NHK札幌放送局

アイスホッケー 藤本那菜 日本のゴールを守る女神

ほっとスポーツプラス

2022年1月7日(金)午後7時49分 更新

北京オリンピック開幕まで1ヶ月を切りました。日本で最初に出場を決めていたのが、アイスホッケー女子の『スマイルジャパン』です。先月、代表メンバーが発表され、札幌市出身の藤本那菜選手が3大会連続で選ばれました。藤本選手のポジションはゴールキーパー。絶対的守護神として日本を勝利に導く藤本選手にことしにかける思いを聞きました。3回目のオリンピックで初のメダルを。藤本選手は集大成として挑もうとしています。(札幌局 加藤美穂)

絶対的守護神・藤本那菜選手

スマイルジャパンの正ゴールキーパー、背番号『1』の藤本那菜選手。ソチ・ピョンチャンに続き、3大会連続でオリンピックの代表メンバーに選ばれました。

ピョンチャン五輪 藤本那菜選手

藤本 那菜選手
「チームが勝ちにつながるようなセーブ・守りができればなと思っているので、いい流れを作れるようなパフォーマンスができればなっていうふうに思ってます」

藤本選手は、2015年に世界選手権でベストゴールキーパー賞を受賞しました。これは日本選手として初めての快挙です。そんな世界屈指の絶対的守護神である藤本選手の1番の持ち味は、パックをはじいたあとの『動きの速さ』です。どんなに左右に振られても、2発目3発目のシュートをコースを防ぐ体勢にもっていくことができます。前回のピョンチャンオリンピックでも、4試合で80本のシュートを防ぎ、日本の初勝利にも大きく貢献しました。

実は運動が苦手!?強みを生んだ“努力”

そんな藤本選手、実は。

藤本 那菜選手
「基本的に球技が苦手、運動も苦手ではあるんですけど」

にわかには信じられないその発言に、ずっとそばで見てきた父・絢士さんに聞いてみると。

父 絢士さん
「あんまり運動神経がよくなかったほうなので、そこで日本代表になること自体も“あ、そうなんだ”って。まあ日本代表になった時はすごくうれしかったですけどね。私も含めて周りの人も多くが驚いたと思います。それくらい意外ですね。アイスホッケーのゴールキーパーが那菜には合っていたんでしょうね」

藤本選手はいかにして成長できたんでしょうか。その原点が家族にありました。藤本選手は6歳でアイスホッケーを始めましたが、ご家族に聞いてみると「パックを自在にあやつるハンリングやシュートなどすべてにおいてうまくなかった」といいます。小学5年生からゴールキーパーになると、社会人チームでゴールキーパーの経験があった父からマンツーマンで指導を受けていたそうで、そこからしだいに才能が開花していくことになります。藤本選手に当時の父との練習の思い出を聞いてみました。

藤本 那菜選手
「当時は怒られた記憶しかなくて(笑)守りの基本・基礎っていうのを徹底的にたたき込まれたと思います。ゴールキーパーの基礎は父が作ってくれました」
父 絢士さん
「とにかくうまくさせたかったっていうだけですね。那菜の場合は繰り返しやらないとたぶんできない子なので、日頃からびっちり繰り返し繰り返し、よく飽きずにやってるなっていうぐらいやってましたね」

さらに父の愛はこれだけにとどまりませんでした。藤本選手が高校生のころ、自宅横に専用の練習場を作りました。トレーニング器具を始め、特殊なシートを使って、1年中シュートが打てたり、スケーティングができたりと本格的な練習場です。ここで毎日のように一緒に練習してきたのが、2つ下の妹・奈千さんです。ともに日本代表メンバーに選ばれたこともあります。ディフェンダーでもある奈千さんがシュートを打って、ゴールキーパーである藤本選手がそのパックを止める、そういった練習を繰り返してきました。

妹 奈千さん
「よきライバルであり、よきトレーニングパートナーでありみたいな感じです。1回の練習で300本は普通に打って、姉と勝負をしてたんですけど、でもやっぱり疲れたほうが負けみたいな感じになって、そうなるとやっぱり勝てないですね(笑)そういう時の姉の集中力は本当にすごいものがあって」

それは、ゴールキーパーの藤本選手だけでは決してできない練習です。妹がいたからこそ成長できたと藤本選手は感じています。

藤本 那菜選手
「妹に苦手な部分とかをそのポイントに打ってもらえるように指示も出したりとか、練習も一緒に考えたりっていう、そういう感じでやってきました。そのおかげで苦手だった部分も克服できてきて、これまでの成果につながってきてる部分がすごくあるんじゃないかなっていうふうには思ってます」

世界屈指のGKとして五輪へ

家族の支えもあって、たゆまぬ努力を積み重ねてきた藤本選手。世界屈指の名ゴールキーパーへと成長し、いよいよ3回目の大舞台に挑みます。

藤本 那菜選手
「やるからにはメダルがほしいなっていう風には思ってるので、『3度目の正直』じゃないですけど、集大成にできる大会になればいいなというふうに思います」

そんな藤本選手、ヘルメットにもこだわりがあります。今大会も藤本選手自身がデザインをしていて、墨絵で描かれた干支のとらや日の丸など。和柄がふんだんに描かれています。そこには自分自身はもちろん、そのヘルメットを見たほかの代表選手たちにも『日本を代表している選手なんだ』という強い覚悟を持って欲しいという思いがあります。

『スマイルジャパン』は、開会式前日の来月3日、スウェーデンとの初戦に臨みます。

【こぼれ話】

コロナ禍でも家族が支えに。エールも

父が作ってくれた練習場は、このコロナ禍の2年の間もとても大切なものだったと藤本選手は話します。施設が閉館になり練習もできない日々が続く中、父手作りの練習場で、個人技術を磨いてきました。

藤本 那菜選手
「自粛期間は活用してたなっていうのはすごくあって。スケートをはいてより実践に近くというか氷上に近い形で練習するスペースもあるので、感覚を忘れることなくできて、練習場があってよかったなとは思います」

父・絢士さんと妹・奈千さんも大舞台に挑む藤本選手にエールを送っています。

父・絢士さん
「親からすると安定感があるのである程度安心して見てますけど、実際に自分の娘が出る試合ってハラハラして見てられないですよね(笑)0点に抑えて、チームメートに点をとってもらう。初戦をまず勝って、メダルにより近く1戦1戦大事に戦ってほしいなとは思います」
妹 奈千さん
「世界と戦う難しさ、オリンピックだとまた違った緊張感があるとは思います。この2年間はコロナ禍で思うとおり練習ができなかったり、難しかった時もあったりしたかなと思うんですけれども、3回目のオリンピックの舞台を迎えれるということで、あとは楽しんでやってほしいなと思います」

《取材後記》

ゴールキーパーは孤独なポジションだとよく言われますが、それでも強いメンタルで立ち続けられるのは『たくさんサポートしてくれた家族や仲間たちと過ごしてきた時間があるから』だと藤本選手は話していました。想像できないほどの大きなプレッシャーがその背中にはのっていると思いますが、オリンピックで堂々とプレーする背番号「1」の躍動が今から楽しみです。

『スマイルジャパン』という愛称の通り、選手たちの『スマイル』がはじけてほしいなと思います。

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