酒を酌み交わし、一日の疲れを癒やすひと時。
釧路の町に笑い声が、響きます。
釧路の名物と言えば「炉端焼き」。
釧路川の河口近くで半世紀続くお店にうかがいました。
新鮮な魚介類を網で焼いていると、北海道の豊かな漁場が目に浮かびます。

店主にお話を聞くと、
「昭和40年頃は、店の前の釧路川に漁船がズラリとならび、多い時は漁船が2列になって係留していたほど。このお店にもたくさんの客が押し寄せていた・・・」と言います。

昭和40年代。
釧路市には5つのデパートがあり、多くの買い物客で賑わっていました。しかし、時代の移り変わりとともにその数を減らし、今はひとつもありません。

釧路市にあったデパート (NHK資料写真)
そんなデパートだった建物が、昭和60年代にスナックやパブ、飲食店が入る雑居ビルとして生まれ変わりました。今でも70店余りが入る道内有数のテナントビルとして賑わっているそうです。
そこのオーナーがとにかくすごい人だから・・・
釧路市編のローカルフレンズ、田辺貴久さんから、そんな話を聞いて、釧路市の繁華街・末広町にあるこちらのビルを訪ねてみることにしました。

こちらのビルのオーナーで不動産業を営む、瀧波大亮さん(49)です。

不動産業と言うと、ちょっと硬派な方なのかな・・・? とイメージしていたのですが、その予想は見事に裏切られました。
なんと、ビルの下まで私を迎えに来てくれたのです!ものすごく物腰が柔らかな優しそうな人!
瀧波さんは、仕事が終わるとビルのお店を回るのが日課なんだとか。
不動産屋さんがお店を回るなんて、ひょっとして家賃かなんかの督促?
早速、一緒について行ってみることにしました。

1軒目のお店に入るやいなや、「なんか髪ストレートになって・・・」と、お店の方に気さくに話しかける瀧波さん。髪型までわかるなんて・・・テナントの方との距離感がすごく近いことを感じます。しかも、普通にお客さんとして、会話を楽しんでいます。
訪ねた先々で「瀧波さんはどんな存在?」と聞いてみると・・・

スナックのママさん:私から見たら弟みたいなんですよね。

居酒屋の女将さん:お兄ちゃんみたいですよね。

大学生:第2のお父さんと思っているんで、それくらい距離が近い社長で・・・
このビルでは、瀧波さんを中心に家族のような関係性が築かれていました。

瀧波さんは、これまでテナントの方たちが安心して仕事ができるように、さまざまな取り組みを行ってきました。
そのひとつが、5年前に立ち上げたこちらの保育園。

ビルのお店で働く女性たちから「子どもを預ける場所がなくて困っている」と聞いて、瀧波さんが作ったのです。
しかも、女性たちのプライバシーも考えて、ビルの中ではなくビルの近くにあったコンビニの跡地を利用。さらに専門の調理スタッフを雇い、栄養のバランスと出汁にこだわった和食中心のメニューを提供しています。
瀧波さんが、そこまでしてテナントとの距離感を大切にしているのには、理由がありました。
ビルのオーナーになったのは29歳の時。
突然父が倒れ、父が経営していた不動産会社を急きょ継ぐことになったのです。
巨大ビルの経営という責任の重い仕事。しかも夜の世界の人たちとの折衝など、まだ若かった瀧波さんは不安で苦労の絶えない日々を過ごします。

そんなある日、ビルに入るスナックのママさんの前で本音があふれ出します。
「どうしていいかわかんないだ」と言ったとたんに、すごく距離が近くなったんですよ。「自分でできることをやりなさい」と言われて、弱いところを見せていいんだということに気がつきまして・・・
それ以来、等身大の自分で仕事をするようになった瀧波さん。次第に「ビルのオーナー」と「テナント」の関係を変えていきます。

新型コロナウィルスで夜の街から人が消えた時期、瀧波さんは思い切ってある行動をとりました。すべてのテナントのオーナーに直筆の手紙を送り、1か月の家賃を0円にする、と伝えたのです。
本当にありがたかったですね。もちろん金銭的にもそうですけど、気持ち的にすごく助かったなぁ、という気分が。ビルのオーナーが自分の身銭を切ってでも下げてくれたんだから、自分たちもがんばらないと・・・という気持ちになりましたね。
さらに、釧路市では飲食店を互いに助け合おうと、酒販売店や米卸店などが協力。飲食店に食材を提供するという動きもありました。

末広町の飲食店に3トンものお米を提供してきた米穀店の代表・徳山淳一さん。
「お互いさまだからね、釧路は義理と人情の町なんだよ」
瀧波さんからも、そんな義理と人情を感じることができました。
先月11月。
瀧波さんは、このビルのスマホアプリを立ち上げました。
それぞれのお店の雰囲気やおすすめ料理など、紹介文はすべて瀧波さんが自ら書いたもの。
このアプリで「店を応援する」というボタンを押すと、1回につき10円がそのお店の家賃から割引されます。アプリでお客さんも増えてお店の増収につながり、家賃が割り引かれてコストも下がる。一石二鳥の取り組みです。

16万都市・釧路で夜の明かりをともし続けることが一番大事なこと。自分たちが楽しく働かないと次の世代が生まれて来ないし、そういった姿を次の世代に見せることで自分もチャレンジしたいという思いを持ってもらえる。その連鎖が重要なのかな・・・と思っています。

およそ500軒が連なる釧路市の繁華街・末広町。
この街で活躍する瀧波さんが、すごく頼もしく思えました。
誰かの心を癒やすために、いつまでも夜が美しく輝いていてほしいと思います。


