NHK札幌放送局

山の未来はトイレにかかっている!? シラベルカ#65

シラベルカ

2021年11月4日(木)午後6時03分 更新

雄大な自然と野生動物が息づく深い山。
電気もなければ水道もない。メンテナンスをする人も限られている。
それでも人はみな、トイレに行くことを我慢せずにはいられない。
そんな過酷な山の環境でトイレはどのように整備をしたらいいの?
トイレを制する者は山の管理も制するってほんと?
東京都にも匹敵する広大な大雪山国立公園で繰り広げられる意外と見落としがちかもしれないけれど、とても大切なトイレのお話です。

北海道の山にトイレが少ないのはどうして?

美しい紅葉が北の大地を染め上げた2021年秋、登山シーズンも終盤を迎えました。
名残惜しく手稲山を見つめる私たちのもとに、上士幌町在住の男性が投稿を寄せてくれました。

「大雪山国立公園は、富士山や日本アルプスとは違い、登山者向けのトイレがとても少ない状況です。解決策はないのでしょうか?」

大雪山国立公園は年間400万人以上が訪れ、登山コースは総延長300kmに及ぶ日本を代表する山岳地域です。
言われてみれば北海道の山を登っているとあまりトイレを見かけない気がします。
トイレが少ないというこの問題、山ではどんなことが起きているのでしょうか?

そもそも登山中にトイレはどうするの?

そう思った方もいるかもしれません。
登山者が山の中で使用できるのは山小屋や避難小屋に隣接した「常設の山岳トイレ」と登山者が山に持ち込める「携帯トイレ」のブースの使用が主です。
大自然の中とはいえ、「どこでも用を足していい」というわけにはいきません。

「東京都の広さに常設の山岳トイレは5つ」

本題に戻りましょう。
取材班は大雪山国立公園の山岳トイレの現状を知るために北海道大学農学研究院の愛甲哲也准教授(あいこう・てつや)を訪ねました。

「大雪山系のトイレは少ないですね。本州の有名な山岳地と比べても少ない方だと思います」

実際どのくらいトイレが少ないのか?
環境省にきいてみると、登山者が山の中で季節を通して使うことの出来る「常設の山岳トイレ」は大雪山国立公園でたったの5つでした。

こちらの行列は山頂近くのトイレに並ぶ人の列です。

常設トイレの他にも雪の降らない季節限定のトイレブースやテント式のトイレが登山コース内に設置されていますが、まだまだトイレが必要な場所に足りていない状況です。

山に残る「白い花」。トイレが少ないことによる深刻な環境汚染

登山中に使えるトイレが少なく、我慢しきれなかった登山者が野外で用を足してしまうと、環境に深刻な影響を与えると愛甲准教授は話します。

愛甲准教授
「元々自然界には存在しない人間のし尿が散乱することになりますから、水質を汚染する恐れがあります。高い山の多くは水源にもなっています。大雪山は石狩川や十勝川の源流部にあたりますので、そういった川や沢の水を汚染する可能性があります。あとは周辺に生えている植物の生育自体の栄養状況が変わってしまいます」

特に愛甲先生が懸念しているのが、ティッシュなど紙の散乱です。排泄の際に使った紙が自然環境の中で分解されず、山に散らばってしまいます。

「まるでお花畑にお花が咲いているように、ティッシュがばーっと散らばっているような状況が以前はありました」
登山道に残されたティッシュ

山の傷跡「トイレ道」

そうした環境破壊の爪痕は山肌にも残っています。
用を足すために人目につきにくい場所へ多くの登山者が歩いた結果、踏み跡から道が出来てしまいました。

こちらの写真。一見普通の道に見えますが、登山道ではなく、用を足すために岩陰へと向かう道なのです。

上空からみてみると、こうした「トイレ道」が山肌に爪痕を残していることがわかります。何通りものルートができて、貴重な高山植物が踏み荒らされる場所もあります。
山の環境を守るためには、常設山岳トイレを的確な場所に追加で設置していく必要があります。

