コロナ禍にあえぐ北海道。しかし、いま道内でリゾート開発が過熱している。億を超える物件でも飛ぶように売れる。10億円を超える別荘の建設も相次ぎ、投資の勢いは留まることを知らない。
その背景にいるのは海外の投資家たちだ。コロナ禍のいまだからこそ、海外の投資家たちは北海道に注目しているという。いったいなぜなのか。背景を探った。
観光客ゼロでも投資熱冷めず
去年12月、以前から取材をしているニセコエリアで不動産業者を営む男性から電話があった。「コロナ禍の今、投資熱は全く冷めない。海外からの投資はさらに加速する」という電話だった。
ニセコエリアとは北海道倶知安町・ニセコ町・蘭越町の3町で構成される広域観光圏のことだ。スキー場の麓では、海外資本による投資で15年ほど前から急激な開発が進んでいる。私が数年前に取材した時に数千万円で売買されていた物件は値上がりして、今では数億円と価格が何倍にもなっているものも少なくない。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で世界各国との間には渡航制限がかかり、観光客はもちろん、投資家たちも日本に入国することができないはず。なのになぜだろう?ことし1月下旬、私はニセコエリアへと向かう特急に飛び乗った。
東京など首都圏を中心に緊急事態宣言が発出され、今なお新型コロナウイルスの感染拡大は収束の兆しが見えない。感染対策を徹底するためのマスクは、予備も含めて10数枚持ってきた。カバンの小さなポケットには消毒液も入れている。
国の「Go Toトラベル」も一時停止されていて、特急の車内には観光客らしい人の姿は見られず、車内はガランとしていた。大勢訪れていた外国人観光客もいなくなった。車内には次の停車駅を告げる音声案内しか響いておらず、話し声が聞こえない。英語や中国語の音声案内さえも少し寂しく聞こえた。

ニセコエリアで最も開発が進んでいる「ひらふ坂」の周辺地域は、東急リゾートが運営する「グランヒラフスキー場」の麓にあるエリアだ。リフト乗り場のすぐ側から何棟ものコンドミニアムが建設されている。ニセコエリアを急速に開発させた背景には、この「コンドミニアム」と呼ばれるビジネスモデルがある。

コンドミニアムはベッドルームのほかにリビングなど生活空間がある宿泊施設だ。1部屋ごとに分譲で販売され、それぞれの部屋にオーナーが存在する。オーナーは主に投資家で、数千万円から数億円の価格で部屋を購入し、自分たちが利用していない時は宿泊施設として観光客に貸し出す。宿泊料の数%を利回りとしてオーナーが受け取れるという仕組みだ。開発する企業にとっては建設費などの開発費用を早く回収できるというメリットがある。
新型コロナウイルスの感染拡大が本格化する以前は、ニセコエリアでは外国人の宿泊客数が右肩上がりに増えていた。滞在が長い人は数か月間コンドミニアムに滞在し、スキーを楽しむ姿が見られた。どこを見ても外国人ばかりだった去年とは違い、スキーをしている人の姿はまばらで、リフト乗り場に列を作っていた外国人の姿はない。街中を歩く人の姿もほとんど見られず、時折どこかの施設のスタッフジャンパーを来た日本人とすれ違うだけだった。

急速に開発されてきたニセコエリアは今どうなっているのだろうか。私は以前から取材している橋詰泰治さんの元を訪ねた。ニセコエリアを中心にコンドミニアムの開発を行ったり、別荘などの不動産を売買仲介している「NISADE」の社長だ。

「NISADE」 橋詰泰治社長
「コロナになっていて宿泊客はほとんど訪れていないが、ニセコに投資をしたいとか開発をしたいという人からの問い合わせは例年とほぼ同じ。投資意欲にはニセコの影響は見られない。ニセコエリアに投資をしている海外の投資家は本当に富裕層で、1年や2年、宿泊料の利回りが入らないということはあまり関係ない。資産保護の観点から見ても、日本の不動産はコロナ禍においても価格を下げていない。安定した投資先として、むしろ注目が集まっているぐらいだ」
投資家たちが直接来られない今、商談の多くはメールでのやりとりが中心だという。実際に投資家から送られてきたというメールを見せてもらった。「ニセコエリアの土地に興味がある。1坪あたり20万円で購入したい」と書かれている。

