北海道の基幹産業・酪農で出る牛の“ふん尿”が、再生可能エネルギーとして注目されています。
牛のふん尿は長い間、多くの酪農家を悩ませてきましたが、このところ、ふん尿からバイオガスを生産し、燃やして発電に使うという地域が増えてきています。それにとどまらず、いま、次世代のエネルギー、「水素」や「メタノール」さえも取り出すこともできるというんです。
ふん尿の水素でクルマを動かす
十勝の鹿追町の中心部近くにある、一見するとガソリンスタンドのような設備。
この水素ステーションで、水素の供給を受けられます。ことし4月から一般向けの利用が始まり、専用サイトで予約すれば、燃料電池車向けの水素を誰でも購入できます。

燃料電池車は酸素と水素を反応させることで電気を取り出し、モーターを回す仕組みで、二酸化炭素を排出しません。
ステーションで満タンにするための「充填時間」はおよそ3分と、ガソリン自動車とほぼ同じです。1回の充填で鹿追町から180キロ離れた札幌市と往復できるといいます。

この水素のもとになっているのが、牛などが出すふん尿です。
電力販売と悪臭対策 一挙両得
鹿追町では人口の5倍にあたる、およそ2万5000頭の乳牛や豚が飼育されています。
これまで町内では夏場を中心にふん尿から発生する悪臭が漂い、周辺には観光地も抱えることから、対策が求められていました。
そこで町は、バイオガスプラントを設置することにしました。農家から集めたふん尿を発酵させてバイオガスを作ることで、においを緩和。さらにガスを燃やすことで発電もでき、電力会社に販売し、施設の維持費を賄うことができました。

しかし、電力を決まった価格で買い取ってもらえる国の制度では、発電によって得られる収入は、将来的に少なくなる見通しです。
先を見据えて町は、バイオガスの活用の幅を広げようと、7年前に環境省や大手産業ガス会社などとともに、国内初となる家畜ふん尿由来の水素事業に着手していました。
鹿追町 喜井知己 町長
「ただ水素を作るだけではなく利用して、それによって収入を得て、事業をきちんと継続できるようにする仕組みを検証するのが一番大きな目的だったと思います。7年間事業が行われ、ある程度道筋ができました」

鹿追町 喜井知己 町長
牛一頭でクルマが1万キロ走る
乳牛などのふん尿から水素を作る仕組みです。
水素ステーションに隣接した施設では、集めたバイオガスからメタンガスを抽出。メタンガスを水蒸気と反応させ、水素を作り出します。乳牛1頭が1年間に出すふん尿から製造した水素で、燃料電池車をおよそ1万キロ走らせることができるといいます。

製造した水素は、高圧ガスボンベに充填し利用者に届けることもできます。
町は、今年度、水素の活用を推進するため、燃料電池車10台を公用車として購入しました。さらに水素の製造・輸送・利用までを一貫して行い、水素のサプライチェーン構築を実現したい考えです。

鹿追町 喜井知己 町長
「家畜ふん尿というのは、農業・酪農を続ける限り永遠に出てくるものなので、必ず処理しなければなりません。小さな町ですが、少しずつでも水素を製造して使っていくという取り組みを粘り強く進めていくことが大変重要だと思っています」
貴重な「メタノール」もふん尿から
一方、同じく酪農が盛んなオホーツク海側の興部町で注目されているのが、「メタノール」です。
5月、メタノールを牛のふん尿から作ることができるというプラントが興部町内に完成。報道関係者に公開されました。
このメタノールは、近年、注目されています。衝撃や熱に強い高機能のプラスチックや合成繊維、接着剤など、さまざまな製品に利用されているほか、燃料電池などの新たな用途にも需要が拡大しているからです。

メタノールは天然ガスに高い圧力をかけたうえで、高温に熱して取り出す必要があるため、国内では生産コストが非常に高くつくということです。このため、輸入に頼っているのが現状です。
興部町と阪大のタッグで
貴重なメタノールを牛のふん尿由来のバイオガスから取り出すことができないか、町は2019年に大阪大学と協定を結び、研究に協力してきました。

そしてよくとしの2020年、特殊な液体とバイオガスを混ぜて一定の光を当て取り出すことに世界で初めて成功。年間で最大6トンのメタノールの精製を目指しているということです。
大阪大学高等共創研究院 大久保敬 教授
「実は捨てる物からエネルギーを作り出すことができて、それを自由自在に加工できる技術があります。それをうまく使いこなせば日本はエネルギーを輸出するような国に変わるのではないかと思っています」

大阪大学高等共創研究院 大久保敬 教授
ふん尿由来のバイオガスからは、「ギ酸」と呼ばれる物質も製造できます。
ギ酸は牛のエサの品質を安定させる添加物として知られているほか、水素を利用するための物質としても幅広く活用できると期待されています。
各地でメタノール生産の可能性も
さらに今回のプラントの開発は、道内の酪農地域に広げることができる可能性を秘めています。

プラントの設計は、道内の大手産業ガス会社と大手建設会社が手がけました。
このプラントは、常温で圧力をかけずにメタノールを精製できるため、従来の設備に比べて半分以下の投資で済むということです。企業は将来的には興部町だけでなく全道そして全国に広げていく狙いです。
エア・ウォーター北海道 加藤保宣 社長
「今回のような常温・常圧の化学プロセスはなかなかありません。国家間の問題とか紛争の問題が起こるとメタノール自体が入ってこないということになる。そうすると、ほかの産業にも影響することになるのでいろいろな選択肢を日本として持っておくのは大事なことです」
大阪大学の大久保教授の試算では、全国の酪農地域にこのプラントを導入すれば、輸入メタノールの1割以上にあたる年間20万トンを生産できるとしています。
今後1年をかけて製品の質や実際の生産量を検証して2030年までの実用化を目指します。実用化した場合、町では、メタノールを町内の公共施設やトラクターなどの燃料として活用を検討しているということです。
興部町 硲一寿 町長
「メタノールはいま全部輸入ですので、北海道の新しい産業になってくる。北海道として売れる物になってくれる。こんなにいい話はないと私は思います」

興部町 硲一寿 町長
再エネは地域活性化にも寄与欠かせず
鹿追町と興部町の例が示すように、再生可能エネルギーは二酸化炭素を出さないだけでなく、各地に広く分散していることから、地域独自のエネルギー源として利用できるという特徴も備えています。
「地球温暖化を防ぐだけでなく、地域の活性化にも役立つ」。再生可能エネルギーの拡大を図る上で、欠かせない視点です。
(帯広放送局 前嶋紗月、北見放送局 五十嵐菜希)
2022年6月2日
再エネ王国・北海道 ~課題と可能性は~
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