼ねのいらない自由なことのはずでした。

「描いていいのかどうかわからなくなってしまい、寝た方がいいのかな、みたいな感じで迷い中です。描きたいけどいいのかなみたいな。う~ん、なんかちょっとやめた方が、みたいな」(松永さん)

若者たちの悩みに対し、荻田さんは答えを示しません。
自分の役目は、舞台を作ること。
あとは、1人1人が感じればいい。

冒険16日目。
荻田さんが西郷さんにナビゲーションに使う地図を渡しました。

「これもう渡しとくから、みんなで見るなり、管理して」(荻田さん)

ここ数日、荻田さんは西郷さんからナビの技術について質問を受けていました。荻田さんの答えは「興味があるならやってみろ」でした。

初心者の西郷さんが選ぶルートは、どうしても迷走します。間違いを正すたびに荻田さんが求めたのは、なぜその道を選ぶのか。『判断の根拠にこだわれ』ということでした。

全員でゴール 悩んでも迷っても進むしかない

冒険20日目。
隊は難所にさしかかりました。

軟らかい雪にそりが沈み、重みを増します。

風が削った段差「サスツルギ」も行く手を阻みます。

越えても越えても、きりがありません。

サスツルギに苦しんだ日の夕刻。
テントの脇でシュラフにくるまる姿がありました。

松永さんです。絵を再開していました。
助けられながら歩き、みんなの優しさをムダにしないためにできることは何かと考えた松永さん。

この風景を描く」1つしかない、と。

一方、終盤に入って元気だった男性メンバーたちが、足首を痛めるなどの変調をきたし始めました。
西郷さんも、足首、膝、太もも裏を痛め、ナビゲーションでもミスが続いていました。

「『どこを目指せばいいんですかね?』と聞かれるが、全く自信がなかった。いらついたし、他責もした。けどなんで自分がナビゲーションできなかったのか」(西郷さんの日記)

冒険28日目。
いよいよ明日はゴールという、その日。
突然、荻田さんが隊の進行を止めて西郷さんから地図とコンパスを取り上げました。

西郷さんが、ナビゲーターとして致命的なミスを犯したからです。

このとき、隊の本来の進路から少し外れた方向にスノーモービルの通った跡がありました。

西郷さんは、その跡をたどれば「そりを引きやすそうに見えた」という理由で進路を変えたのです。

「みんなで試してみて、どちらが良いか話し合いの末に行くなら良い。でも、誰も横にそれて試してみよう、なんて思わない。判断の根拠が甘すぎる。なんでこういうときに練習しないの。わかりやすい物を追いかけるんじゃなくて。練習しようって気持ちもないじゃん。だからクビよ。任せてらんないよ、危なくて。言う意味わかる?」(荻田さん)

「申し訳ありません。もう一度だけやらせてください。次でもし・・・」(西郷さん)

『次こそ頑張ります』はない世界だから。前言ったけど。『次こそ頑張ります』の前に死んでるんだよ、だいたいみんな。次がないから死んじゃうの」(荻田さん)

冒険最終日。
メンバーは全員で荻田さんに懇願し、西郷さんがナビゲーターを続けることになりました。

この日も、風が強く吹いています。

悩んでも、迷っても、歩くしかありません。

そして5月5日11時10分。

全員無事にゴールすることができました。

冒険を終えて 若者たちが見せた変化

冒険を終えた半月後の東京。
日常に戻った若者たちの元を訪ねました。

西郷さんは北極を歩いたわけをこう話します。

「僕はたぶんそのとき、すごい逃げたかったんだと思います。何となく自分ができない状況に気付いていたけど、それを認めたくなくて、その現実から逃げたかったのかな。すごいつらい30日でした。楽しかったかってみんなに聞かれるんですけど、つらかったですね。だけど、行って良かったなとは思いました。別に自分がどう変わったかどうなったかは今はわからないですけど、行って良かったとは今思えてます」(西郷さん)

北極の色を見たいと、苦手だった集団生活にのぞんだ松永さん。
冒険の後半に絵を再開してから、その絵に自分でも驚く変化が生まれました。

人の姿を描きたくなったのです。

「景色とかじゃないところにも、重要そうなものがあるっていうのに気付いたって感じなのかな。助けてもらったりとか、助ける側の人がいたりとか、いろんな役割の人がいるとか。なんかすごい大切なもののような気がする。まだちょっとよくわかってないんですけれども」(松永さん)

“人は扉を開けた瞬間には気付かない
 振り返って初めて開いている扉を目にする”

荻田さんの言葉です。

2019年7月19日(金)放送
北海道クローズアップ
「僕らが北極を歩くわけ~冒険編~」より

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