NHK札幌放送局

まちの誇りを支えていく

ローカルフレンズ制作班

2022年3月24日(木)午後4時43分 更新

滞在最終週のテーマは「ホタテ漁師を支える人」。豊浦町に来てからほぼ毎日、ホタテを食べさせてもらっていますが、その美味しさに魅了され飽きることはありませんでした。絶品のホタテは豊浦町の漁師さんの努力の賜物ですが、そんな漁師さんたちを陰で支える人たちがいるということで会いにいってきました。

礼文華地区の小さな機械店

訪れたのは1週目でお世話になった礼文華地区。ローカルフレンズの田中さんに案内してもらったのは漁港からすぐの場所にあるこちらの建物。礼文華地区の漁師さんを中心にホタテ漁に使う機械の販売や整備を行っている山下機械店です。

社長の山下圭一(やました・けいいち)さんが創業し今年で38年目を迎えます。従業員は約20名の小さな会社ですが、豊浦町のホタテ養殖の歴史と共に歩んできました。
1週目の放送でも紹介したようにホタテ漁は船以外にも多くの機械が使われています。ホタテを洗浄・選別する機械や水揚げしたホタテを水槽の中でも新鮮な状態にするための酸素装置など多種多様です。

若手従業員の仕事に密着

漁師さんから要請があれば何時でも現場に駆けつけるという山下の従業員たち。
さっそくその現場に密着させてもらいました。
密着させてもらったのは山下修吾(やました・しゅうご)さん。山下社長の息子さんです。

修吾さんが今担当しているのはホタテ養殖作業で使う自動耳吊り機の整備です。
耳吊りとはホタテ養殖作業の一つで、ホタテの稚貝を紐につけていく作業のことです。昔は手作業で行われていたそうなんですが、作業の効率化を図れ人手不足も補えることからほとんどの漁師さんが機械を使っています。

この日は修吾さんと従業員3名でこれから納入する耳吊り機の点検作業をしていました。
すると、耳吊り機を納入した漁師さんから連絡が入りました。社員の森さんと2人で急いで漁港に向かいます。

依頼は納入した耳吊り機の位置の再調整。漁師さんたちの作業を止めないよう、1台1台すばやく丁寧に作業していきます。さらに機械を設置する土地が斜めになっているため、水平を測る機器を使ってミリ単位の調整も行っていて、こんなに細かくやるんだ!と驚きました。

作業中にもまた別の依頼が入ってきます。急いで修吾さんは隣の漁師さんの元へ。
ここでは耳吊り機が1台動かなくなってしまったとのこと。動かなくなってしまった当時の状況を聞きとりしながら整備する修吾さん。
しっかり動くようになったかどうか、自ら機械を動かしてチェックしていきます。

なんとか動くようになったのにうかない表情の修吾さん。聞いてみると動かなくなった原因がはっきりとしていないんだそう。エラーが起こる症状は何通りもあるため、しっかりと突き止めたうえで整備したいという思いがあるんです。

修吾さん「(エラーが出て動かなくなった後)電源を切ってしまっていたのでどういう状況だったのかはっきりとわからなかった。メーカーに確認したうえでもう一度しっかり整備しに行こうと思います。」

整備場に戻ったあとも、どうすれば問題を解決できるのかみんなで話し合い解決策を探っていました。

修吾さん「(何度も呼ばれるのは)本当はダメ。ちゃんと整備できていないってことだから。原因がわかるまで時間がかかってしまうとお客さんがかわいそう。なのでなにか今できることがないかなと考えてやってます」

そうしている間も漁師さんたちからの呼び出しは止まることがなく、休むことなく漁港へと整備に向かっていきました。

頼れる存在

修吾さんの取材の最中、漁港であの方にお会いすることができました。
あの方とは1週目に取材させてもらった口屋龍平(くちや・りゅうへい)さんです。
(龍平さんを取材した記事はこちら
山下機械店は礼文華の漁師さんたちにとって大きな存在だと龍平さんは言います。

「なんでも今は機械の時代だから機械が止まるとなにもできなくなってしまう。呼んだらすぐ来てくれるし対応が早いからやっぱ山下さんいないと困る。」

さらに、実は龍平さんと修吾さんは幼馴染。修吾さんのことを修ちゃんと呼んでいて今でも仲よしなんだそう。そんな幼馴染の頑張りも刺激になるといいます。

「すごい頑張ってるなと思う。同級生だから強めにものを言ったりはできないけど、朝早く呼んだって来てくれるし。時間関係なく朝暗いうちから出てきて夜もひとりで機械直したりして頑張ってるから俺も負けないくらい頑張りたい。負けてらんないなって思うよね。」

小さな地区の中で漁師さんと機械屋さんのお互いに支えあっている関係性はとてもいいなと感じました。加えて大人になっても同級生同士で頑張っている龍平さんと修吾さんの関係はわくわくさせるものがあって素直にうらやましかったです。

