NHK札幌放送局

登別温泉に帰ってきた!大ちゃんのピザ

ほっとニュースweb

2021年2月24日(水)午後3時50分 更新

「この味だ!」「これを待っていたんだよ」。2月1日、登別温泉のピザ店はマルゲリータをほおばる常連客たちの笑顔であふれていました。その様子をキッチンから見つめていたのは、ピザ職人の大坂大貴さん(27)です。
客にピザを焼くのは4か月半ぶり。去年秋から闘病生活を送り、この日、店に復帰したのです。ピザ職人として再出発するまでの日々を見つめました。
 (取材:上野哲平カメラマン) 

ピザ職人を目指して

登別市出身の大坂さんは生まれる前に父親を事故で亡くし、母子家庭で育ちました。

20歳でピザ職人を志し、東京で修行を3年。そして、ピザの本場であるイタリア・ナポリへ。街を巡って気に入った味が見つかれば、その店に通い続ける日々。ピザ職人としての技術、哲学を吸収していきました。

こだわりはマルゲリータに集約されています。具材はトマトソースとチーズ、バジルだけ。シンプルであるがゆえ、ごまかしが許されず、職人の腕が問われると言います。
上手に焼けた時と焼けなかった時の違いは何か、データを細かく記録。修業時代は寝る間を惜しんで200枚以上のピザを焼き続けたこともあります。理想のマルゲリータを追い求めました。

ふるさとでピザ職人に

「毎日でも食べたくなるようなピザを日本で提供したい」。帰国後、ふるさとの登別市に戻り、キッチンカーで販売を始めました。ピザはすぐに評判になり、1年後、24歳で登別温泉に念願の店舗をオープンしました。おいしさに加えて、大坂さんの明るいキャラクターにひきつけられ、常連客が着実に増えていったのです。

ピザ職人 大坂大貴さん
「“おいしい”と言われたら、プロとして間違いなくうれしいです。キッチンカーから始まったので、1歩ずつ1歩ずつ前に前進していったかなと思っています」

夢の途上で突然の病に

2020年9月、ピザ職人としての危機に直面しました。体調を崩し、病院で診断を受けた結果、心臓と肺を結ぶ血管にがんが見つかったのです。医師からは「かなり危険な状態。今夜が山かもしれない」と告げられました。
翌日から抗がん剤治療が始まり、寝たきりの生活が1か月半。手脚のしびれ、吐き気、めまいに襲われ、何を食べても「変な味」としか感じなくなりました。

闘病の日々を支えてくれたのは友人や店の常連客でした。毎日のように送られてくる激励のメッセージ。抗がん剤治療で髪が抜けてしまった大坂さんを励まそうと、友人たちがバリカンで丸坊主にする様子を収めた動画も送られてきました。「コロナ禍でお見舞に行けないけど一人じゃない。いつも一緒だ」という力強いことばも添えられていました。

医者からは「最低でも半年の治療が必要だ」と言われていましたが、わずか3か月で治療を終え退院にこぎつけました。

「店を開いた時はたった一人だったけど、今はたくさんの人が支えてくれる。全然つらくない。最初から最後まで弱音を吐かずに治療を乗り越えられたのは、周りにいる人たちのおかげと思っています」

復帰支えた常連客への思い

しかし、ピザ職人としての再出発は決して楽なものではありませんでした。長い入院生活で低下した体力。抗がん剤の副作用ではがれてしまった指の爪。これまで培ってきた生地を伸ばす指の感覚も失っていました。
ピザ作りの練習を再開しましたが、なかなか納得できる仕上がりになりません。それでもあきらめず練習に打ち込めたのは「闘病生活を支えてくれたお客さんにピザを食べてもらいたい」という思いがあったからです。

ピザ作りを再開して約1か月がたった2月1日、店に復帰する日に常連客を招くことになりました。キッチンの大坂さんは「常連さんだからこそ、ちょっと緊張するよね。言い訳をしたくないし…」と少し硬い表情で準備を進めていました。

笑顔に変わったのは、続々とやってくる常連客と再会した時でした。「お帰り!大ちゃん」と声をかけられ、照れくさそうな大坂さん。この日、心を込めて焼いたのは代表メニューのマルゲリータです。「待ち焦がれた味だよ」と、メガネを外して涙をぬぐう客もいました。

ピザ職人 大坂大貴さん
「前よりおいしいピザを今の体の状態で作るにはどうしたらいいかなと思っていたんですけど…病気があったことを忘れていました。本当に楽しかった」

“笑顔になる店”を目指して

大坂さんが目指すのは“帰る時に笑顔になっている店”です。おいしい食事はもちろん、店の雰囲気やもてなし、メニューや食材にまつわるストーリーも楽しんでもらいたい。入院中も店がすべきことや、どうしたら客に楽しんでもらえるかを考え、ノートに書き留めてきました。闘病生活を経て一回り大きくなり、ピザ職人の道を再び歩み出しています。

「お客様がピザ食べに来てくれて、すごく幸せな状況だなって思います。これからももっとお客様を喜ばせたいと思っています。自分の店があることで、登別温泉がより魅力のある場所になればいい」

《取材後記》

大坂大貴さんは、とにかくまっすぐで、ぶれない青年です。しきりに出てくる言葉は「お客さんを楽しませたい」。私は大坂さんが小学校のクラスに一人はいたお調子者かなと思いましたが、すぐに考えを改めました。
大坂さんは母子家庭で育ちました。「決して恵まれた生活ではなかったが、楽しい家庭だった。自分のしたいことをさせてくれ、背中を押してくれる」と母親のことを誇らしく話していました。
私は大坂さんに質問しました。「お母さんを楽しませたいって思うことありました?」。
少しの沈黙の後、出てきた答えが「そんなこと聞かれたことないですけど、確かにそうですね。家に二人きりで黙っていると、暗くなることがあるんです。そんな時、子どもながらになんとか母を笑顔にしようとしていました」と明かしてくれました。大坂大輝さんの原点はここにあると感じました。

私はたくさんの人たちも笑顔にさせる、魅力あふれる大坂さんのピザを食べに、これからもお店に通い続けたいと思います。

室蘭放送局・上野哲平 2021年2月3日放送

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