なぜ、観光客が来ないのに投資をするのか。実際にニセコに投資をしているシンガポール人の女性にオンラインで話しを聞くことができた。ニセコエリアのコンドミニアムの1室を所有し、コロナが収束したあとを見据えているという。

投資家 ジン・ルーさん(シンガポール)
「今、世界中の人々は旅行することを切望しているので、コロナが収束したら、ニセコにはもっと多くの人が来ると信じています。投資とは常に長期的なものなのです。いい機会があれば、今持っている物件を売って次の物件を買う。それが私の投資の計画です」
相次ぐ開発の陰に“超富裕層”
北海道内では今、海外資本によるリゾート地の開発が相次いでいる。ニセコエリアでは去年、アメリカの大手ホテルブランド「パーク・ハイアット」や「リッツ・カールトン・リザーブ」が相次いで開業した。ことしの12月にはシンガポールの大手不動産開発会社が大型のコンドミニアム「雪ニセコ」をオープンする予定だ。

ニセコエリアでは“超高級別荘”の建設も盛んに行われている。橋詰さんにその1つを見せてもらった。
倶知安町のひらふ坂からさらに下がり、「アンダーヒラフ」と呼ばれるエリアを進むと、大きく構えられた建物が見えてきた。3階建てで建物の総面積は500平方メートルを超えるという。シンガポールの超富裕層が3年前に建設した高級別荘で、現在は売りに出されていないが、売るとすれば10億円はくだらないという。

中に入ると広々としたダイニングとリビング。3階には5つのベッドルームが備えられ、それぞれの部屋にシャワールームが設けられている。ほかにも葉巻などを楽しむ「シガールーム」や、トレーニング用品がそろった「プライベートジム」、サウナが併設された「バスルーム」など、高級物件と呼ぶにふさわしい設備も設けられていた。

「NISADE」 橋詰泰治社長
「世界的な高級ホテルが相次いで開業したり、建設を発表するなどして、世界中でニセコという名前が認知されるようになった。これまでニセコに訪れていた富裕層よりも一段階上、言うなれば“超富裕層”もニセコを訪れるようになった。こうした超富裕層の人たちは、コンドミニアムのような3LDKや4LDKといった部屋では“手狭だ”と感じる人も少なくない。なので自分たちで大きな別荘を建設して滞在する」
道内の海外資本4000超の衝撃
北海道に投資をしている海外資本の数はどのぐらいあるのだろうか。北海道庁に問い合わせると、数は把握していないという回答が返ってきた。そこで私たちは自分たちで数を調査することにした。
北海道内の人口が2万人以上の市と町、ニセコエリアを有する後志地域の市町村など、合わせて56の自治体に調査を依頼した。およそ2週間後、同封した返信用封筒が次々と返ってきた。少しばかりの高揚感を覚えながら1つ1つ開封していく。想定していたよりも多くの海外資本が道内の不動産を購入していることが明らかになった。
去年1月1日時点での件数だが、北海道内に土地または建物の不動産を所有している海外資本の数は、少なくとも58の国と地域から延べ4406に上った。これは前の年の3922に比べて12%余り増加している。

自治体別で見ると、やはりニセコエリアが最も多く、3町の合計は2283で大都市・札幌より2倍以上多く、その割合は半数を超えている。中でも倶知安町は町内の不動産所有者のおよそ4分の1にあたる24.33%が海外資本であることが分かった。

国や地域別で見ると、香港が938で最も多く、次いで中国本土が703、オーストラリアが519、シンガポールが321など、アジア諸国を中心に北海道への投資が進んでいることが分かった。
海外資本の投資の動向に詳しい北海道銀行NISEKO出張所の葛西英剛所長に、なぜこんなにも増加しているのか尋ねた。

北海道銀行NISEKO出張所 葛西英剛所長
「北海道には2030年に北海道新幹線が札幌まで延伸されたり、冬季五輪の招致を表明するなど、不動産の価格が上昇するであろうポジティブな話題が多く、安心と信頼が高まり海外の投資家たちから注目を集めている。新型コロナウイルスの感染拡大で世界各国が行っている金融緩和などを背景に投資はさらに加速する」
金融緩和が投資過熱の背景に
新型コロナウイルスの感染拡大で、日米欧など世界各国の中央銀行が大規模な金融緩和を行っている。金融緩和を行うということは、低金利になるということだ。

