はじける笑顔とダイナミックな投てきが魅力の、陸上女子やり投げの日本のエース。旭川市出身の北口榛花選手です。身長1メートル79センチの恵まれた体格と持ち前の爆発力で、3年前には日本記録を樹立しました。そして今シーズン、北口選手は、7月の世界選手権で日本選手としてこの種目初めてとなる銅メダルを獲得するなど、飛躍を遂げました。シーズンを終えた10月、およそ10か月ぶりに生まれ育った旭川市に戻った北口選手は、NHKの単独インタビューで“いまの思い”といつも笑顔でいる理由を話してくれました。
(取材:旭川放送局 田谷亮平)
シーズンを終え、ふるさとに凱旋
今月13日、およそ10か月ぶりにふるさとの旭川市に戻った北口選手は、その一挙手一投足を固唾を飲んで見守っていた多くの市民に温かく迎えられました。割れんばかりの拍手と声援を浴びると、北口選手は満面の笑みを浮かべました。そして、誇らしく胸に掲げたメダルを見せると、「皆さんに見せることができてうれしい」と喜びを口にしました。同じ日、北口選手は、NHK旭川放送局で単独インタビューに応じてくれました。
「やっぱり寒いですね、でもあまり変わりがなくて、戻ってきたなという感じがします」

黒と赤のジャージ姿の北口選手は、何か大きな仕事をやり遂げた後のようなすがすがしい表情でゆっくりと話し始めました。そして、試合の時の真剣なまなざしとは違う、ちゃめっ気のある表情でこのオフの故郷での過ごし方を口にしました。
「トレーニングもしますけど、基本的には家族とだらだらしています。市街地よりは、なんか自然がある方にいきたいな」
笑顔のシーズン
北口選手の今シーズンは、まさに飛躍の年でした。6月の日本選手権で大会2連覇を果たして国内トップの座を揺るぎないものとすると、7月の世界選手権では、この種目、日本選手では初めての銅メダルを獲得しました。やり投げだけではなく、女子の投てき種目全体で初めてのメダルとなりました。

さらに、9月。世界最高峰の陸上の大会、「ダイヤモンドリーグ」では、ランキングの上位選手だけが進める「ファイナル」に出場。ここでも培ってきた技術を存分に発揮して、3位に入りました。同じシーズンに2つの世界大会で表彰台に立ったのです。
「今まで考えられないような、すごい素晴らしいシーズンで、こんなにいい思いだけが続いていいのかなって。逆に不安感を覚えるくらい、いいシーズンでした」

「今まで自分が目標にしてきた世界選手権、世界大会でのメダルだったり、あとは海外の試合を転戦するということがやっとかなえられたシーズンだったので、その味を今回で覚えてしまった。来年以降も同じように戦えたらいいなと思います」
練習拠点を置くチェコのほか、アメリカやヨーロッパなど、海外を次々と移動して試合に出場する大変な日々。それでも北口選手は、そのすべてが楽しい毎日だったと話しました。
「世界を旅行するのが夢だった。色んな国に行ってみたいという考えが、やり投げを始める前からずっとあったので、それを今、やり投げとともにかなえつつある。試合がない時間に、その街を歩いてみることもできた。競技ももちろん楽しいですけど、それ以外にも楽しみを持ちながら生活できるのがすごい幸せ」
活躍の要因は東京オリンピックの悔しさ
飛躍の要因は何だったのか。技術の向上はもちろんですが、北口選手は、精神面の成長が大きかったと振り返ります。その大きなきっかけとなったのが、去年の東京オリンピックでした。
「日本の選手全員にとってとても特別な舞台だったと思います。でも、自分はメダルを取りたいとオリンピック前から言っていたけど、本当にメダルを取れる立場にいたかなということを終わった後に考え直して。やっぱり届く位置にいなかったような気がした」

シーズンオフに、しっかりと足元を見つめ直し、自分に何が足りないかを考えました。筋力や体力、技術。背伸びをせずに、一歩一歩、着実に歩みを進めようと決心したといいます。

1つ1つの練習を地道に積み重ね、競技者としてレベルを上げていった結果、努力が実を結びました。ただ、世界の舞台で銅メダルを獲得しても、全く満足はしていません。目指すは、ずっと夢に見ていた、より高みです。
「自分自身がこれから必要な成長としては、技術の部分では世界と肩を並べられていると思うんですけど、体力的な部分がまだそれに追いついていない。他の選手に追いついていない部分があるので、全体的に体力が必要だなと思いますし、体力がつけば技術的な部分ももっとアップグレードできると思う。自分が憧れる世界記録に近づけるのではないかな」
海外の“仲間”との出会い
海外の試合に出場して得たのは、メダルだけではありません。海外のトップ選手たちと毎試合、しれつな争いを経験していくうちに、友情を深めていきました。それが競技生活のなかで大きな財産となっていることを実感しています。
「お互いはライバルですけど、良い記録が出たら一緒に喜んで、手拍子を求められたら自分もする。“やり投げファミリー”みたいな状況が少しずつ出来てきていて。全然なれ合いとかではなくて、お互いをリスペクトしながらそういった関係が築けている。スポーツって素敵だなと思ったので、日本でもできたらいいなと思います」

