NHK札幌放送局

地域医療~崩壊の危機 対策は?

北海道クローズアップ

2019年8月23日(金)午後0時19分 更新

医師の総数が過去最多となった一方で、医師不足が深刻さを増している地域があります。北海道宗谷地方唯一の総合病院では、医師不足により医師1人あたりの負担が増え、病院を去る医師も現れました。
こうしたなか、さまざまな症状を広く診ることのできる「総合診療医」を育成し、医師不足解消につなげようという動きに注目が集まっています。

医師不足で住民流出

地域の医療に対する不安から、住民が住み慣れた土地から出ていく。そんな事態が今、道内各地で起き始めています。
宗谷地方の稚内市では、この10年で人口がおよそ15%減少。市が実施したアンケートでは、25%もの人が「充実した医療がないこと」を町を出る理由として挙げました。

宗谷地方唯一の総合病院である市立稚内病院には、1日におよそ800人の患者が周辺の市町村から押し寄せます。北海道で最も医師不足が深刻なこの地域では、医師1人あたりの負担が大幅に増えていました。

内科に勤務する山村貴洋医師は、外来患者の待ち時間を減らすため、1人あたりの診察時間を最小限にとどめていると言います。

「本当は(時間を)とってあげたい気持ちはあるんですけど、後が詰まっていることを考えると “出来る範囲で” というところで」(山村医師)

外来の診察を終えるとすぐに入院患者の手術を行うなど、集中力が求められる仕事が休みなく続きます。また泊まり勤務で夜間に救急患者の対応もする過酷な勤務実態。36時間連続で働くこともあります。

「まだ20、30代のときはこういうやり方も良いと思うんですけど、たぶん40超えると無理ですね」(山村医師)

さらに患者からの苦情が、疲弊した医師たちに追い打ちをかけます。

「待ち時間が長い」
「4時間待って10秒で終わり」
「いらいらせず、親切に答えてほしい」
(投書より)

医師に直接、怒りをぶつける患者も少なくありません。その結果、病院を辞める医師も現れ、最低でも40人は必要とされてきた医師の数は一時27人にまで減ってしまいました。

「辞めてしまうとか、心の病気になるというのはある。バッシングが大きくなったら、そこに医者はいられないですよね」(國枝 保幸 院長)

“このままでは、医師がいなくなってしまう”

危機感を募らせた住民たちは、医師を励まそうと応援メッセージを届ける取り組みを始めました。住民が医師の引き止めに奔走しなければならないほど、状況は切迫しているのです。

医療の専門化と患者の不安

全体でみると医師の数は年々増え、平成28年度には31万9000人と過去最高を記録。その一方で、北海道では8割以上の地域で医師が不足している状況です。

地域医療を再生する専門家で、夕張での勤務経験がある医師の永森克志さんは、2つの問題を指摘します。

「まず、地域に医師が “来ない” “行かない” という問題があります。医療の進歩によって病気の原因が細分化して、診断や治療の専門性が高まり、高度化が進んでいます。ところが地方で必要なのは広くさまざまな病気に対処できる医師なので、専門分野だけに特化して学んできていると、いきなり地方に来ても対処できない。必然的に地方に行く気持ちは後退する」(永森医師)

地方で働ける技術のある人が少ないため、現場は忙しくなり、労働環境は悪化するという悪循環につながっているのです。

「もうひとつは、総合病院に人が集中していること。これは住民側の意識・考え方の問題だと思います。本来であれば家で様子を見たり、近くのクリニックで済むかもしれない患者さんが総合病院に殺到することで、さらに病院・医者は疲弊していっている」(永森医師)

永森医師は夕張での経験を交え、次のように話します。

「一番のキーワードは過剰な不安。今は病院にみんな入ってしまうので、死を身近に目にしなくなったのが大きい。そうすると死や老いに対する不安が強くなります。私の場合、その不安を解消することに努めました。患者さんの不安を聞き、患者さん自身がみずからの健康・病気について向き合い、少しずつ不安が取り除かれることによって不要な受診も減り、医者の労働環境も良くなってくるということがありました」(永森医師)

解消できるか? 医師不足

昨年、国は地域医療を担う技術を持った医師を積極的に育成しようと、広くさまざまな病気に対応できる「総合診療医」を、特別な技術を持った専門医として認定しました。資格を作ることで総合診療医を目指す医師を増やすのが狙いです。