人もお金も足りない山のトイレ

北海道の山で常設の山岳トイレをすぐに増やせない主な理由の一つが人手不足だと愛甲准教授は説明します。

「本州の場合だと、山岳トイレを日頃から管理しているのは山小屋の従業員などです。しかし、大雪山国立公園も含めて、北海道全般の山では無人の避難小屋や野営指定地がほとんどで、トイレを日常的に管理する人がいません」

それに過酷な環境下でしっかりと機能するトイレを作るためにはいくつものハードルがあります。

愛甲准教授
「山の中のトイレって我々が住んでいる街のトイレと比べて、水道も電気もなければ、貯まった排泄物の運搬などに使う道路もありません。それに環境を守るために、排泄物をきちんと自然分解できるものや貯まった排泄物を完全に山から運び出せる特殊なトイレを作る必要があります」

環境省に問い合わせたところ、大雪山国立公園に設置された5つの常設トイレのうち、黒岳石室の建設には5000万円ほどの費用がかかりました。またメンテナンスにも年間数百万円がかかってしまいます。

常設のトイレをすぐ増やすことは難しい。今できることは?

北海道の厳しい自然の中で、常設のトイレをすぐに増やすことは難しいことがわかりましたが、何もしないわけにはいきません。山の自然を守るために「携帯トイレ」という持ち運び式のトイレグッズの利用が呼びかけられています。

携帯トイレはリュックやポーチに簡単に入るサイズの袋に入っていて、排泄の際に広げて使います。排泄物の水分を吸収して凝固させ、匂いも抑えて山から持ち帰ることが出来ます。
ちなみにこの携帯トイレ、災害の時にも大活躍します。
家に何個か置いてもいいかもしれません。

携帯トイレを使ってもらうには?

携帯トイレ利用が求められる北海道の山。
地元自治体や山岳会の働きかけもあり、登山者の携帯トイレの利用はこの20年で飛躍的に普及しました。しかしながら、まだ完全に普及をしたとは言えない状態です。
北海道大学の愛甲哲也准教授は携帯トイレのさらなる普及のためには3つの要素が必要だと話します。

携帯トイレを使ってもらうために必要な3つの要素
1. 手に入りやすい

携帯トイレをより多くの人に使ってもらうために、コンビニやアウトドア専門店など取扱店を増やすことが必要です。

2. 使いやすい
自然を守るためとはいえ、山の中で広げて使うことは大変。用を足す際に隠れる物陰やブースが必要です。また中身が見えづらく、匂いが漏れにくいデザインも求められます。

3. 処理のしやすい
使用後の処理も簡単にする必要があります。登山口に回収ボックスを設置することや、燃えるごみとして出せる配慮が必要です。

現場で進む取り組み

実際に今年は登山コースの一部にテント式のトイレブースを期間限定で数を増やしたり、登山口に回収ボックスを設置したり、携帯トイレを使いやすい環境を環境省や民間で協力して整えています。
取材班は大雪山国立公園の自然環境や登山道を整備している、般社団法人「大雪山・山守隊」の活動に密着しました。山の環境整備を行いながら、登山者に携帯トイレの利用の呼びかけや携帯トイレブースの設置作業もしています。

9月中旬、登山者が多く訪れる紅葉シーズンに間に合わせるべく、作業を急ぎます。
専門の業者に携帯トイレブースの建設を委託すると、建設費が非常に高額となってしまうため、山守隊代表・岡崎哲三さん(おかざき・てつぞう)は自らトイレブースを設計し、総重量200kg以上の資材を他の整備員やボランティアと運び上げました。

地形をよく観察し、近くの沢から調達した石などで水平を整えながらトイレを設置します。降り出した雨の中、山の環境を守るためにも、登山者にとって快適な携帯トイレブースの設置を目指します。
作業を始めて5時間、木の香りがする携帯トイレブースが完成しました。

