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パラアイスホッケー  永瀬充選手が5年ぶりに現役復帰へ~バンクーバーの奇跡を 起こした男の思い~

ほっとスポーツプラス

2021年1月4日(月)午後4時48分 更新

2021年がスタートしました。 来年2月に開催される予定の北京パラリンピック出場を目指して奮闘している選手がいます。旭川市出身で、パラアイスホッケーの永瀬充選手です。1月23日で45歳を迎えます。そんな永瀬選手は去年、5年ぶりに現役に復帰したんです。その思いに迫りました。
(札幌局 加藤美穂)

あの奇跡の立て役者 日本の守護神が戻ってきた!

「奇跡っていうのはやっぱり起こすものかなって。起こったものじゃなくて起こすもの」そう力強く語ってくれたのが、パラアイスホッケーの日本代表でゴールキーパーを務める永瀬充選手です。永瀬選手といえば、今も語り継がれる”バンクーバーの奇跡”が有名ではないでしょうか。2010年のバンクーバー大会にゴールキーパーとして出場し、準決勝では優勝候補だった地元・カナダを相手に20本中19本のシュートをブロックして見事勝利。日本初の銀メダル獲得に大きく貢献しました。

永瀬 充選手
「現地にいた関係者も誰も日本が勝つとは思わなかったと思うんですよね。でも自分はカナダに勝ってメダルを取りたいと毎晩のように思い描いていたんです。だからこその勝利、奇跡を起こせたのかなと思います」。


一度は諦めた世界との戦い

永瀬選手は、高校1年生の時、次第に手足が動かしづらくなる神経の難病を患いました。大好きなスポーツを諦めていた中、19歳の時にパラアイスホッケーに出会いました。それからわずか3年後、22歳で長野パラリンピックに初出場した永瀬選手は、それから4大会連続で出場。日本の守護神として、長年ゴールを守ってきました。平昌大会も目指そうとしてた矢先、病気の進行で手が動かしづらくなっていた永瀬選手は、思うようなプレーができなくなったことを理由に現役引退を決めました。

永瀬 充選手
「2015年シーズンの最後の世界選手権で、もう全然自分の仕事ができなくて、もうここまでボロボロなんだっていう、もう恥ずかしくなるくらいの試合でした。たぶんチームメートも”あぁ、もうミツ(※永瀬選手のあだ名)は終わった”っていうのが分かるぐらいの試合だったと思います」。

低迷する日本をなんとかしたい

永瀬選手の引退後、日本代表は低迷が続きました。3年前のピョンチャンパラリンピックは2大会ぶりに出場したものの失点が多く、最下位に終わりました。1年ほど前からは臨時で日本代表のゴールキーパーのコーチを務めていた永瀬選手。自分が再び現役に戻ることでチームの課題である守りを強化できると考えるようになり、去年、5年ぶりに現役に復帰しました。

永瀬 充選手
「ギラギラしてる、パラリンピックに行きたいんだっていうのをすごく前面にだしてくれる若い選手もいるのを見ていて、このチームがもっと成長すれば北京にも出られるだろうし自分がまたマスクつけて氷の上に立つっていうことが何かチームに貢献できるんじゃないかな」。

難病と向き合いながら世界へ

復帰した永瀬選手は、トレーニングも再開し、仕事をしながら週に1回、札幌から苫小牧に通ってクラブチームの練習に参加しています。しかし、5年というブランクは永瀬選手にとっては年齢や体力以上の影響がありました。今もなお進行する病気との戦いです。手首や指の筋力は引退した5年前よりもさらに落ちていて、思うように動かせないこともあります。お菓子の袋を開けたり、ペットボトルのキャップを開けたりすることができないということです。そのため防具をつけることも一苦労です。指が曲がってなかなか入りません。


特にキャッチングには病気の影響が現れています。グローブにパックをうまく収めることが難しいといいます。ゴールキーパーは左手にグローブをつけて、飛んできたパックをキャッチします。この時、少しでもグローブを開いたほうがキャッチできる確率が高いのですが、筋力の落ちた永瀬選手にとっては、構えた時にグッとグローブを開くことがなにより難しいのです。

少しでもその指の動きを取り戻そうと空いた時間を見つけては毎日、ボールや輪ゴムを使ったトレーニングに取り組んでいます。やわらかいボールを指先で握ったり、輪ゴム1本を指に引っ掛けて指を開いてみたり、使っている筋肉を1つ1つ意識しながら負荷をかけ、地道なトレーニングを積み重ねています。

永瀬 充選手
「このトレーニングは地味だけど、結構疲れるんです。このトレーニングで、なんとか必死に指を動かしてやろうという気持ちはすごく強いです。人間の可能性は分からないですからね。障害と向き合ってそれをどう生かして最大限の力を発揮するのかがパラリンピックのおもしろいところだ」。

信頼度抜群の守護神は北京でも奇跡を起こす

永瀬選手は去年9月から日本代表の練習にも参加しています。トレーニングの成果もあり、徐々にかつてのプレーを取り戻しつつあります。そんな永瀬選手の存在に周囲も絶大な信頼を寄せています。長野パラリンピックから4大会で共にプレーしてきた吉川守選手は「試合中も声をだしてくれて存在感がすごくあります。守ってくれるっていう安心感があるので、また戻ってきてくれてうれしく思います」と笑顔で話してくれました。

信田 憲司監督
「ベテランの1人としてバンクーバーの時のメダルをとった雰囲気を、全然経験のない若い選手たちに教えてくれる存在だと思います。失点を少なくするというチームの課題を補ってくれ、永瀬選手に刺激をうけて、チームとしてゴールキーパーのポジションは今レベルがかなり上がってると思います」

2010年にバンクーバーの奇跡を起こした永瀬選手。進行する難病と向き合いながら、5大会目のパラリンピック出場を目指し、再び奇跡を追い求めます。

永瀬 充選手
「アイスホッケーのゴーリー(ゴールキーパー)っていうのは奇跡を起こすことができる特別なポジションかなっていうふうに思います。44歳っていう年齢で復帰して手の状態も考えたら、周りに不可能かなと思われるかもしれないところを可能にしていく。北京のチケットを手にする、それが私のことしのかける思いです」。

北京大会への足がかりになる、ことしの春に予定されていた世界選手権は残念ながら新型コロナの影響で延期になりました。開催の見通しは立っていませんが、北京への切符を手に入れて、再び氷の上で奇跡を起こす永瀬選手の姿を見たいと思います。

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