国の動きに先駆け、北海道では総合診療医を育成する取り組みが始まっています。およそ3300人が暮らす十勝地方の更別村にある更別村国民健康診療所。勤務する4人の医師は全員、総合診療医です。
日常よくあるケガや病気の治療を中心に、うつ病の治療や救急患者の受け入れなど、さまざまなニーズに応えています。

なかでも総合診療医が力を発揮するのが、病気の早期発見です。治療している箇所だけでなく体の隅々にまで目を光らせて、ほかの病気も未然に防ごうとしています。

「全部診てもらえますよね。(病気が)重くなれば帯広の病院に紹介してもらって行けますし、そういう安心感もありますね」(70代男性)

「子どもが5人いるので毎月のように来てます。幅広く症状を診てくれるので、安心してこちらに来てます」(30代女性)

国が増やそうとしている総合診療医はどのように育成されているのでしょうか。

まず、研修医は2年かけて内科や小児科など7つの科を回り、幅広い知識を学びます。

そして都市部の診療所で1年間の研修の後、地方の診療所での1年間の経験を経て、合計4年かけて総合診療医としての基礎を習得するのです。

この教育システムを考案したのは、総合診療医の第一人者・福島県立医科大学の葛西龍樹医師です。
もともとは小児科医だった葛西医師。30年前、日本の地域医療を支えたいとカナダの世界的権威のもとで総合診療医の基礎を学び、日本に戻ってからは総合医療の育成に励んできました。

「私のミッションは、優れた総合診療分野の指導医群を育てることだと思います。その指導医群が日本の各地でさらに次の世代を育てていく、そういうことをしていきたいなと思っています」(葛西 龍樹 医師)

安心して地方で働くためのシステムづくり

葛西医師は、増えてきた総合診療医の力を借りて、北海道の医師不足を少しでも解消したいと考えています。

今、道内では9つの医療機関で葛西医師の教え子たちが働いています。その数、35人。医師が安心して地方で働くためには、ひとりひとりのライフステージに合わせ地方から都会へと移動させられる体制が必要です。

総合診療医として更別村の診療所に勤めている棟方智子医師は、現在小学校5年生の息子が高校受験をする頃に、都市部に移り住むことを希望していました。

棟方医師の場合、子どもの受験に合わせて札幌の診療所で働けるように手配。
札幌の診療所で希望者を募り、棟方医師の代わりに一定期間、更別村で勤務してもらうのです。

葛西医師はこの規模をさらに拡大し、ゆくゆくは全国の医師不足を解消できないかと考えています。

「医療は地域のインフラストラクチャー。そこが完備されることによって、地域の産業も良くなっていくと思います。そこを舞台にする総合診療専門医を養成することは大事なことだと思いますね」(葛西医師)

地域の医療を支えるために

取り組みは進んでいるものの、スペシャリストの育成には時間がかかります。

「地域に医師が足りないという問題には、医師の量を増やすことも必要です。そこで、専門分野で働いている医師も地域の現場に来てもらって、周りの看護師やソーシャルワーカーなどいろんな人が育てていくというのも、ひとつの答え。総合医は皆に育てられる、というのが実はいいところであるのかもしれません」(永森医師)

また、住民側の意識を変えていくためのポイントは「地域への愛着」だと、永森医師は言います。

「僕らが夕張にいたときには、『あなたは夕張が好きでしょ?』と。『あなたが “健康になる”、“しっかり慢性疾患をコントロールする” ことで財政も楽になり、それが子どもや孫の、また地域のためにもなるよ』という話をしました。そうするとその人もやる気になるし、自分の病気を知ることで医療費負担が軽くなったり、本人も健康になるというようなことはあります。医師不足に悩んでいる地域は都会に比べて地域への愛着が強く、逆にアドバンテージになるんじゃないかと。かかりつけ医をもって、自分のセルフメディケーション能力、そういう意識を高めていくことも大事だと思います」(永森医師)

住民と医師とが両輪で頑張ることが、その地域の力になっていく。医師不足解消へ向けた取り組みは続いていきます。

2019年5月24日放送
北海道クローズアップ
「命とふるさとを守りたい~地域医療崩壊の危機~」より

関連情報

千島列島 歴史と大自然に閉ざされた島々

北海道クローズアップ

2020年1月31日(金)午後4時55分 更新

温暖化で変わる世界のワイン・ビジネス

北海道クローズアップ

2020年1月31日(金)午後4時38分 更新

北海道地震 ブラックアウトはなぜ起きたのか?

北海道クローズアップ

2018年12月7日(金)午前11時01分 更新

上に戻る