岡崎さん
「気持ちよく使える環境を整えるっていうのが、管理に携わっている物としての役割だと思うので、適当な物を作ったから使ってちょうだいっていうよりも、いい物を作ったので自由に使ってくださいの方がいいのかな。このブースは、山では携帯トイレを使ってくださいという啓蒙の意味もあるので、ここにあって使うのが当たり前という形になってくれるとすこし大雪山全体が良くなるかなと思っています」

求められるのは「二刀流」

世間を騒がせている二刀流は山のトイレでも同じです。
北海道大学の愛甲准教授は地道な努力による携帯トイレの普及とともに、費用がかかり難しいとみられる常設トイレの整備も徐々に実現させる、いわゆる二刀流の取り組みが必要だといいます。どちらか一方に注力しているだけでは、山の環境を守り切ることは出来ません。

愛甲准教授
「携帯トイレが完全な解決策になるとは思えません。自分の排泄物を持って歩くことに抵抗感をお持ちの方もいますし、全ての人が使ってくれることは難しいです。主要な登山コースには常設トイレをきちんと増やしていき、トイレが近くにない場合などには携帯トイレを使ってもらうような習慣を登山者の間に根付かせる必要があります」

トイレを制する者は山の管理も制する

愛甲准教授
「トイレは山の中の環境をいかに適正な利用をしながら保つかの一つの指標になるんじゃないかと思っています。トイレ問題を考えると、技術的な課題、予算や人の配分など多くのことを考える必要があります。そうした山の難所でもある、トイレのコントロールがうまくいっているところは、その山の管理もうまくいっていると言えます」

トイレから見えてくる日本の山の管理の課題

現在、日本の国立公園は「協働型管理運営」という方式をとっています。
多くの場合、山の整備は民間の事業者やボランティアや自治体などがそれぞれの持ち場を担当しているのが現状です。およそ300kmある大雪山国立公園の山道は山守隊の岡崎さんのような整備員や避難小屋が各地で整備を行ってきましたが、それだけでは管理が行き届きません。国立公園を管理する国と現場の整備を担う民間団体などが、的確に連携していく必要があります。

海外の公園管理:イギリスの国立公園はどうやっている?

愛甲准教授は海外の事例を参考にしながら、日本の国立公園の管理体制を考えていくことを薦めています。海外の事例を考える際に参考にするべき対象は、官民一体となって国立公園の運営をしているヨーロッパ諸国です。国立公園の歴史自体はアメリカやカナダの方が長い場合が多いですが、北米の国立公園の多くは国が広大な土地を買い取り、直接管理をしているような方式なので、日本とは異なります。

イギリスでは国内の国立公園全てに「国立公園庁(National Park Authority)」と言う組織が設置されています。この国立公園庁は国の出先機関ではなく、公園ごとに国の人員、自治体から選ばれた人員、そして専任スタッフから成り立つ、独立した組織です。
多種多様なスタッフが一つの組織に集まることで、縦割りや異分野の垣根を越え、関係者が一体となって自然公園の管理と運営をすることが出来ます。さらに、この組織は中央行政からは完全に独立しているので、地元市町村の声も反映されやすいとされています。

イギリスのピークディストリクト国立公園で5年ごとに発行される公園運営計画

こうした組織の特性を活かし、イギリス最古のピークディストリクト国立公園は5年ごとに公園管理計画を設定しています。国立公園庁が公園管理に影響を与える要素を分析し、将来の対策を立てています。
こうしたイギリスの官民一体となった組織作りや管理計画の政策などは日本の国立公園も参考に出来るとされています。

愛甲准教授
「国全体の方針として、国立公園や自然保護に資金を投入する方針を立て、しかるべき場所にはしかるべき施設を設け、管理できる体制を作るべきだと思います」

未来にこの山を残したい

今回の取材でお話を聞いた山の関係者の皆さんに共通していることは「大雪の山々や北海道の自然を次の世代に残したい」という強い思いでした。
山や自然の美しい光景を次の世代につないでいくバトンの担い手として、自分が環境を守るために何が出来るのか?ほんの小さな事からでもはじめてみようと思いました。

札幌局報道カメラマン・前川フランク光
2021年11月4日

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