“やり投げファミリー”のような関係。実は初めて出場した東京オリンピックでも、同じような思いを抱いていました。

「初めてのオリンピックで決勝まで残ることができて、他の選手がどう動いているのかを見ることができた。やり投げは個人競技ですけど、決勝に1つの国の選手が複数残っていることもあったので、そこでみんなで“がんばろう”とやっているのを見て。日本もいつかそういうチーム、何か1つチームとして世界に戦っているのを見せられるような、そんなグループにしたい」
ふるさと旭川で培った冬の間の練習の経験
北口選手は、高校までは地元の旭川の高校で過ごしました。冬の間は、グラウンドは雪で覆われてやり投げの練習はできませんでしたが、ハンデと感じたことはないと言います。

「冬はあまりハンデだと思ったことはなくて、その間にもハンドボール投げたりとかして。やりは投げないけど、色んなことができる。やりを投げられないからこそ、技術的な部分をイチから見つめ直すじゃないですけど、どうやってやりたいのかを考えたりすることができたので。一概にハンデを負っているというふうには思わないですし、投げられないからこそ、本当に体力的なトレーニングが増えると思うので、土台が上がった状態で投げられるようになった頃には、前の自分とは違う自分になれるのではないかな」
現在は、チェコに練習拠点を置く北口選手。冬は厳しい寒さと隣り合わせですが、北口選手は高校時代と変わらず、冬の間はやりを持たない練習に取り組んでいます。

いま、北海道で練習を積む中高生に伝えたいメッセージがあります。

「冬は体育館だけしか割り当てられなかったりとかすると思うんですけど。例えばやり投げだったらバドミントンしたりとか、あとはバスケットボールをすごく少人数でしたらすごくつらいですよね。ボールを追いかけることで、走り続ける状況をつくったりとか。自分がやっている競技にとらわれずに色んなスポーツを挑戦してほしいと思います。雪に関して言えば、私はチェコで雪球をつくって遠くに投げる練習をしてみたりとか。それで的あてをして、当たるまで誰が一番早くあてられるとか、そういう遊び心を持った練習もすごく大事だと思います。圧雪の上をダッシュするだけでも、それは他の雪のないところではできない練習なので、とてもいい練習だと思います」
いつも笑顔の理由は
インタビューは、終始、北口選手のはじける笑顔と、明るい笑い声に包まれて進みました。試合でも、練習でも、いつもとびきりの笑顔を見せる北口選手。なぜそんなに笑顔でいられるのか。その理由を尋ねました。

「母が、笑顔でいれば幸せなこと、いいことを、笑顔は引きつけてくれるよというふうに言ってくれたので笑顔を心がけています」
ふるさと・旭川の母の言葉を胸に歩んでいく日々。大切にしていた、笑顔。それがいつしかトレードマークになっていました。
「やっぱりつらいこと、苦しいことは当然あるんですけど、それをつらいなと思って全部、表に出して、すごく苦しい顔でやるとよりつらくなるというか。私は色んなことですぐに笑えるタイプなので、そういうこともあるんですけど、笑顔でいられることに周りの人は不快感はないと思いますし、失敗しても笑えるくらいの気持ちがあった方が、自分が絶対にできなさそうなことにもチャレンジできる、そんな感じがします。海外にいっても、“なんで笑っているの?”とか、“なんでそんなに楽しそうに練習しているの?”とか、色々と言われたりはするんですけど、どうせやらなくてはいけないなら楽しくやった方がいいじゃんって思います」
「苦しい顔してやるより、笑顔で」。今年2月の北京オリンピックで銀メダルを獲得した、カーリングの吉田知那美選手も同じように話していました。吉田選手のトレードマークも笑顔。北京大会の後に、いつも笑顔の理由を聞くと「苦しいときに苦しい顔は誰でもできる、でも、楽しくやるのは、覚悟がいる」と話しました。北口選手にそれを伝えると、再び笑みを浮かべて話しました。

「そこまでたぶん深くはないですけど。でも、自分の気持ち的には、どうせやるなら楽しもうっていう思いが強いですね。やらなくてはいけないし、自分がやるなら楽しいことの方がいいなと思うので、楽しくやりたいです」
夢の先の野望は
北口選手のインタビューの時間は30分。次々と投げかける質問に、どれも真剣にはっきりと答えてくれました。目標は、銅メダルを超えるメダルを獲得すること、夢は世界記録をマークすること。ただ、北口選手の笑顔には、それらを達成した先にある何かをつかもうとしているのではないかと感じました。そして、こう尋ねました。「北口選手の野望は何か?」北口選手は、とても優しい表情で、こう答えました。
「日本の中でももちろんなんですけど、世界中にこうやって自分に共感してくれる人をつくりたいなということが、自分の野望になるんですかね。世界中に自分のファンをつくって、どこの国にいって試合に出ても、自分を応援してくれる。もちろん日本人もですけど、海外の人も増えたら、より試合のときにエネルギーになるんじゃないかなと思っていて。アジア人があまり得意としない、このやり投げですけど、アジアの選手で世界中とこういうふうにつながれる選手ができたら今後の日本のやり投げ界だったり、もちろんアジアの選手もそうだと思いますし、これから同じように歩みたいと思っている選手もそういうふうに変わって。その選手たちのために、道を切り開きたいと思っています」

北口榛花選手、24歳。日本記録や世界大会でのメダル、数々の栄光を手にし、より高みを目指しますが、一番手にしたいのは結果ではないのかもしれません。見る者に感動や勇気、希望を与える北口選手の笑顔とビッグスロー。来シーズン、どのような笑顔を私たちに見せてくれるのか、今から楽しみです。

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