金利が低くなれば、企業が銀行から資金の融資を受ける際に、借りた資金を返済する総額が安くなる。世界各国が行っている大規模な金融緩和は経営が苦しくなっている企業を支援するのが目的だが、この時、リゾート開発を行う企業にとっても資金を調達しやすくなる。このためリゾート地での開発が進むことになるのだ。

投資家の目線から見れば、金利が高ければ銀行に自分の資金を預金しているほうが、その利息だけで保有している資金が増えていくが、金融緩和で金利が低い時は預金をしていても資金は増えないばかりか、経済が低迷すれば自分たちの資産が目減りしていくことになる。つまり「銀行に預金をしていても損をする」という状況なのだ。
そうならないように価値が上がる可能性がある不動産や株式に資産を投資したいと考える。こうした中で、投資家たちの巨額のマネーが北海道へと流れ込んでいるというのだ。
億超え物件ひしめくニセコは“割安”
こうした中でもニセコエリアへと注目が集まるのはなぜだろうか?北海道銀行NISEKO出張所の葛西英剛所長は「ニセコは世界のリゾート地と比較すると“割安”なんです」と話す。

世界各国のスキーリゾート地を毎年調査しているフランスの不動産調査会社「Savills」の調査によると、ニセコエリアの不動産取引の価格相場は1平方メートルあたり7900ユーロ、日本円にするとおよそ99万円だ。

実際に世界の名だたるスキーリゾートと比較すると、「クルシュヴェル(フランス)」は1平方メートルあたり316万円、「アスペン(アメリカ)」は1平方メートルあたり276万円、「サンモリッツ(スイス)」は226万円などとなっていて、ニセコの価格はおよそ3分の1でしかない。
アジア情勢に詳しいアジア通信社の徐静波代表は、ニセコを取り巻く現状をこう説明してくれた。

アジア通信社 徐静波代表
「中国やアジア各国からは数時間あれば日本に来ることができる。特に北海道は四季折々の魅力が高く、別荘地として非常に需要が高い。不動産価格が上がるという期待感が高まるので、転売して利益を得るキャピタルゲインも狙える。非常に注目されている。コロナが終わったら投資家はもっと来ますよ。2019年のころよりも多くの人が。投資家たちは今、北海道に行きたくて行きたくてたまらないんです」。
ニセコエリアはアジア有数のスキーリゾートであり、世界でも屈指のパウダースノーが楽しめると人気だが、投資家たちから見れば「割安」で「まだ価格は上がる」と考えられていると言うのだ。
ニセコから各地へ広がる海外資本
近年、海外資本による開発や投資はニセコエリアを飛び出し始めた。去年12月には後志の留寿都村にカナダ資本が開発した高級コンドミニアム「The Vale Rusutsu」が開業した。

さらに去年12月には富良野市に香港の不動産開発会社が「フェニックス富良野」をオープンした。価格は2億円を超える部屋もある。しかし、建設中から香港やシンガポールの投資家に飛ぶように売れた。

支配人のエバンズ・ギャレスさんは投資家が抱く期待感をこう代弁してくれた。

「フェニックス富良野」 エバンズ・ギャレス支配人
「全部売れました。もう残ってないです。投資家たちから見れば、北海道の土地はすべて魅力的な場所です。彼らは次の投資先を探しています。もっと全道各地に広がっていくと思います」
ニセコエリアを中心に海外から多くの投資マネーが流れ込む北海道。こうした中で次なる国際リゾート地になると期待が高まり、海外の投資家たちから注目されているのが富良野だ。
なぜ海外の投資家たちは富良野に注目するのか。背景を探るために富良野へと向かった。
《第2弾の記事に続く》
2021年2月12日放送
取材・函館放送局 川口朋晃
平成25年(2013年)入局後、小樽支局にて5年間勤務、平成30年より函館局に勤務。現在は市政・経済を担当。ニセコエリアを中心に北海道内の海外資本の不動産取引の背景を取材して8年目。