北方領土の元島民は多くが亡くなり、人数は終戦時の3分の1以下に減っています。平均年齢は87歳を超え、高齢化が進んでいます。こうした中、返還運動を継承しようと若い世代が動き始めました。
(牧直利 根室支局)
祖母の思いを受け継ぐ中学生
去年6月、根室市で北方領土問題をテーマにした中学生の弁論大会が開かれました。参加した生徒たちからは、返還運動の継続に危機感を抱いているという意見が語られました。元島民が高齢化する中、若い世代が運動を未来に引き継いでいくべきだという意見も出されました。

優勝したのは、元島民3世で中学3年生の中村竣介さん。中村さんは壇上に上がると次のように話しました。
「北方領土問題の証人であった祖母が、病院で亡くなりました。コロナ禍であったため、最後は直接話せませんでしたが、きっとこう思っていたはずです。『島に帰りたい。もう一度でいいから帰りたい』と」

中村さんの祖母、能登スズさんは歯舞群島の水晶島出身です。おととし、肺の病気のため88歳で亡くなりました。ふるさとを訪れることは一度もできないままでした。スズさんは7年前、自由訪問に参加しました。このとき、故郷の水晶島の近くまで船で向かったものの、悪天候で上陸することはできませんでした。
中村さん
「生きているうちに1回でも、もといた島に帰ってほしかったという気持ちはあります。島にいたときの話とか、引き揚げのときの話とか、そういう話は貴重だったのでもっと聞きたかったです」
ロシアによるウクライナ侵攻は、北方領土問題に大きな影を落としています。ロシアは日本の制裁措置に反発し、ビザなし交流と自由訪問についての合意を破棄したと一方的に発表しました。交流事業は再開の見通しが立っていない状況です。
中村さん
「ビザなし交流が止まってしまったっていうときは、もう島に行けないんじゃないかという気持ちがありました。しかし、やはり自分たちが北方領土に行きたいという気持ちを強く持って生活していきたいと思います」

中村さんは札幌市の高校への進学を目指しています。そして、北方領土を訪れることができたときのためにロシア語も勉強したいということです。根室を離れても、元島民3世として北方領土問題と向き合い、多くの人たちに伝えていきたいと考えています。
中村さん
「元島民3世ということでやっぱり島を返してほしいという気持ちは人一倍強くあると思います。多くの人に、北方領土問題の現状を知ってほしいと思っています」
北方領土問題に向き合う高校生
一方、元島民の子孫でなくても北方領土問題を自分の事として捉え、動き出している若者もいます。ことし1月、根室市の北方四島交流センター「ニ・ホ・ロ」に根室地域の6つの高校から14人の生徒が集まりました。北方領土問題を啓発する電子看板づくりを行うためです。

同世代の高校生たちに、北方領土問題への関心を持ってもらいたい。グループに分かれて、若い目線からアイデアや意見を出し合いました。参加した生徒たちからは「元島民の話をベースにしたほうがいい」とか、「『自分たちの土地』という言葉を入れたほうがいい」などの意見が出されました。

高校生たちが考えた動画は、ヒグマやラッコ、エトピリカなど北方領土の自然や動物を例示し、根室との共通点が多いことを紹介する内容になりました。参加した高校生たちにとっても学びの機会になったといいます。
中標津町の生徒
「正直なところ、北方領土はどうでもいいと思っていたのですが、やっぱり大事にしていかなければならないと思いました」
別海町の生徒
「北方領土についてはあまり自分で調べなかったのですが、今回ここに来たことでもっと深く知ることができたと思います」

参加した1人、根室高校2年生の半田つくしさん。半田さんは、ロシアによるウクライナ侵攻が続く中でも、島に住むロシア人について知ることが大切だと考えるようになりました。そして、電子看板に流す動画ではロシアの文化などをクイズ形式で紹介することにしました。
半田さん
「北方領土問題は解決するまですごく長い年月がたってしまっていて、高校生にはとっつきにくい問題であるのかなと思います。身近なことから取り組んでいかないと、啓発活動にはつながらないかなと」。
半田さんは根室高校の部活動「北方領土根室研究会」の会長を務めています。家族に元島民はいませんが、弁論大会に参加したり、元島民から話を聞いたりして、北方領土のことを学んできました。
半田さん
「私は元島民が祖先にいないんですけど、そこはあまり関係ないのかなと感じています。元島民の2世や3世、4世だから領土問題に関われるということはなくて、自分たちの意思や思いで関われるんじゃないかなと。他の地域の全然関係ない方とかにも活動に参加していただける、きっかけや見本になれたらいいなと考えています」

半田さんは北方領土問題に広く関心を持ってもらうため、定期的に地元のラジオ番組にも出演しています。半田さんは当初、北方領土問題について政治的で難しそうなイメージを持ち、関わりづらいと感じていたといいます。こうした経験があるからこそ、身近なところから知ってもらうことで一歩ずつ返還運動の輪を広げていきたいと考えています。
半田さん
「元島民の方が高齢化してしまって、活動が制限されていることも多くあると思うのですが、若い人がいると若い人なりの新しい考え方もあると思います。SNSなども活用して、若い人にも北方領土について広めていけたらいいなと考えています」
取材後記
今回、2月7日の「北方領土の日」に向けて「返還運動の継承」をテーマに取材を進めてきました。この中で、若い世代がこの問題にどう向き合おうとしているのかを知りたいと思いました。中学3年生の中村さんや高校2年生の半田さんなどの話を聞き、彼ら・彼女らが持つ言葉の力強さが印象に残りました。元島民の孫やひ孫にあたる3世や4世は、この先の返還運動の担い手になっていく世代です。ですが、元島民の子孫であっても島の話を直接聞く機会は徐々に少なくなり、その時間も限られてきています。島の記憶を風化させず、どのように継承していくか。それを支援していく周囲の取り組みも重要になってくると思いました。

北方領土と根室つなぐ「陸揚庫」 守り続ける家族
政治マガジン「“ロシア”に侵攻され奪われた故郷を思う 3世代の北方領土」
(2022/9/1掲載)
2023年2月20日