NHK札幌放送局

神田日勝の素顔に迫る 元NHKディレクターが語る“人間・日勝”

日笠 まり絵

2020年10月19日(月)午後4時46分 更新

10月9日(金)の「ほっとニュース北海道」では、 十勝の鹿追町でかつて活躍した画家の神田日勝についてリポートでお伝えしました。 

私がお話をうかがったのは山口明雄さん。かつてNHK帯広放送局でディレクターとして勤務していた当時、神田日勝と交流していた方です。
農業と絵にひたむきに向き合った姿が取り上げられることが多かった神田日勝ですが今回の取材では日勝の人柄が伝わるエピソードや没後50年の今もなお、日勝を想う気持ちに触れることができました。

まだまだ伝えきれていない神田日勝の素顔に迫ります。

神田日勝は太平洋戦争末期に東京から家族で十勝の鹿追町に疎開し、農作業をしながら絵を描き続けましたが、病気のため昭和45年に32歳の若さで亡くなった画家です。
半身のみが描かれた作品「馬」や、自身を描いたとされる「室内風景」などの印象的な作品を描きました。没後50年のことしは東京や札幌でも回顧展が開かれ、多くの人でにぎわっています。

日勝の素顔にもっと迫りたいと去年から取材を続けている私は、当時交流があった人を見つけました。

東京で会社を経営する山口明雄さん(75)は、昭和44年から1年あまりNHK帯広放送局で新人ディレクターとして勤務しました。
番組のテーマを探しているときに訪れた帯広の喫茶店の店主が、「すばらしい画家がいるから、取材してみたらいいですよ」と発した一言で日勝の存在を知り、2人は出会いました。

山口さんは当時の日勝について、画家としてたぐいまれな才能を持った人で、人間として本当に親切で優しくて思いやりがあったと話します。
日勝には番組を収録するスタジオに置く背景画を描いてもらうなど、仕事でも付き合いがありました。
芸術が好きな山口さんはすぐに日勝と意気投合し、喫茶店で度々語り合うほどの仲でした。

日勝との忘れられないエピソードについても語ってくれました。

山口さん
「私がブルースがとても好きでそういう話をしていたら、神田さんがすごくのめり込んできてですね。『うちのアパートに4、5枚レコードありますよ』と言ったら『行きたい行きたい』と。それで、うちのアパートに来られたんですね。ブルースを2人で聴いて、コーヒーを飲むという時間もありましたね」

その一週間後、さらに驚くことが起こりました。
「山口さんのアパートが殺風景なので、壁のところに絵を置いて楽しんでもらおうと思って」と言い、日勝が自分の絵をアパートまで持ってきたのです。
その絵は縦横1メートル80センチあまりの大作で日勝がトラックに積んできてくれたそうです。

その作品は今どこにあるのか、私が取材したところ、山口さんの記憶から昭和43年に描かれた「晴れた日の風景」だとわかりました。
豊かな色彩と激しい筆さばきが特徴で、これまでの作品と大きく画風が異なる作品として知られています。

この作品について、神田日勝記念美術館の川岸真由子学芸員に聞きました。

川岸学芸員
「その頃の日勝というのは、絵が売れるようになってきた一番上り調子のころに描かれた作品といってもよいと思います。
ものすごくエネルギッシュでパワフルなすごく活力がわいてくるような大画面の、しかも色彩もビビッドな色彩の絵なので、自分の絵によって山口さんの日常を力づけるようなそういう気持ちがあったのかもしれないです」

この絵に勇気づけられた山口さんですが、この絵を描いた心境を聞いたところ、日勝からは思わぬ答えが返ってきたそうです。

山口さん
「神田さんは『悲しみを捨てるとこんな絵が描けるんだよ』とそういう風におっしゃったんですね。そのとき残念ながら神田さんの悲しみって何ですかって聞けばよかったんですけれども、あとですぐわかったんですけどね。その悲しみっていうのはやっぱり開拓農家としていくら頑張ってもいくら努力しても未来が見えてこないというそういう苦しみだったと思うんですよね」

“交流を続け、いつか番組を作りたい”という山口さんの夢はついえます。
日勝が体調を崩し、昭和45年に病気のため亡くなったためです。

山口さんは、日勝の業績と人間としてのすばらしさをたくさんの人に知ってもらいたいと、翌年から2本の番組を制作しました。その1つが鹿追町で開かれた遺作展をテーマにした番組でした。

没後50年。もし日勝が今この時代にいたらと山口さんは振り返ります。

山口さん
「生きておられたら全世界で名を知られるそういう方になっていたという風に私が確信してるんですよね。50年も経って全く変わってしまったこの世界ですけれども、そういうことをしっかり絵の中に表現してもらえると、むしろその絵を本当に見たいなという気はしますね」

いまも日勝との思い出を大切にしている山口さん。
「晴れた日の風景」は半年ほど山口さんのアパートに飾っていましたが日勝が亡くなったあと、家族のもとに返されました。その後、鹿追町の神田日勝記念美術館に所蔵され、11月8日までは札幌の道立近代美術館で開催されている回顧展で見ることができます。

2人を結んだ「晴れた日の風景」。その絵の持つエネルギーは今もなお、失われることなく
見る人の心をとらえています。

【取材後記】

 一取材者として、そして時には色々なことを語り合える友人として日勝に向き合った山口さん。50年以上経っても日勝とのエピソードをきのうのことのように話してくださいました。
日勝が山口さんにニューヨークやスペインの美術館に行ってみたいと海外へのあこがれを語るなど、2人の信頼関係があったからこその話を聞くことができました。数々のエピソードや生命力あふれる作品に触れると、不思議と日勝が今も生き続けているように感じます。日勝自身からあふれ出るパワーが今なお人々を魅了し続けているのではないでしょうか。偶然にも山口さんが日勝を取材していた時と今の私の年齢は同じくらいだということもあり、日勝が亡くなって半世紀が経った今、同じテーマを取材していることに縁を感じます。このリポートをきっかけに日勝のあたたかい人柄を多くの方に知ってもらえればと思います。
(日笠まり絵)  

      

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