NHK札幌放送局

「モルエラニ」に込めた思いは

ほっとニュースweb

2021年4月16日(金)午後7時51分 更新

絶えず煙を吐き出す工場群や断崖絶壁の海岸線。昔の賑わいをしのばせる商店街。「どこを見ても味わい深い場所」。赴任して半年が過ぎた私の室蘭に対する印象です。その室蘭を舞台にした映画「モルエラニの霧の中」が4月に道内で公開されました。3時間34分の上映時間にちゅうちょしましたが、見始めると映像の美しさや大杉漣さんらの演技に引き込まれました。この映画に込めた思いや俳優たちとの思い出を坪川拓史監督に聞きました。
 (室蘭放送局 篁慶一)

「100年散歩しても飽きない街」

「モルエラニ」。不思議な響きがするこの言葉は、アイヌ語で「小さな坂」を意味し、「室蘭」の語源になったとされています。映画監督を務めたのは、室蘭生まれの坪川拓史さん(49)です。東京で長年暮らし、10年前に室蘭へ戻ってきました。久しぶりに目にした生まれ故郷の印象が、映画を作るきっかけになったと言います。

「人口も減って寂しくなり、記憶の中にあった室蘭ではありませんでした。僕が引っ越してきて、2、3年の間だけでも、歴史のある建物や、街のみなさんの思い出が詰まったような場所がどんどん壊されていっていたので、せめて映画に残したいと思いました」

映画は、老いや別れを描いた7つの物語で構成されています。坪川さんが、室蘭で出会った人から聞いた話を元にして脚本を書きました。スクリーンには、断崖と砂浜が織りなす雄大な景色や牧草地の一本桜、100年以上の歴史を持つ木造の事務所や小学校の円形校舎など、室蘭独特の景色が次々と映し出されます。

「人工的な美しさと自然の美しさを兼ね備えている。100年散歩しても飽きない街です」

坪川さんは、室蘭の魅力をそう表現しました。上映初日に訪れた観客は、「1つ1つの場面が写真のようだった」、「自分の子ども時代を思い出した」と感想を語りました。


映画製作は市民と一緒に

映画の撮影は、7年前の平成26年からおよそ5年間行われました。その間、地元の室蘭市民が製作を支え続けました。

有志が「映画製作応援団」を結成し、インターネットを利用したクラウドファンディングなどで製作資金を集めました。さらに、撮影期間中の交通整理やスタッフへの炊き出し、俳優の送迎まで行ったのです。応援団の1人、齋藤ますみさんは「撮影のために大量の物干しざおを集めたり、古い三面鏡を探したりしました。大変でしたが、市民の方はとても協力的でした。撮影中はうまくいくこと願って息を止めて見守っていました。すばらしい経験ができ、一生の思い出になりました」と当時を振り返りました。

映画には、オーディションで選ばれた市民キャストのべ200人も出演しています。

「なぜここまで手伝ってくれたと思いますか」という私の質問に対し、坪川さんは「手伝ってもらったというより、室蘭の人たちと一緒に作った映画だと思っています」と答えました。そして、こう続けました。

「室蘭に来たことがない方にとっては、室蘭のイメージは『工場があって、地球岬があるところでしょ』で止まってしまう。だけど、もっとすてきな場所はたくさんあるし、すてきな人も、すてきな話もたくさんある街だっていうのは僕も知ってほしいなと思いました。室蘭で暮らしている方たちもずっとそう思っていたと思います。きっと、そこが合致して、映画の製作が始まったのだと思います」


今は亡き名優たちも出演

市民と一緒になった映画作りは、俳優・大杉漣さんの心も動かしました。坪川さんが、面識のなかった大杉さんに手紙を書いて出演を依頼したところ、その思いに共感し、快諾してくれたのです。

撮影は平成27年に行われ、大杉さんは写真館の主人の役を演じました。室蘭を気に入り、坪川さんが「漣さんは何人いたんだろう」と話すほど、短い滞在期間の中で市内の飲食店を何軒も訪れていたそうです。また、当時大杉さんは各地を散歩する民放番組に出演していて、「番組でもう一度室蘭へ来たい」と話していたそうですが、その希望は叶いませんでした。3年前に66歳で亡くなったのです。坪川さんは、撮影最終日に大杉さんが残した言葉が映画製作の大きな支えになったと言います。

「『映画っていうのはみんなで同じ船に乗って旅に出ることと一緒です。この船もきっといろんなことがあるけど、きっとすてきな港に着くと思います。この船の乗組員になれてうれしいです』って言ってくれました。その言葉がずっと僕の胸に残り、ここまでやってくることができました。漣さんに上映公開に立ち会っていただけなかったのは本当に残念です」

そして、もう1人、劇場公開の前に亡くなった俳優がいます。小松政夫さんです。 

製作した5本の映画すべてに出演した小松さんについて、坪川さんは「しゃべらなくても後ろ姿で人生が見える演技ができる人だった」と教えてくれました。

今回は病に倒れた妻を介護する夫の役を演じ、撮影中にはカメラマンが演技に感動して涙を流していたということです。小松さんは、映画の舞台挨拶で室蘭へ来ることをとても楽しみにしていて、「一人芝居もやるよ」と話していたそうです。

坪川さんは今、舞台挨拶に立つ度に、小松さんが残した50件以上の留守番電話のメッセージから1件選び、観客に聞いてもらっています。

多くは坪川さんの近況を尋ねたり、自身が感じていることを伝えたりする内容です。小松さんの明るく優しい声が、劇場の雰囲気も和らげてくれるようです。

坪川さんは「ずっと一緒に舞台挨拶に立ってくれている気がします」と話してくれました。


街は変わり続けても

撮影開始から7年が経ち、これまで見慣れた風景も変化を続けています。その1つが、58年の歴史を持ち、手作り感があふれる室蘭市青少年科学館です。今回の映画でも、多くのシーンが撮影されました。

しかし、老朽化を理由に3月末で閉館し、近く取り壊されます。坪川さんは、冗談も交えつつ、残念そうに語りました。

「行政の人は古びているものを『恥ずかしい』って言いますが、58年の歴史が作る魅力はどれだけお金をかけても作れないんですけどね。科学館がなくなって、ちょっと嫌いになりました、室蘭が。こんなこと言ったら室蘭にいられなくなるかな」

映画には、牧草地の一本桜が何度も出てきます。1本の木に、街を象徴させていると言います。坪川さんは、映画が映し出す街の記憶を感じてほしいと願っています。

「木の幹は死んだ細胞の塊でできていますよね。街も100年だったら100年分、かつてそこにいた方たちとか、かつてそこにあった建物とか、地層みたいに重なった集積で街ができていると思います。今はぱっと見、寂しかったとしても、1本の木を見るようにみると、いろいろなものが残っているし、あると思います。そういうことを感じてもらえる映画に出来たらと思って作りました。室蘭のすてきな場所を再確認したり、自分の思い出を感じてくださるように見てもらえたらうれしいです」

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