NHK札幌放送局

田舎道にメニューのない料理店

ローカルフレンズ制作班

2021年5月13日(木)午後5時17分 更新

一度食べたら忘れられない店が喜茂別町にある。
テレビ番組「ローカルフレンズ滞在記」の制作のため1か月、北海道の喜茂別町に滞在している私はその言葉を聞いて喜んだ。

教えてくれた人は札幌在住。その店でランチを食べるためだけに車で往復3時間かけて通っているという。そんなに美味しいのか? 答えはこうだった。

「とてつもなくうまい」

でも、と札幌から来た女性は付け加えた。「外観は不思議。なんだろうここっていう」。

ますます行ってみたい。


看板が見つけられない

地域にディープな人脈を持つ人をローカルフレンズと呼んで、町の案内をしてもらっている。喜茂別町でカフェを経営する加藤朝彦さんに、その店に連れていってもらった。

彼も同じことを言う。

「外観が独特なんです。だから通り過ぎる人が多い」

その店は、少しカラフルだった。倉庫のようにも見える。 そして、看板らしきものは見当たらなかった。

中に入ると色彩はさらに豊かになり、異国に来たようだ。BGMはヒップホップ。

奥から店主が出てきた。濃紺に黄色の花柄が鮮やかな服を着ている。

「はい、よく聞かれますが日本人です。スパイスが好きで中東・東南アジア・南米料理など国籍を問わず作っています」
松宮亜樹子さん
喜茂別町・無国籍料理「キコ図」のオーナー。アキコさんだがニックネームはキコ。海外が好きでニュージーランドやチリなどに暮らしてきた。

看板がないんですかと聞くと、ありますよと言われた。


異国の記憶をお皿に乗せて

その(飲食店の看板には見えない)看板のイラストは、キコさんが描いたものだった。ある大切な記憶をモチーフにしたものだという。その話はここに詳しく書くことはできないが、彼女は記憶をとても大切にしている人なのだ。

料理がその最たるものだ。これまでに訪れた多くの国の記憶を再現している。

海辺でキスをする恋人たち。優しい家族のクリスマス。情熱的な結婚式。 そんな忘れられない体験が、彼女の中には刻まれている。

そしてキコさんは、それを要領よく料理にするタイプではない。 また驚いた。

大隅: メニューもらえますか
キコさん: メニューはないんです
大隅: メニューがない?
キコさん: はい
大隅: それでどうやってお客さんに伝えているんですか?
キコさん: フェイスブックやインスタグラムを見てもらうしかない」
大隅: えっ。ちなみに明日は何を出すんですか?(※取材日は定休日)
キコさん: まだ決まってないです


理由のない熱いものが

キコさんは札幌生まれ。小学生の頃から料理店を持ちたかったという。しかし、その夢は簡単ではなかった。短大を卒業してから20年以上、札幌とニセコエリアで営業や販売、飲食などの仕事をしながら、その日を待ち続けてきた。

ここで喜茂別町が登場する。
実家のあるのは札幌で、職場はニセコ。その道の途中に喜茂別町はある。人口は2千人、国道沿いの料理店は少なく、ほかの町もそうだがにぎやかなほうではない。ここを通るたびに思った。

この町が盛り上がったら、札幌もニセコも元気になって、私も嬉しい。

43歳、思い切った行動に出た。キコさんは喜茂別町の国道沿いに中古住宅を購入。敷地にあった車庫を改装して、小さな料理店をはじめたのだ。それが「キコ図」だ。

「喜茂別町は(町と町をつなぐ)ハブタウン。ここがもし盛り上がったらひいては北海道が盛り上がると本当に思ったんです。なにか理由のない熱いものがあって」

周囲に反対されたこともある。あなたの作りたい多国籍料理は、都市部じゃないと成功しない。その助言はよくわかっている。でもやってみないとわからない。

店を出したところ思わぬ反響があった。
地元の農家が料理を気に入り「キコさんが使いたい野菜を作る」と申し出てくれたのだ。

羊蹄山のふもとでジャガイモやトウキビなどを作る伏見青果の前田昌明さんは、ことし初めてハバネロを育てている。もちろん初めてのことだ。

「どうやってうまくいくか勉強だし。いいと思わない? ダメ? (俺みたいに)アホなやつもいてもいいんじゃないか」

前田さんもまた異業種からの転職組。かつては大型のダンプカーを運転していたが、いろいろあって故郷に帰り、農家になった。若い人の要望を受け止めるのが自分の使命だと語る。

キコさんの「理由のない熱いもの」は、周りに伝わったのだ。


人に会うために車を走らせる

キコさんの出す料理は時代の先端をいっているように思う。その一つがビーガンやベジタリアン対応だ。

メニューが決まっていなかったキコ図を訪ねると中東料理の「ファラフェル」が用意されていた。得意料理でイスラエル人の友人から調理法を教えてもらったという。

ざくざくした触感でおいしい。食べ応えもある。それでいて動物性の食材を使っておらず、いま、世界的に注目されている料理だという。

もう一つ、このお店の取材を通じて思ったことがある。それは「料理」もおいしいのだが、松宮亜樹子さんという「人」に会いたくなる気持ちが大きいということだ。

札幌から往復3時間は料理を食べに行くには遠い。けれど人に会いに行くのならばそれほど遠くない。

2021年5月3日(月)から5月28日(金)まで喜茂別町に滞在し、毎週木曜日のほっとニュース北海道で喜茂別の宝を発信中。ほぼ毎日、ローカルフレンズの加藤朝彦さんがオーナーをつとめるカフェでコーヒーを飲みながら、次の出会いを待っています。


NHK札幌局ディレクター 大隅亮

2020年5月13日


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