ゼロからのスタート

実は修吾さん、高校進学を機に豊浦町を離れていました。7年前地元に帰ってきて、家業を継いでいます。それまで機械の経験は全くなくゼロからのスタートでした。わからないことだらけだったという修吾さん。黙っていても誰かが教えてくれるような甘い環境ではなく職人気質がある機械整備の世界。それでも自分ができることからやっていこうと機械のメーカーさんや先輩など様々な人に話を聞きにいき知識と経験を積んでいます。
また、これまで漁師さんたちから呼ばれた内容や故障した原因が共有できていないと感じていたことからリスト化しました。そうすることで整備の基準作りをし、精度をあげていきました。少しずつですが呼び出しや再修理に行く回数は減ってきているそうです。

「今でも全然だめで漁師さんたちには迷惑をかけている」と常に話す修吾さん。素人の自分を我慢しながら理解してくれた漁師さんたちの優しさがうれしくて、早く一人前になって認めてもらえる存在になろうと日々努力しています。

山下修吾として

修吾さんが何事も前向きに挑戦していくのには幼い時から抱いてきたコンプレックスが関係しています。それは“山下修吾”として認められたいということ。幼い時から周りから“社長の息子”としか見てもらえずそれが嫌だったといいます。
なんとかして自分を知ってもらおうと思った修吾さんは高校進学で“ある決断”をします。なんと野球未経験ながら強豪の駒大苫小牧高校の野球部に入部したんです。

修吾さん「甲子園に出てみんなに山下修吾を知ってほしかった。自分の力で有名になりたいと思って笑」

修吾さんの1学年下にはプロ野球選手の田中将大投手も在籍。ベンチ入りはかないませんでしたが、3年間で4回甲子園に出場し2連覇を達成するなど野球部の一員としてやり抜きました。

よく駒大苫小牧の練習についていけましたねと聞くと

「初めて経験する野球がそれだったので比較するものもないし、きつかったけどやれましたね」と明るく話してくれた修吾さん。
私も大学まで野球をやっていたので、練習についていくだけでどれだけ大変なのか少しはわかりますし、ましてやあの駒大苫小牧の野球部。その環境の中でやり遂げた修吾さんの精神力の強さと自分の事を知ってほしいという思いの強さは相当なものだったんだと感じました。

その後も自分をもっと多くの人に知ってもらおうと、大学卒業後は東京で役者として活動しスターへの道を夢見て地道に活動していた修吾さん。

地元には絶対に戻らないと思っていたという修吾さん。しかし、7年前に父親の圭一さんが病気で倒れた事をきっかけに家業を継ぐ決心をしたといいます

修吾さん「高校進学からずっと自由にさせてもらってたので、父が倒れたと聞いてすぐに戻ろうと思いました。人間不思議なものであれだけ嫌だと思っていてもすぐに気持ちはかわりました」

決して甘い考えで戻ってきたわけではないとも語っていた修吾さん。熱い思いを抱いた“山下修吾”のこれからを私も応援したいと思いました。

地元に貢献できる会社に

修吾さんは技術の習得に励むことに加え、地元を盛り上げるためにも動こうとしています。
礼文華にある会社として、地域の人たちが楽しくなれる環境づくりに一役買いたいという思いからです。これまでに小学校の運動会や町のお祭りに会社をあげて参加しています。
今は地域の人たちがいつでも集まれる場所にと、新しい事務所を建設中です。

修吾さん「地域が楽しくなるようなことはしていきたい。社員や地域の人だけでなくいろんな人が集まってそこでまた新しいことが生まれることができるような場所でもありたい」

父の圭一さんも修吾さんの思いを応援しています。

圭一さん「ここで生まれて仕事やいろんなことでみんなに大事にしてもらってるので、ここでみんなが楽しくなるようなことやきっかけができて、ここに来るのが楽しくなるような場所になっていけばいいなと思う。」

ホタテ漁師さんたちだけでなく地元のことも考えて挑み続ける修吾さんたち山下機械店の思いを実感できた取材でした。

改めてフレンズ田中さんをはじめ、取材させていただいた方々、町で声をかけてくださった方など本当に1か月間ありがとうございました。豊浦町のことをほぼ知らない状態できた私にとってはどれも新鮮ですばらしい体験ばかりでした。取材を通して、みなさんしっかりとした思いをもって取り組まれている姿が一番印象に残っています。これだけすてきな方たちが集まっていることこそ豊浦町の宝だと思いました。

~番外編・一か月ここに滞在してました~

豊浦での滞在先を書いてなかったなと思い最後に書かせていただきます。私がいたのは町の中心地にあるきれいな家。実はここ、町がやっている移住体験住宅なんです。

豊浦町に移住を考えている人に町の暮らしを一定期間体験してもらうためにはじめたもので、移住への不安や疑問を実際に体験してもらうことで移住後の生活をイメージしやすくしてもらいたいという目的があります。
テレビや冷蔵庫、洗濯機などの家電や食器などすべて備えられていますし、なによりいいのが住宅からみえる噴火湾を一望できる景色です。
ここから見る夕日と噴火湾の風景をみながら嵐の「voice」を聞くのがほぼ日課でした。仕事の疲れを癒してくれていたので札幌に戻ってからが不安です。それだけ大好きな景色です。

もし放送やこれまでの記事をみて豊浦町への移住に興味をもった方がいれば、豊浦町役場の地方創生推進室地方創生推進係まで連絡してみてください。

2022年3月24日


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