タテ(家族や先生)でもヨコ(友達)でもない“ナナメの関係”で悩みや夢を語り合う「ラジオ #ナナメの場 」、ゲストには作家の凪良ゆうさんをお招きしました。MCの水野莉穂さん(ずーちゃん)・まえだゆりなさんと凪良ゆうさんとのトークを、ラジオ未放送分も含めて全文公開します! 後編は「小説を書いている時が一番楽しい」と語る凪良さんに“好きなことを続ける”のがどういうことなのか聞いてみました。
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【ゲスト】
凪良ゆうさん(作家)
<プロフィール>
1973年生まれ。2007年に長編デビュー。以降、各社でBL作品を精力的に刊行し、デビュー10周年を迎えた17年には非BL作品『神さまのビオトープ』を発表、作風を広げた。20年、『流浪の月』で第17回本屋大賞を受賞。巧みな人物造形や展開の妙、そして心の動きを描く丁寧な筆致が印象的な実力派である。おもな著作に『美しい彼』『すみれ荘ファミリア』『わたしの美しい庭』『滅びの前のシャングリラ』がある。
ずーちゃん:後半は、今回のテーマになっている「ナナメの場」について一緒におしゃべりできたらなと思っています。凪良さんにとってナナメの場って何かあったりしますか?場所でもいいし、これしてるときでも、誰かといるときでもいいんですけど、何かあったりしますか?
凪良さん:そうですね。場所とかは特にないんですけど。私ちょっと家庭が複雑で、小さい頃から養護施設で育ってるんですね。ずっと他人の中で子どもの頃から生きてきたので、もともと普通の家庭っていうのが私にはよく分からないところがあるんですよ。ちっちゃいときから他人の中で生きてきて、他人に助けられてずっと生きてきた人間なので、いま自分が書いている小説で、血のつながらない親子が助けあって生きてたりとか、名前のつけられない関係の二人が寄り添いあって生きているとか、そういうことが私自身にとっても自然なことなんです。
自分自身があんまりタテにもヨコにもいなくて、ナナメのご縁で助けられて生きてきた人間なので、そういうことをよく書くんだと思います。
ずーちゃん:そうなんですね。だからあんなにすぐ伝わってくるんだ。リアリティというか。そこから色々な人の気持ちを想像する力がついたんですね、きっと。
凪良さん:やっぱり他人の中で生きるっていうのはちょっとしんどいこともあるので、そういう中で人と人との距離感の難しさみたいなものもすごくひしひしと感じるときがあるんですね。そのあたりを自由にみんな、もう少しタテヨコ関係なく「あ、この人私のこと助けてくれるな」って思ったら、別に、特に名前のない関係でもお互い助け合えばいいじゃないってよく思ってるんです。
ずーちゃん:そうなんですね。現実世界でナナメの関係を築きたいなと思ったとき、タテとヨコの世界だけでちょっと息苦しいなって思って現実世界で踏み出したいとき、どういう考え方を持っていたらいいとか、マインドの部分をもうちょっと聞きたいなと思いました。
凪良さん:さっき誰でも助け合えばいいじゃないって言ったんですけど、多分それは、タテとかヨコとかってけっこうみんな助け合う感覚がもうすでに自分の中にあると思うんですけど、ナナメっていうと自分が一歩踏み出していかないとっておっしゃられたじゃないですか。なので、一歩踏み出すときの覚悟というか、この人とつながりたいから傷ついてもいいやって思うような覚悟ですかね。たとえば握手しようって差し出した手をパンって振り払われても別にいいやって思って差し出す勇気みたいなのが、ナナメの関係には必要かなって思います。
ずーちゃん:なるほど。求めすぎないで。
凪良さん:そうですね。あんまり期待しすぎないで。
ずーちゃん:そんな関係が築けたらラッキーくらいのスタンスで飛び込むみたいな。
凪良さん:あと、自分で自分の責任はちゃんと取るっていうことですかね。頼りすぎないこと。
ゆりなさん:傷つくのが恐くてなかなか外に踏み出せないとか、壁を作ってしまっている人ってたくさんいるんじゃないかなって思うんですけど、目の前にあらわれた人を信じるというか、手を差し伸ばしてみるっていうのは、本当にすごく勇気がいることですよね。一歩踏み出すってすごく怖くて難しいなって、お話を聞いて。
凪良さん:そうですね。
ずーちゃん:でも小説の中でもすごくそれが書かれている感じが。
ゆりなさん:小説を読んで頑張ってみようとか、一歩踏み出そうっていう感覚になるのはすごくあるなって思いました。
凪良さん:ありがとうございます。あんまり大げさに考えないで、みんなが一人ひとり、自分のことは自分でとりあえずやっとこうってできる人間同士が助け合えたら、それが一番良いと思うんですよ。自分で何でもできるんだったら、助けてもらわなくてもいいじゃないって思うかもしれないんですけど、やっぱり人間は一人では生きていけないので。
ずーちゃん:確かに。そういう考えを持てたら、ちょっと生きやすくなるだろうなって感じます。そういうの意識して書かれてたりしますか?生きやすくなる方法というか。
