今にも動き出しそうな牛。これは、写真でも絵でもなく版画です。彫刻刀で板を削り1ミリほどの線だけで構成されています。1本1本の線だけで骨格や筋肉などを立体的に表現しています。作品は5月にオープンした小清水町役場新庁舎にも展示されました。
オホーツク海側の小清水町で酪農従業員として働きながら、版画家として活躍する冨田美穂さんを取材しました。
<酪農の1日>

冨田さんは、朝4時すぎに牧場に出勤。朝の搾乳から仕事が始まります。小清水町の原田農場で酪農従業員として働いています。

搾乳が終わると、牛を放牧場に出して牛舎の清掃。子牛に餌を与えるなどして午前の仕事が終わります。6時間ほど休憩し午後2時から作業再開です。午後は放牧した牛を集め、夕方の搾乳作業が終わる午後7時まで働きます。

大学在学中の20年前、アルバイト先の士幌町の牧場で、ある「牛」に出会いました。冨田さんになついた牛(個体識別番号620)にすっかり魅了され、卒業制作で牛の大きさそのままの木版画を制作しました。

<作品は全て牛>



冨田さんは、北海道各地・東京・九州・ドイツのベルリンなどで、23回、個展を開催しています。20年間、一貫して牛を描き続けています。
「牛には個体差があって、優しく人なつこい牛もいれば、人に慣れない牛もいます。1頭1頭それぞれに性格があります。おっとりした天然タイプ、人なつこいようで実際は人間嫌いなど、さまざまです」
<アトリエ>
空き家だった牧場の従業員住宅がアトリエです。

1週間のうち2日は牧場で働き、残り5日はアトリエで過ごします。彫刻刀で板を彫る音が響いていました。作業は6時間。繊細な作業で集中力が必要なため20分で休憩。牧場の風景を眺めたり音楽を聴いたりして集中力を保ちます。黒く塗った板を彫刻刀で削ります。牛の毛並み1本1本を、長さ・方向・太さを変えながら丹念に削っていきます。わずか1ミリほどの線で、2メートルを超えるホルスタインを彫るのは4か月かかります。

全体のバランス・立体感・筋肉の躍動感を決める下絵は鉛筆でデッサンします。この鉛筆で描かれたデッサンだけでも作品になると思うのですが・・。これは、あくまでも彫るための下絵です。4か月間の彫りの作業が終わると、雁皮紙(がんぴし)という薄い和紙に刷ります。作品が完成するまでに、着想から1年という長い時間がかかります。

「牛以外を描こうと思ったことはないんですか?」

「ないです。牛を好きになったら、牛がかわいいんです。牛がかわいいっていう気持ちは全然なくならなくて、テーマとして描いても描いても奥深いんです。1頭1頭は、体形も性格も違う牛だし飽きませんね」
<版画で描く>
「鉛筆で描くと、立体感を出すように足したり引いたりできるんですけど、彫刻刀で彫るだけだと「線を彫る」その1つの単位でしかできない。「消す」ということができないんです。1本の線で立体感や陰影・質感を表現するために気を遣って彫っています。
小清水町は何でもあります。知床連山もオホーツク海も濤沸湖もあって、畑があって牧場がある。全てがあります。とても魅力的です。その気持ちは、最初に訪れた時からずっと、今も変わりません」

冨田さんは、ことし秋に東京都美術館に展示される作品を制作中です。これから夏に向けて「彫り」の作業が始まります。酪農と版画。冨田さんの牛を描く日々は続きます。
2023年6月5日
北見放送局 畠澤 宏
放送予定 ほっとニュース道北オホーツク
6月6日(火)午後6時40分から
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