NHK札幌放送局

タイ・スラム街の子どもたちが奏でる希望の音楽

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2023年11月17日(金)午後3時50分 更新

「将来、日本の大学を受けてみたい」。目を輝かせながらそう語ってくれたのは、タイ人の15歳の少年です。彼が生まれ育ったのは、貧しいスラム街。そんな街で夢を抱いた彼にとって、人生を切り開いたのは「音楽」でした。

(帯広放送局記者 青木緑)


スラム街で生まれたオーケストラ

世界有数の大都市、タイの首都バンコク。高層ビルやきらびやかなショッピングセンターが建ち並ぶ一方で、いたるところにトタン小屋が密集するスラム街が広がっています。このうち約10万人が暮らす「クロントイ地区」はバンコク最大のスラムです。劣悪な衛生環境で貧しい生活を強いられる人たちの間では、犯罪や薬物の使用が大きな問題となっています。

このスラムの一角に、街のけん騒とは不釣り合いな、美しい弦楽器の調べが流れてくる場所があります。

この地域を拠点に活動する「イマヌエルオーケストラ」。メンバーは約100人の子どもたちです。そのほとんどはスラム街で生まれ育ちました。20年ほど前に教会の宣教師が始めた音楽教室がきっかけで結成され、今はタイや日本の企業などから支援を受けて、活動を続けています。


音楽が外の世界に連れて行ってくれる

そこで出会ったのが、バイオリンを担当するナティー・チャンハーさん(15)です。ニックネームは「ビーム」。練習の合間に、メンバーにジョークを言って笑わせるなど、オーケストラのムードメーカーです。

父親の顔は知らず、母親も幼い頃に家を出て行ってしまい、祖母の手1つで育てられたナティーさん。祖母が縫い物をしたり飲み物を売ったりして生計を立てています。

ナティーさんが音楽に出会ったのが、5歳のころ。もともとオーケストラに通っていた姉に誘われ、入団しました。初めて触ったバイオリン。まるで友人に出会ったかのような感覚になったといいます。練習すればするほど、その美しい音に魅了され、のめり込んでいきました。オーケストラがきっかけで、舞台芸術に興味を持つようになり、将来は役者になって世界で活躍したいという夢も見つけました。

ナティー・チャンハーさん
「音楽のおかげで新しい世界が広がり、新しい経験を積むことができるようになりました」

そんなある日、ナティーさんたちに、うれしい知らせがありました。初めての日本での公演が決まったのです。あこがれの日本行き。ナティーさんの胸は高鳴りました。

日本公演実現に向け、裏で支えてくれた人たちがいます。それは、オーケストラを支援している日本のNPOでした。来日公演に向け、クラウドファンディングを呼びかけたところ、共感した人たちから寄付が集まり、1か月余りで目標の300万円を達成したのです。


初めての来日公演へ

日本での公演に向けて連日練習を続けるナティーさんを、祖母が温かいまなざしで見守っていました。

両親がいない中で、不遇な人生にさせたくないと、大切に育て上げた大事な孫。その孫が夢に向かって前に進んでいく姿に、ナティーさんの祖母は「苦労して育ててきた孫がうまくやっているのを見ることができ、うれしい。明るい将来に期待しています」と目を潤ませました。


“音楽は国境を越える”

そして10月、タイの子どもたちは日本の地に降り立ちました。最初の公演場所は、支援者とつながりのある関係者がいる、北海道東部、十勝地方の音更町です。この町で、地元の子どもたちとの合同演奏に挑むのです。

公演前日、ナティーさんたちは、音更町の子どもたちとの練習に合流しました。お互いに緊張した様子。そんな雰囲気を音更町の子どもたちは、手作りのウェルカムボードや風船などの飾りで、精いっぱい歓迎し、場を和ませました。

言葉が通じない中、席の位置や楽譜を確認するのも、手探りです。互いに相手のことばは話せませんが、それでも「楽器は何を担当しているの?」「何歳から音楽を続けているの?」と、少しずつコミュニケーションも生まれていきました。

ナティーさんたちとの練習に参加した加賀谷海珠帆(みずほ)さん(15)=チェロ・バスクラリネット担当=。外国のオーケストラと一緒に演奏するのは初めてで、「うまくいくか不安だった」といいますが、一度演奏が始まると、息の合った音色が空間全体を包みました。音楽は言葉や国境を越える。そう感じる瞬間でした。

ナティーさんは加賀谷さんの名前「みずほ」をタイ語で、加賀谷さんはナティーさんのニックネーム「ビーム」を日本語でネームプレートに書き、お互いに交換しました。2人に初めて、外国の友達ができました。


2つの“糸”が紡ぎ合った瞬間

そして、公演当日。会場には600人もの観客が集まりました。タイの子どもたちが奏でる一糸乱れぬ弦楽器の調べ。タイの伝統音楽をクラシック風にアレンジした曲など、幻想的なメロディーに、多くの観客がうっとりと聴き入ります。子どもたちは、夢にまで見た日本で公演する喜びをかみしめるように、1曲1曲を客席に届けました。

そしていよいよ音更町の子どもたちとの合同演奏です。曲名は「十勝バラードメドレー」。中島みゆきの名曲「糸」を織り交ぜ、日本とタイの80人の子どもたちが叙情感たっぷりに奏でます。15分間の演奏は、まさにタイと日本、2つの糸が紡がれて1つになる時間でした。まったく異なる環境で生まれ育ち、きのうまで会ったこともなかった両国の子どもたちが、ひとつの音色を生み出していました。


新たな夢とは…

演奏を終えたナティーさん。今回の来日で、新しい夢を見つけたことを、打ち明けてくれました。

ナティー・チャンハーさん
「今回、日本の文化や言葉、生活など、いろいろなことを勉強しました。将来、日本の大学を受けてみたいと思うようになりました」

インタビューで、ナティーさんが何度も強調していたことがあります。

ナティー・チャンハーさん
「スラムは悪いイメージがあるけれど、僕たちのようにすばらしい音楽を奏でる、才能のある子どもたちがいる。そのことをもっと多くの人に知ってほしい」

どんな環境にあっても、夢を抱き、前に進むことの大切さを、ナティーさんは教えてくれました。


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