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アナウンサーから地域おこし協力隊へ web

ほっとニュース北海道

2020年12月3日(木)午後3時08分 更新

「川上くんがアナウンサーを辞めるらしい」。そんなうわさが飛び交ったのは2020年9月のこと。北海道にある民放の若手アナウンサー・川上椋輔さんが転職し、道東・弟子屈町で地域おこし協力隊の仕事に就くという。「いったいなぜ?」取材を進めると、組織や肩書よりも人との親密さに重きを置く、時代の変化を目の当たりにすることになった。

先々週までニュースを読んでいました

10月5日、月曜日。地域おこし協力隊としての初出勤の日。川上さんと弟子屈町役場の前で待ち合わせをした。「はじめまして」。明るい声をかけてくれた川上さんは、ネクタイを指さして言った。

川上「この赤いネクタイ、僕が原稿をニュースで初めて読んだ、デビューした時のネクタイなんです。同じ気持ちで二度目のスタートを切ろうかなと思って」

その二度目のスタートは、さながらスポーツ選手の入団会見のような辞令交付式からはじまった。町長の徳永哲雄さんがつぶやく。「珍しい」。確かに現役のアナウンサーが地域おこし協力隊へ転身する例は、国内でも極めて異例だ。川上さんが職場をまわると騒然とした。「アナウンサー?」「つい最近まで?」川上さんは答える。「先々週までニュースを読んでいました」。

川上椋輔(かわかみ・りょうすけ)さん
1995年生まれ、宮城県大崎市出身。2018年、北海道の民間放送局・UHB北海道文化放送に入り、情報番組のフィールドキャスターなどを担当した。アナウンサーとしてのキャリアは2年半。

マスコミから登録者300人のメディアへ

川上さんの初仕事は、最近オープンしたパン屋の取材だった。カメラをまわしながら店主やお客へのインタビューを行っていく。

地域おこし協力隊としての正式な立場は「シティプロモーション活動支援員」。弟子屈町の魅力をPR動画などを通じて内外に情報発信する任務で、これを最長2年半行う。

川上さんが弟子屈町を選んだのは、このエリアに先進事例があるからだ。地域の情報をインターネットで細やかに伝える「道東テレビ」と代表の立川彰さんの存在に憧れてやってきたという。

道東テレビのサポートを受けて、弟子屈町はYouTubeに公式チャンネルを開設している。「ムーブ弟子屈」というシリーズでは、いきいきと活動する町民の情報を3分ほどの動画にして伝えている。川上さんが取材したパン屋の店主・岡西眞由美さんも、新しい動画が出るのをいつも楽しみにしているという。

一方でチャンネルの登録者はこの日の時点で300人ほど。道民500万人以上をターゲットとし、番組によっては数十万人に視聴される北海道のテレビ放送と比べると大きな差がある。

パンを買いにきた町民に川上さんが自己紹介をしていた。

川上「僕、これから弟子屈の取材とかいっぱいするんで」
町民「あれ、川上さんは役場?」
川上「地域おこし協力隊です。札幌で働いていて、ずっとアナウンサーをUHBでやっていた。ニュース読んでたんですけど、弟子屈のニュースを今度読もうと思って」
町民「いや、だっていい男でしょ。もったいないよね」

やはり、疑問が浮かんでくる。なぜ川上さんはマスメディアから地域へ飛び込んだのだろう? NHK北海道の瀬田宙大アナウンサーを聞き手に、川上さんへのインタビューを行った。

「なりたいもの」と「ありたいもの」は違った

――いろいろ、なに聞こうかなと思ったんですけど。

川上「なに聞かれるんだろう(笑)」

――地域の中で生きることを決めたのは、なにが一番大きいんですか?

川上「僕の中では新型コロナウイルスが大きなきっかけになっています。一番最初の時って、明日の生活すらどうしようかという経営者や住んでいる方がいる中で、テレビの取材者としては普段と変わっていなかったんですよね。なぜかというと、目の前で起こる事象をつまみあげて、いまこんな危機的状況です(と伝えるだけだから)。それで伝えて終わりなのって言われたら、僕はそうじゃないっていう気持ちが日に日に強くなっていって」

北海道で緊急事態が宣言されたのは2020年2月末のこと。それ以降、人に近づくこと自体がリスクとされ、テレビ局では取材活動が大きく制限された。この時、川上さんは辞職を決意するのだが、その決断に理解するには時間をさかのぼる必要がある。

2011年、15歳の時に宮城県で東日本大震災を経験した川上さんは、地域に貢献できる職業としてアナウンサーを志した。そして、あこがれだったアナウンサーになった2018年、北海道胆振東部地震が起こる。川上さんは被災地取材を任された。しかしその取材を通じて、アナウンサーという仕事に違和感を感じたと振り返る。

