NHK札幌放送局

ぼくが生まれた理由

ほっとニュースweb

2021年6月2日(水)午後7時25分 更新

「どうしてぼくは生まれたんだろう」
ひとりの男の子がいつも考えていました。フィリピン人の母と日本人の父。容姿が違うからと、幼い頃からいじめや差別を受けてきました。生きることに希望を持てなかった彼が出会った「映像の世界」。今、彼には映像を通して世の中に伝えたいことがあります。 

ものがなくなれば犯人扱い 

成田淳(Narita jhonelic manalo)さん(27)。東京を中心に活動し、アーティストのPVや企業の広告映像などを数多く手がける映像監督です。

フィリピンから出稼ぎに来た母親と、日本人の父親との間に愛知県で生まれました。もの静かで心優しい少年でした。

兄と写った1枚 右が淳さん

成田さんが生まれてすぐ、実の父は蒸発しました。母はビザが切れていたため、強制送還をおそれて成田さんの出生届を出せませんでした。

そのため、成田さんにはしばらく戸籍がありませんでした。

育ての父は、血のつながりのない成田さんに愛情を注いでくれました。戸籍のない成田さんを幼稚園や小学校へ通わせるため、町中の学校を探し回ってくれました。父は、成田さんが初めてランドセルを背負った姿を泣いて喜んでくれたといいます。

しかし、ようやく通えた学校で待ち受けていたのは、いじめや差別でした。肌の色が違うから、顔が違うから、仲間はずれにされ、からかわれました。

当時流行っていたカードゲームがなくなったときには、真っ先に自分が疑われました。電車に乗れば周囲からじろじろと見られ、席にすわると避けられました。

「どうして僕は生きているんだろう
 どうして僕は生まれたんだろう」

不条理な経験が少しずつ、幼い成田さんから“生きる希望”を奪っていきました。

初めて見つけた自分の世界

自分のことを知らない地元から離れた高校なら、いじめはなくなるかもしれない。期待を抱いて高校へ進学しました。

「オバマ オバマ」

学校中の生徒に、当時のアメリカ大統領の名で呼ばれました。ここでも、心無い言葉に成田さんは傷つきました。

高校時代の成田さん

いじめやからかいは続きましたが、うれしい出来事もありました。昔からパソコンに詳しかったため、情報の授業は成績が良く同級生に教えているほどでした。

それをきっかけにして、少しずつ、友達ができました。その友達から、「文化祭のライブの背景に流す映像を作ってほしい」と頼まれ、やってみることにしました。

写真を音楽に合わせてつなぎ合わせた10分間の映像は、学校中で話題になりました。自分のことを知らない生徒も先生も褒めてくれたといいます。

成田さんにとって、自分が作ったもので人を喜ばせる生まれて初めての経験でした。

「そのときに僕は存在してもいい
 生きていていいんだなと思った」

それから、成田さんは寝る間も惜しんで映像作りに没頭しました。高校を卒業したら専門学校で本格的に映像の勉強をする。それが成田さんがみつけた“希望”でした。

ぼくは生きていても仕方がない

この頃、成田さんは育ての父から「実の父ではない」と打ち明けられたこともあり、親子関係が冷え込んでいました。

さらに、リーマンショック後の不景気で両親の収入が大幅に落ち込んでいました。

「映像の勉強をしたいからお金を出してほしい」とても自分の夢を両親に話せる状況ではなく、進学をあきらめました。

同級生が大学や専門学校に行く姿を見ながら、家計を助けようと地元のスーパーに就職しましたが、ここでも差別やパワハラを受けました。

進学を諦めスーパーに就職した成田さん

成田さんの中で、これまで抑え込んできたある感情があふれ出してきました。

「何も悪いことをしていないのに 
 ただ生まれてきただけなのに 
 ただ存在しているだけなのに 
 せっかく映像に出会えたのに
 僕は生きていても仕方がない」

ただそばにいる
成田さんは自ら命を絶つと決め、死に場所を探して街をさまよいました。そのとき、偶然声をかけてきたのが、教会の牧師、土居恵理也さんでした。

土居さんは、成田さんを励まそうとはせず、ただ寄り添い続けてくれました。どんなときでも成田さんの話を聞き続けてくれました。

成田さんと土居恵理也さん

「淳はそのままでいいんだよ」
土居さんが自分の存在を認めてくれたおかげで、成田さんは少しずつ生きる気力をとり戻していきました。

大学でデザインを学び、映像にも理解があった土居さんから、教会の礼拝で流す映像を作ってみないかと誘われたこともあり、再び映像に携わることになりました。

それから、3DCGやモーショングラフィックス、プロジェクションマッピングなど、映像制作のスキルを独学で身に着けました。

やがて、その映像が関係者の目に留まり、企業の広告映像など仕事の依頼が少しずつ来るようになりました。

独り立ちできるまで10年ほどかかりました。そのころ、あるアーティストの曲に出会いました。

生きててくれてありがとう


北海道のロックバンド「ナイトdeライト」が、自殺を防ごうと作った曲「生きててくれてありがとう」です。

生きることがつらく苦しい人へストレートなメッセージを歌っています。

ナイトdeライトのメンバー
「こころとこころ重なるまで 
 何も言わずにただ居ておくれ 
  生きててくれてありがとう」

成田さんがこの曲を聞いたとき、自分が歩んできた人生と重なりました。土居さんのように寄り添ってくれる存在がいたからこそ立ち直れた経験を思い出しました。

この曲をもっと多くの人に届けたい考えました。

当事者だから伝えられる

「北海道いのちの電話」から依頼を受けて、成田さんは曲に合わせた映像を作ることにしました。出演者は役者やエキストラではなく、人生に思い悩んだ経験のある人たちです。

「生きててくれてありがとう」制作風景

集まった7人の男女の中には、いじめやパワハラ、家庭の不和など、苦しんだ過去があります。成田さんは、当事者だからこそ、伝えられるメッセージがあると考えました。

成田さんの思いに共感した出演者

座っている女性は、学校で友人関係に悩み苦しんだ経験があります。映像では、その女性に1人ずつそっと寄り添う人たちの姿を描きました。

「決してあなたはひとりではない
 寄り添ってくれる人が必ずいる」

成田さんが映像に込めたメッセージです。

3月、映像が動画投稿サイトYouTubeに公開されると多くの反響が寄せられました。

寄せられたコメントを見て、成田さんは幼いときから考えてきた“問い”への答えが見つかったといいます。

ー「どうして僕は生まれたんだろう」

「苦しい経験をした自分だからこそ 
 同じ思いをしている人へ届く
 映像を作ることができる
 それに僕の人生かけて
 取り組みたい」


499人。去年自ら命を絶った小中高生の数です。電話で悩み相談に応じる「北海道いのちの電話」は、コロナ禍で10代からの電話相談が増えているといいます。

一方で、相談員の高齢化や運営資金の不足など、様々な理由ですべての電話を受けられない現状があります。                

「誰かが誰かのために生きている」

動画に寄せられた中で、私が胸を打たれたコメントです。成田さんの動画のメッセージのように、私も、家族や友人など身近なひとりひとりに優しく寄り添っていきたいと思います。

NHK札幌放送局 腹巻尚幸カメラマン

2021年5月26日放送



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