凪良さん:生きやすく…私はあまり人と人との距離とかうまくいかないので、 それは日々模索してますね。
ずーちゃん:そうなんですね。
凪良さんが実際に「ナナメの場」として場所を作るってなったら、どういうものを作るのかなっていうのが聞けたら嬉しいです。
凪良さん:私が場所を作るとしたら、みんな同じ部屋にいて、別々のことができる空間がいいですね。みんなで同じことをするのはあんまり好きじゃないので。みんなそれぞれ。でも、同じところにはいたいって思う気持ちはあるんですよね。心細いから。
ずーちゃん:なるほど。『わたしの美しい庭』でも、家族でも友達でもない3人が一緒に暮らしているというか、隣同士に暮らしているっていうのが描かれていたんですけど、そういうのって、どうしたら成り立つものだと思いますか?それぞれがどんな気持ちでいたら。たとえば同じ空間にいるけど、みんなそれぞれ好きなことをやってるっていうのも、どこか信頼しあえてないとできないことだと思うんですけど。
凪良さん:そうですよね。それもやっぱりさっき言ったように、期待しすぎないことがいいんじゃない?期待しちゃうと、それが返ってこなかったときにがっかりしちゃうじゃないですか。でも、別にやってくれなくてもいいけどやってくれたらうれしいなあ、ぐらいのスタンスだと、 やってくれたときに「わあ、嬉しい。ありがとう」って言えるけど、やってくれなくても「うん、別にそれはいいんだ」って言えるし。
ずーちゃん:確かに。減点法じゃなくて、加点法みたいな。
凪良さん:そうそう。あまり期待しないっていう。ちょっとそれも寂しい生き方かもしれないけど。あまり過剰に求めないっていう。
ずーちゃん:誰にでも使えるテクニックですね。
凪良さん:そうですね、結構いろんな関係性の中で使えるかもしれないですね。
ゆりなさん:一人でちゃんと立っているみたいなのがすごく小説の中でもあって。『流浪の月』の主人公、更紗ちゃんも文も、きっとそれぞれ一人で生きてけるんだけど、ふたりでいた方が何だかいいから一緒にいるみたいな。ふたりともまっすぐちゃんと立っている感じがすごく好きだなって。きっと生きづらいなって感じてる人も、まずは自分でしっかり立つっていうことから始まるのかなっていうのをすごく感じて。 一人ひとり好きなことをできる場を作るっておっしゃられたのが、すごくなるほどって思いました。
凪良さん:それはすごく嬉しい感想です。ありがとうございます。
ゆりなさん:そんな場があったら行きたい。
ずーちゃん:本当だよね。
凪良さん:みんなね、違うことができる場所があればいいですよね。
ずーちゃん:やっぱりナナメの関係とか、ちょっと生きづらいところに焦点を当てて書くというのはこだわりではあったりするんですか?
凪良さん:そうですね。こだわりと言われればそうかもしれないです。あんまり意識したことがないんですけど、書きあがったものを読み返すと、それがテーマにいつもなってるので。
ずーちゃん:そうなんですね。最後なんですが、すごく大好きな表現というか考え方が小説の中に入っていて。どの小説でも一貫して入っているような感じがするんですけど、「事実はあるけど、それは真実ではなくて、あるのは解釈だ」っていう表現が使われているなと思っていて。
凪良さん:もともとニーチェの言葉なんですけど。「すべては解釈。事実とかそういうものはなく、それぞれの解釈である」っていうのがニーチェの言葉なんですけど。それが基本にあると、自分の意見に固執しなくて済むんですよ。それぞれの意見が相手と違うからけんかになっちゃったりとか、そういうことはあると思うんですけど、でもその言葉を頭に入れておくと「あなたはこう考えるんだね」っていう納得ができる。で、「私はこう考えるけど」っていう。
ずーちゃん:確かに確かに。違いを認め合えるというか。
凪良さん:そうなんです。はっきりしたものがあるって言っちゃうと、それがどっちなのか。あなたの意見が本物なのか、私の意見が本物なのかって争いになっちゃうんですね。でも、 確かなものなんてひとつもなくって、それぞれの解釈があるだけだって思ってるとお互いを認め合えるきっかけになれるので。
ずーちゃん:鳥肌立ちますね。
ゆりなさん:きっと生きづらいなあって感じてる人って自分の気持ちが分かってもらえない、親だったり先生だったり周りの友だちと分かり合えないっていうところで、もがいてる人もいると思うんですけど、それを聞いて、それでいいんだって思えたというか。
凪良さん:でもたまにね、そう言うと突き放したみたいに言われることもあるので、なかなか伝え方は難しいなって、私も思います。
ずーちゃん:でも、小説からはそれがすごく伝わってきました。あの一行でその気持ちを全て伝えられるのって、本当にプロフェッショナルだなと思って、そこはとても大好きな表現で。これからも大切に、その言葉を心にとめさせていただきます。
凪良さん:ありがとうございます。私もこれからも頑張ります。
ずーちゃん・ゆりなさん:本当にありがとうございました。
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