川上「液状化の取材をずっとしていたんですけど、僕がいない間にその町が動いているんですよね。常に。どうしても<俯瞰している取材者>と言う立ち位置がまとまりついていて。でも僕自身が将来的にやっていきたいことって、じゃあどうしていきますか? こうしていきましょう! じゃあ一緒にしていきましょうよ! ってことだったんで」

地域の人を取材するだけでなく、課題に対して提案を行い、共に解決をめざしていく。その理想と現実の間で葛藤がはじまった。

川上「なりたいのはアナウンサーだったんですけど、川上椋輔という人間としてどうありたいのっていうときに、<なりたいもの>と<ありたいもの>はちょっと違かった」

そしてコロナショックによって人に会うことすら制約された時、川上さんは地域に飛び込むことを決断した。

アフターコロナの伴走者

北海道の東部、釧路川の上流に位置する弟子屈町(てしかがちょう)。人口はおよそ7千人。摩周湖や屈斜路湖など「絶景」が楽しめることから、観光業が盛んな町だ。言うまでもなく、コロナショックで大きな打撃を受けている。

地域おこし協力隊になって1か月ほど。川上さんが頻繁に通うのが観光地・川湯温泉だ。この苦境にあって地域を再生しようとする動きがあるという。

川上「これから再生していこうとする、川湯にとっても大事な場所が忍冬(すいかづら)さんです」

案内されたのは去年廃業してしまった旅館。露天風呂には温泉のかわりに枯葉がたまっていて、寂しさを感じさせる。地元の観光業者によれば、川湯温泉を訪れる観光客はこの10年でおよそ3分の1に減り、宿泊施設の廃業が相次いでいるという。

だが、その流れに歯止めをかけようとする人がいた。川湯温泉で生まれ育った榎本竜太郎さん(川湯ホテルプラザ代表取締役)は、川湯の再建を目指し、廃業した旅館を買い取ったのだ。終わりが見えないコロナ禍の中で、大胆な決断だった。

川上さんはその動きを知り、この場所で「トーク番組」を企画し、YouTubeで配信することにした。その中で、榎本さんの決断の背景を引き出している。

川上「今回、この(再建の)決断に至った背景は?」
榎本「これ以上、川湯温泉に廃屋を増やしたくない。その気持ちが一番ですね」

(YouTube「弟子屈でも生配信やってみます!ここからどうなる川湯温泉!」より)

川上さんはこの配信をきっかけに、コロナ禍以降も地域が再生する姿を継続して発信していきたいという。めざすのは遠巻きに眺める取材者ではなく、自らも提案し課題解決をめざす伴走者だ。

川上「楽しいですよね。地上波にいたときは、今日はありがとうございました。放送楽しみにしてください!で終わっちゃう関係性が、取材した先によっしゃ飲みにいきますか。あしたお風呂に入っていいですか。そういうのもまた新しいなって。」
川上「この場所が10年20年先、どうなっているんだろうかとか、そこにどう自分が携わっているんだろうかと常に考えている自分がいるので。間違いなくここで頑張っていきたいなという思いがあります」

肩書きから親密さへ 価値観の変化

――川上さんの中で何が1番大きな変化だと感じていますか?
(聞き手・瀬田宙大アナウンサー)

川上「うーん、アナウンサーってものがなくなったっていうのは結構大きいかもしれないですね」

――へえ

川上「ここに来て、いち人間としての川上椋輔と付き合ってくれる人が多い。人間対人間のふれあいをすごいしてるなみたいなと、感じることはありますね」
川上「同世代と話していて、そういうところを大切にしている人が多いんじゃないのかなと感じています。大きな企業に入ったり出世をするとことよりも、人間としての親密さとか、自分がどう社会に還元されているのかという。」

――こわさは?

川上「もんもんとしている自分がいるのだったら、一歩踏み出した先にあるものを感じ取りたい。それがたとえ失敗だったとしても、そこからまた這い上がればいいだけだし」

【取材後記】
川上さんは相手のふところに入るのがうまい。弟子屈町のある人は「カラオケを歌わせたら天下一品。俺たちはかなりの友達だ」と笑って話してくれた。移住して2か月、ここまで距離を詰めて地域に溶け込んでいる姿はうらやましくもある。そして心を許していると「大隅さんも移住どうですか?」とか、「瀬田さん、25歳の時だったら僕と同じ選択してますか?」とゆさぶってくる。
ローカルとメディアの未来を切り拓く川上さんを引き続き取材して、北海道道などの番組でもご紹介できればと思っている。

(札幌局 ディレクター 大隅亮)

インタビューを行った瀬田宙大アナウンサーの感想はこちら

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