白老町にアイヌ文化の発信拠点、ウポポイが開業してから1年になりました。ウポポイは、アイヌの文化・歴史を発信し、理解を広げるという重要な役割を担います。この1年で見えた成果と課題を考えます。(苫小牧支局 中尾絢一)
ウポポイ1年、来場者はどう感じた?
ウポポイの約10ヘクタールの広大な敷地に点在するのは、北日本で初の国立博物館やアイヌの歌や踊りを鑑賞できるホールです。私はこの1年、道内からの来場者、全国からの修学旅行生、アイヌの人たちなど様々な人々にウポポイの印象を聞いてきました。

「ウポポイをきっかけにアイヌ民族を知った」「アイヌ文化について考える時間が増えた」など前向きな意見が多くあります。
一方で、課題として挙げられたのが「歴史的な展示が少ないのではないか」「差別を受けた体験が見えてこない」といった意見でした。つまり、明治以降の同化政策などで多くのアイヌの人たちが厳しい生活を余儀なくされた、いわゆる「負の歴史」についての発信が少ないというのです。
負の歴史の展示 少ない?
ウポポイではどう感じているのか。ウポポイの中核施設である国立アイヌ民族博物館の田村将人企画展示室長に話を聞きました。

国立アイヌ民族博物館企画展示室 田村将人室長
いわゆる負の歴史を展示から落として説明しているということはありません。ただ、これまで語られてきた歴史とは異なるため、一見すると負の歴史が少ないと感じる方々もいるかもしれません。
田村室長は、アイヌの視点から歴史を伝えている点が展示室の特徴だといいます。展示室にはアイヌに関わる出来事をまとめた年表があります。従来の教科書などで描かれていたのは、いわば「受け身のアイヌの歴史」。一方、博物館では「アイヌの視点に立った歴史」をまとめています。
例えば、明治以降の政策で、毒矢を使ったシカ猟が禁止させられたことについては、その事実だけではなく、猟銃の使い方を覚えて時代に立ち向かったという解説文を加えています。

主な来場者として想定するのは、アイヌ民族になじみが薄い全国からの小・中学生や高校生です。一面ばかりを強調するのではなく、時代、地域によってさまざまな状況があったことを広く伝える狙いがありました。
田村室長は、こうした展示での工夫が、従来、強調されてきた負の歴史を見えづらくしている可能性があるとも話しています。
また、歴史展示は他のテーマに比べて、資料よりも文字で説明するものが多く、博物館を訪れる人たちに短時間でどう理解してもらうかという課題もあります。
博物館では今後、展示を更新する上で、差別体験に関する表現をどのように伝えられるか、また、文字以外の方法でどう歴史をわかりやすく伝えられるか幅広く検討していきたいとしています。
慰霊施設を知っていますか?
ウポポイの課題について、アイヌの人たちにも話を聞きました。まず訪ねたのは、長年アイヌ民族の権利や地位の向上に尽力してきた北海道アイヌ協会の加藤忠常務理事です。

加藤常務理事は、アイヌが歩んだ歴史への理解について課題があるとした上で、ウポポイの慰霊施設が知られていないことがその象徴ではないかと指摘しました。
北海道アイヌ協会 加藤忠 常務理事
ウポポイが前向きな文化の発信に大きな役割を果たしていることは評価できます。しかし、なぜウポポイが必要だったのかと考えると慰霊施設とは切り離せない。どういう歴史的な経緯があったのか、多くの人に知ってほしい。負の歴史を伝えることこそ最も重要です。

慰霊施設には、明治から昭和にかけて研究目的で発掘・収集され、全国の大学に保管されていた遺骨の大部分が集約されています。
その中には、大学での管理がずさんであったほか、アイヌの人々の意に関わらず発掘されたものがあった経緯が明らかになっています。他の施設から1キロほど離れた高台に整備された慰霊施設は、第一には慰霊を目的としているため、静かな環境にすることが優先されていますが、遺骨をめぐる歴史的経緯を知ってもらうため、一般の人々にも開放されています。
しかし、この1年で施設を訪れた人は約1200人でした。

歴史と向き合う施設へ
慰霊施設の現状をどう考えるか。先住民族の政策に詳しい専門家にも話を伺いました。オーストラリアの先住民族政策などに詳しい芦屋大学の窪田幸子学長は、ウポポイが慰霊施設とどう関わっていくかは難しい問題だと指摘しています。

芦屋大学 窪田幸子学長
遺骨の問題は、地域への返還などの様々な議論があり、アイヌの人たちによっても立場が分かれていることを考えると、非常にセンシティブで積極的に発信しにくい状況はよく理解できます。
その上で、ウポポイを訪れた多くの人々が慰霊施設の存在すら知らずに帰ってしまう現状を改善する努力は必要だといいます。将来的には「歴史に向き合える場」にすることがウポポイの重要な役割になると指摘しています。
芦屋大学 窪田幸子学長
1キロほど離れた慰霊施設までの動線を整えることや、博物館でもより丁寧にわかりやすく説明することなど、最低限の事実を多くの人々に伝える努力はできるはずです。和人がアイヌの人たちを迫害してきた歴史、研究対象としてきた歴史は直視しなければいけません。その反省の上でアイヌの人たちや少数民族も含めて、我々とともに生きる人たちだと学ぶべき場所だからこそ、共生空間になるのだと思います。
2年目のウポポイに向けて
新型コロナウイルスの影響の中でも、約25万人が訪れたウポポイ。アイヌ民族に馴染みがない人々にもアイヌ文化を学ぶ入り口をつくることができたという点で、一定の役割を果たしているといえます。一方で、歴史への理解は十分であるとは言えません。民族共生という本来の目的に近づくためには、最も重要な課題の1つになると感じました。
2021年7月15日放送
